ドイツの旅, 1983年 part I 〜 「西ドイツ」「東ドイツ」
写真は 1983年6月1日撮影, まだベルリンに壁があった時代, 当時の「東ドイツ」(「ドイツ民主共和国」)の首都「東ベルリン」(正式名称は "Berlin, Hauptstadt der Deutschen Demokratischen Republik (DDR))", 日本語にするなら「ベルリン, ドイツ民主共和国の首都」)にて, フランデンブルク門 の前で ひと休みする筆者, 1983-84年ユーラシア大陸(+アフリカ大陸北東端!)「ほぼ」一周の旅 を始めてから 37日目, 当時22歳と8ヶ月と3週間ほどの日本人バックパッカー。
1983年4月26日に 横浜港からのフェリーで 日本を出, 2泊3日の船旅の後は シベリア鉄道で 今は無き国「ソ連」(「ソヴィエト社会主義共和国連邦」)の旅, 「ソ連」の旅の後は モスクワを夜行列車で発ち ヨーロッパへ, その後, 北欧諸国を旅してから 当時の「西ドイツ」(正式名称は今のドイツと同じで「ドイツ連邦共和国」)に入ったのは, 同年5月23日。
ドイツ(ほとんど「西ドイツ」, 「東ドイツ」は「西ベルリン」から日帰りの旅をした「東ベルリン」のみ)で 10泊11日の旅をした後, フランス, スイスを旅してから, 再度 ドイツへ。
今日のノートは, 1983年初夏のドイツの旅, その前半部, 10泊11日の分。
前口上の代わりに, いきなりの「因みに」 〜 あれから 40年余, ドイツがこんな国に成り下がるとは
というか, これはあの頃は見えていなかっただけの「ほとんど第二次世界大戦終戦(敗戦)直後からずっと存在しているドイツの闇」(それも真っ黒い, どす黒い影)なのではないかと今は思えるのだが。
ドイツ 〜 今や人類に関し最も絶望的な気分にさせる国
ナチス・ドイツ最初の強制収容所(ダッハウ)跡 訪問42周年 〜 ドイツは今も 「ナチス・ドイツ」(2025年6月21日 投稿)
このオバチャンもドイツ人 〜 「ならずもの国家」🇺🇸🇮🇱を擁護する「人類の恥」ヨーロッパ
🇺🇸 🇮🇱 地上最大の「悪魔」同盟 〜 🇩🇪 ドイツも加えりゃ, 21世紀の真の「悪の枢軸」
最後にもう一度 〜 今や人類に関し最も絶望的な気分にさせる国, ドイツ
In the Flesh? 〜 Roger Waters, Scorpions, and the Rundfunk Orchestra & Choir, from "The Wall – Live in Berlin", a live concert in Berlin by Roger Waters & other guest artists, on July 21, 1990
1983年だけでなく 1990年当時も, 「ほとんど第二次世界大戦終戦(敗戦)直後からずっと存在している」のであろう「ドイツの闇」(それも真っ黒い, どす黒い影)は, まだ世界の多くの人々に見えていなかった。
さてさて, 今日は 1983年の旅の話, 「いきなり『因みに』」の前口上は この辺で。
ドイツの旅, 1983年 part I 〜 「西ドイツ」「東ドイツ」
43年前の今頃, 西ドイツ・ハンブルクにいた 〜 60年余り前にビートルズが「今」を生きていた街
なんて大袈裟なタイトルをつけながら、あまり大したことは書かないと思う。ベルリンにまだ壁があった時代のドイツ、西ドイツのハンブルクに 1983年5月23日から 25日まで 2泊3日滞在したけれど、なんとなんと、この街では 1枚も写真を撮っていない(ハンブルクの発音は英語では [UK] hǽmbəːg, [US] hǽmbərg だけど, ドイツ語では ˈhambʊrk となって末尾の音は g でなく k, それから大抵の人が想像する通りで食べる「ハンバーグ」はハンブルクの労働者が食ベていたタルタルステーキが由来, 今日の note と関係ないけど!)。
1983-84年ユーラシア大陸(+アフリカ大陸北東端!)「ほぼ」一周の旅 で訪れた国では, 少なくとも宿泊した街のほぼ全てで写真は撮っているけれど, ここハンブルクでは, 同地で 2泊3日滞在しながらこの街で撮った写真というものが 1枚もない。
なぜだ? 今のスマホ時代とはワケが違うし, まだまだ続く長旅を前にして, 思い切り「貧乏旅行者」だった筆者, 当時22歳の日本人バックパッカー, フィルム代をケチったのだろうか。
1983年4月26日に横浜港を発ってユーラシア大陸「ほぼ」一周の旅に出た拙者、ハンブルク に着くまでに、船中泊や車中泊(列車)の他は当時のソ連のナホトカ、ハバロフスク、イルクーツク、モスクワ、フィンランド・ヘルシンキ、スウェーデン・ストックホルム、ノルウェー・オスロ、デンマーク・コペンハーゲンに滞在していたけれど、当時の旅日記を捲ると、ハンブルク 初日の 5月25日に既に「ハンブルク は今までで、オレにとって最悪の街」なんて書いてある。どうも複数の嫌な経験が(一気に!)重なってそうなってしまったようで、まぁ ハンブルク が本当に「最悪の街」かというと勿論そんなことはないはず。いや、実際そりゃないだろうなぁ(笑)。
ドイツについては その後けっこう沢山の街に滞在して(泊まった街は全て西ドイツの街、東ドイツは東ベルリンに西ドイツの西ベルリンから入って日帰りの旅をしただけ)、トータルで 3週間ほど旅したし、ヨーロッパではギリシャに次ぐ滞在期間の長さだったから(ギリシャの場合はアテネとサントリーニ島の 2箇所だけで 1ヶ月いたけれど)、結局は ドイツでもいい旅をさせてもらったな, ということになったんだけど。それはともかく、
ベートーヴェンの故郷, そして 「西ドイツ」 の首都だった Bonn 〜 Born to be Wild 聴く? ♫
ハンブルク を 1983年5月25日 の夜行列車で発ち, 翌 26日 の早朝 着いたのが ボン。ボン には 5月28日 まで 2泊3日滞在。

写真や日記など, 掲載
1983年5月27日、ボン にある ベートーヴェン の生家(当時そして現在は博物館)に行ってきた。というわけで!
