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「山のあなたの空遠くから見れば、あなたのおられるところが、山のあなたの空遠くです」

山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ.. 山の彼方に「幸せ」があると人がいうので他の人たちと一緒に山々を越えて行ってみたのだが, いくら歩を進めてもどうしても「幸せ」が見つからない。なんだ結局無いのかと辛くなった。それで涙ながらに帰ってきたというのに, 人はなお, 山の彼方には「幸せ」がある, いや, あの山のずっと向こう, 遥か彼方に行けば必ずや「理想郷」があるのだ, そこできっと「幸せ」が見つかるのだと言い続けている。

山のあなたの空遠く
「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。
噫(ああ)、われひとと尋(と)めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。

ドイツの詩人・作家カール・ブッセ(1872年11月12日 - 1918年12月4日)による詩を, 日本の詩人・翻訳家である上田敏(うえだ びん, 1874年[明治7年]10月30日 - 1916年[大正5年]7月9日)が 日本語に訳して日本語の詩にしたという『山のあなた』。この『山のあなた』を 二代目 桂枝雀(かつら しじゃく, 1939年[昭和14年]8月13日 - 1999年[平成11年]4月19日)が創作(新作)落語に取り入れた『山のあなた』のオチが, 「山のあなたの空遠くから見れば、あなたのおられるところが、山のあなたの空遠くです」。


「山のあな, あな, あな.. 」(三遊亭歌奴・圓歌) 〜 「山のあなたの空遠く」(カール・ブッセ / 上田敏)

カール・ブッセ(1872年11月12日 - 1918年12月4日)の詩を 上田敏(1874年[明治7年]10月30日 - 1916年[大正5年]7月9日)が 日本語に訳して日本語の詩にした『山のあなた』。

カール・ブッセも彼の原詩も母国ドイツでは有名ではない, むしろ無名に近い存在らしいが, 日本では上田敏の名はともかく彼の日本語訳詩『山のあなた』の方は広く知られている。いや現代ではもはや広く知られているとまでは言えないのだろうが, 少なくとも1960年[昭和35年]911生まれの筆者と同世代もしくはその前後以上の世代(要するにその前後の世代以上に「年をとった」世代)の間では, かなり広く知られていると言っていいだろう。

詩というものは勿論そのメッセージ, 意味合い, 趣旨などだけで読者に愛され好評を得るものではなく, その言葉遣い・語感, 表現方法・リズムなど様々な要素の効果が相まってその全体で評価されるものに違いないから, その意味で日本における評価・人気の背景として言えるのは, 上田敏の訳による七五調の日本語詩が名訳で且つ日本人に広く受け入れられる優れた詩になっているという事情が, ひとつ大きな要因なのだろうとは思う。カール・ブッセの原詩の方はググって確認できたものの, 筆者(この note の筆者!), 遥か昔の大学生時代のいわゆる「第二外国語」がドイツ語だったにも関わらず(関わらず, いや大抵そんなものか)ドイツ語は Ich lerne Deutsch とか Ich liebe dich, Danke schön, Guten Morgen, Guten Tag, Gute Nacht, Auf Wiedersehen .. 無理するのはやめよう(笑), とにかくそれぐらいしか記憶に残ってないのだ, 原詩の知ったかぶり評価はしないことにしたい。

さて, ここからが本題,

一昨日の日曜日, ひょんなことから(というかその直接の切っ掛けを既に忘れている)ガキの頃よく耳にした 二代目 三遊亭歌奴(さんゆうてい うたやっこ)つまり 三代目 三遊亭圓歌(えんか, 1932年[昭和7年]1月10日 - 2017年[平成29年]4月23日)の「山のあな, あな, あな」(創作落語, 『授業中(山のあなた)』)を急に思い出し, さらにそれが切っ掛けで 〜 山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ(山のあなたの空遠く, 幸い 住むと人のいう) 〜 を思い出し, それを翌日,

つまり制度は全く支持しないものの少なくとも先代や今の代は自民党などの莫迦政治家連中よりもよほどまともで連中よりもよほど好ましき影響力があり俺とほぼ同世代である徳仁氏(でも氏名の氏, 苗字はない人)の誕生日で日本の祝日ということになっている日, だから昨日, その昨日の朝,

うちのカミさんがあらためて前の日の俺の呟きを思い出して, 山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ の全篇はどんなだっけ, と調べてみた。

調べてみて, その詩全篇,

山のあなたの空遠く
「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。
噫(ああ)、われひとと尋(と)めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。

それと併せ複数の解釈・要旨がその時 カミさんの横に居た俺の目にちらっと入った瞬間, 筆者, あ, だから俺, 俺が, 「いや待てよ」と思ったのは,

これって, この 山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ の詩って, 「ハリウッドにも行った, レッドウッドにも行った, 黄金の心を求めて海も渡った」しかし「金色の心を探し求め」ながらそれを見つけられない Neil Young の邦題『孤独の旅路』"Heart of Gold" につながり, 

そしてそれ, 「黄金の心」「金色の心」「真の思いやりのある心」「本当に心優しい人」, つまるところ「幸せ」「幸福」につながるようなもの, それは結局, 山の向こうでも海の彼方でもなく自分の身の回りにあるのではないか, つまり,