でもこっちもいいですなぁ, "Roll Over Beethoven" by Chuck Berry
次は, 発音も綴りも違う苦しい駄洒落, Bonn に行った記念 〜この歌, 昔々のジュラ紀, 筆者オントシ 30歳の頃, 大変上手なキーボード・プレイヤーの筆者のカミさん(間奏のキーボード・ソロもかっこよかったですなぁ)と一緒に普通に下手くそなギター弾きとしてバンドやってた時, レパートリーのひとつにしていたのだ。ってなわけで, バイクぶっ飛ばさず, 話ぶっ飛ばして 〜 "Born to be Wild" by Steppenwolf 🎶
ではでは。
Bonn で ベートーヴェンの生家に行った 2日後, Trier で マルクスの生家へ
1983年5月28日 にボン を発ち, カール・マルクス が生まれた街 トリーア へ。ここにも 2泊3日滞在。
写真や日記など, 掲載
掲載写真(8枚)からの 1枚。

まぁ, 何となく(しかし上掲 note に掲載した当時の日記にも「極度の孤独感におそわれた」とある!) 〜 "You're Only Lonely" by JD Souther ♫
1983年5月28日の日記(「イスラエルが」云々言うアメリカ人, いかにもありがちなアメリカ人の「中東」観, まぁあの辺りは日本から見れば「西アジア」だけど)

街を少しぶらついて, Hotel にもどり, 夕めし(パンとミルク, りんご)を食べ終わったころから しばらくの間, 極度の孤独感におそわれた。苦しかった。こんなのは旅に出て初めてだ。でも今はもう大丈夫, おちついた。本読んで少しおちつかせた。日本を出て 1ヶ月余り過ぎている。
ベルリンに壁があった時代 〜 「西ベルリン」と「東ベルリン」(写真 24枚)
トリーア を 1983年5月30日 に発ち, コブレンツ を経由して ケルン に出て, ケルン の街をぶらついた後(ケルン には後日 再び寄る), 夜行列車で ベルリン に向かった。ベルリン の街にまだ「ベルリンの壁」があった時代, 翌 5月31日 朝, 「西ベルリン」に着。「西ベルリン」に宿をとり, 翌 6月1日 には 「東ベルリン」にも行った。
ベルリンに壁があった時代, 「西ベルリン」編 〜 1983年5月31日(写真17枚)
1983年6月1日, 「西ドイツ」(「ドイツ連邦共和国」)の「西ベルリン」にて, 宿の近くから地下鉄に乗車, チェックポイント・チャーリー(ベルリンが東西に分断されていた当時, その東西を隔てる境界線上に設置されていた「国境」検問所)の手前までは地下鉄で。その後, 駅からチェックポイント・チャーリーまで歩き, そして文字通り「チェック」を受け, 「東ドイツ」(「ドイツ民主共和国」)の首都「東ベルリン」に歩いて入った。
「東ベルリン」側では 強制両替 25DM(懐かしのドイツ・マルク), そして ヴィザ取得の費用 5DM, 一方, 検問に関しては, 当時の旅日記によれば「時間はやたらとかかったが, たいした調べはない」。
ベルリンに壁があった時代, 「東ベルリン」編 〜 1983年6月1日(写真7枚)
Comfortably Numb 〜 Roger Waters, Van Morrison, The Band, from "The Wall – Live in Berlin", a live concert in Berlin by Roger Waters & other guest artists, on July 21, 1990
ではでは!
ケルン大聖堂 〜 1983年6月2日
前項のベルリン(「西ベルリン」「東ベルリン」)には 1983年5月31日 朝に(「西ベルリン」に)着いて, 6月1日 の夜行列車で発っているから, 「西ベルリン」「東ベルリン」のそれぞれの街を歩いたものの, 1泊2日しか滞在しなかったことになる。ユーレイルパス有効期間2ヶ月とヨーロッパ諸国巡りの後の中東諸国の旅が頭にちらついて, ここはやや急ぎ足になっていたのだろうと思う。
ともかく, ベルリン(「西ベルリン」!)を 1983年6月1日 の夜行列車で発ち, ケルン に向かった。ケルンの街は 5月30日にも一度ぶらついているから, 一応は 2回目の訪問。
翌 6月2日 の朝, ケルンに着。その後, 大聖堂を見物したりしたが, ケルンでは泊まらず, 同日夜に再び夜行列車に乗り, フランス・パリへ(パリは 10日間滞在)。
ケルン大聖堂 〜 1983年6月2日
海外「放浪」蔵出し写真集 〜 "Every Picture Tells a Story" (Rod Stewart) 歌詞和訳
今日の付録!今日のタイトル写真 〜 1983年6月1日撮影, 「東ベルリン」, フランデンブルク門 の前で ひと休みする筆者, 1983-84年ユーラシア大陸(+アフリカ大陸北東端!)「ほぼ」一周の旅 を始めてから 37日目, 当時22歳と8ヶ月と3週間ほどの日本人バックパッカー 〜 を やはりタイトル写真に使った "海外「放浪」蔵出し写真集"
ロッド・スチュワート "Every Picture Tells a Story" 歌詞和訳
Every Picture Tells a Story 〜 written by Rod Stewart and Ronnie Wood, included as a title track on the third album by Rod Stewart, released on May 28, 1971 🎶
英語原詞 https://genius.com/Rod-stewart-every-picture-tells-a-story-lyrics
しばらくの間 おれってダメな奴かもって思ってた
鏡の前に立って
何百回と髪をとかしても(*1)
結局は代わり映えしない俺がそこにいるだけ
親父がおれに言ったのさ、「息子よ、世の中を見てくるがいい
家を出て行ったって咎めたりしない
だけど覚えておけ、現を抜かすんじゃないぞ
お前の金を掠め取るような女にはな」(*2)
で、おれは出かけたってわけさ
パリは身を隠せる場所だった
周りに馴染めないって思ったらね
だけどフランスの警察は平和をくれなかったのさ
連中はおれのことを汚らしい奴だって言うんだ
セーヌの左岸に降りて物思いに耽ってて(*3)
押し寄せてきた群衆にノックアウトされたら
平和的な暴動を扇動したって罪で逮捕されちまった
おれはその時ほんとはお茶一杯飲みたかっただけだぜ
なのに責任取らされたってわけさ、ったく
その後も旅を続けたよ
ローマに行ったけど何か物足りなかった
若い奴が生きてくための何かがね
おれの体は悪臭を放ってたけどそのまんま、憂鬱だった(*4)
まさに運も尽きて落ち目って時にね
ほんとに破れかぶれ、やけになって
観光客用の見せ物みたいになってた
それで思ったよ、ここから出なくちゃってね
バチカンに行ったって認められるわけないし
そんな気もなかったさ、あるわけない
東に向かって出かけたぜ、聞いてくれよ
北京のフェリーに乗ったら楽しい気分になったんだ(*5)
こっちに戻る船の中のことさ
切れ長の目の女と恋に落ちたってわけ
東洋の月明かりに感謝しなくちゃね
上海のリルは決してピルを使わない
ピルなんて自然じゃないわよって言うんだ
で、おれを甲板に連れて行って首に歯を当ててきたよ(*6)
なんてこった、彼女と出会えたなんて上出来だよ
ほんとさ、最高の気分だったよ
ちょっと待ってくれ
おれはいま固く信じてるよ、結局大事なのは自分だってことさ
マジで思ったんだ、おれはほんとに完璧だってね
人間、どんだけおかしくなれるのかな
おれが今まで知った女たちには靴紐一つ結ばせなかったよ(*7)
ああいう女といると自由な気分でいられないんだ(*8)
だけどあの切れ長の目の女には心底やられたよ(*9)
彼女に出会ったことは神にでも感謝しなくちゃな
おれが伝えられる彼らの言葉の中に(*10)
旅してる最中のあんたに役立つものがあるとしても(*11)
彼ら、つまりディケンズやシェリーやキーツの言葉は使えないな(*12)
そんなの散々言われてきて手垢まみれだろうよ
どんな悪い状況でも最善を尽くす、でもって笑い飛ばすんだな
とにかくこんなとこまで来なくてもいいよ
覚えておくことさ、どう見えるかで何が起きたのか分かるんだ、だろ?
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
百聞は一見にしかずって言うよな
百聞は一見にしかずってね
百聞は一見にしかずって ...
….. 🎶 ….. 🎶
* 訳注は 上掲 note のなかで。