「海の彼方にはもう探さない, 輝くものはいつもここに, わたしのなかに見つけられたから」(映画『千と千尋の神隠し』主題歌『いつも何度でも』), 「あなたの周りで人生は輝いている, すべてが輝いている, 一日たりとも逃さないで。消えゆく星々の下, 今いる場所に」("Stop Where You Are" by Corinne Bailey Rae),

そういう考えに, あの 山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ の詩はつながるのではないか, そんなふうに, 一瞬のうちに, 思ったのだった。

そしてさらに カフカも, 「カフカと三木清」も, 三木清の人生論(リンク先 ギリシャじゃん)も思い出し, 要するに「幸い」「幸せ」について想うことになるのだった。

「山のあなたの空遠くから見れば、あなたのおられるところが、山のあなたの空遠くです」 〜 『山のあなた』(落語, 桂枝雀)

「山のあなたの空遠くから見れば、あなたのおられるところが、山のあなたの空遠くです」 〜 『山のあなた』(落語, 桂枝雀)

ああいう考え(前章の「そういう考え」)に, あの 山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ の詩はつながるのではないか, そんなふうに, 文字通り一瞬のうちに思った, その後,

もう少しあの詩のことを調べてみようとググっていたら, さして時間が経たないうちに, 二代目 桂枝雀(1939年[昭和14年]8月13日 - 1999年[平成11年]4月19日)の創作落語『山のあなた』のことを知った。

その最後, オチ, 落ちが「山のあなたの空遠くから見れば、あなたのおられるところが、山のあなたの空遠くです」ということで,

おお, なんと, これも, つまるところ, 「幸せ」「幸福」につながるようなもの, それは結局, 山の向こうでも海の彼方でもなく, 自分の身の回りにあるのでないか, という考えに落ち着く話なのではないか, と。

話のあらましもおおよそ分かったのだが, 残念ながら以前は YouTube 上にあったという件(くだん)の 桂枝雀の落語『山のあなた』の音源が, その後, おそらくは著作権の問題で削除され, 今は(YouTube 上では)実際の枝雀の語りを聞く・楽しむことができない。

しかしネット上の幾つかのサイトで確認できた落語『山のあなた』の話の中身は, ざっとこんな感じである。

都会のある街に住むある男が, ふと思い立ち, 街から遠く離れ, 山路を歩く。そして山道を登り, たまたま立ち寄った峠の茶屋の婆さんと言葉を交わす。

山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ なんていう詩があるけど, 本当にここら辺には 幸いが住んでいるもんかね, 婆さん」, そう男が尋ねると, 婆さんは「おります, おります, 幸いならここいらに仰山おりますよ」 と答える。

その婆さんはどうやら幼い頃から不幸続きの生い立ちの人で, 娘時代に村の泥沼のような淵で入水自殺を図った過去があるのだが, そのとき不意に現れた老人に幸いをつかまえることを教えてもらったのだと。その老人曰く「幸せ, 幸いちゅうもんは, 無理につかまえようと思えば 消えてしまうんじゃよ。つかまえるような, つかまえんようなところで, つかまえるんだ。」

そんな婆さんは, 都会を離れ, 「山のあなた」(山の彼方)にやってきた男に幸いをつかまえたときの気持ちを訊かれ, こんなふうに答える。

「お天道さまがおられますね。そのお陰で山も生きとられます。樹も生きとられます。鳥たちも生きとられます, 虫たちも生きとられます, 私も生きとるのです, ちゅうことですね。それで, ありがたいことじゃな, そういうようなことですかね, はい。」

男は婆さんに「そうですか。やっぱり 山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ ってのは本当だったんですね。山のあなた なんだから, 私が住んでるような都会じゃなくて, 山の彼方, やっぱり 山のあなたの空遠く なんですね。山のあなたになほ遠く 行かないと,  は, さいはひ は, 見つからないんですね」と尋ねる。そして, そう男に言われた婆さんが, こう答える。

「いえいえ, それは違いますよ。山のあなたの空遠くから見れば, あなたのおられるところが, 山のあなたの空遠くなのです。」

…………

もっと詳しくは,

https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/topics/2014graduation%20ceremony.pdf

以下は, 拙者, 無宗教ながら, 「桂枝雀 山のあなた」でググったら出てきて最初に上記のオチを知ったサイト


しかし, 悲しいことに, 桂枝雀の最期は..

前節で紹介したような, あんな素晴らしいオチの落語『山のあなた』を語った(あえてここに書き記すなら, 件の創作落語『山のあなた』の中では, 娘時代に自殺を図った過去がある茶屋の老婆が物語の主人公に前向きな生のありようを語っている)噺家 桂枝雀, しかし悲しいことに,

古典落語を踏襲しながらも、客を大爆笑させる芸風で、師匠の米朝と並び上方落語界を代表する人気噺家となった。高い人気を保っている中でうつ病を発症し、1999年に自殺を図って意識不明となったまま死去した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/桂枝雀_(2代目)

前節の最後に参考としてリンクを貼ったブログに 以下のようにあるけれど,

落語の神様がのり移りでもしたような名人芸で私たちを爆笑させた枝雀は若い頃からのファンでしたが、残念ながら自死で還らぬ人となりました。

短い噺です。聴くたびに孤独で孤高の天才だった枝雀のことが思い出されて複雑な、しかし何と言えない温かな気持ちになります。生き急いでいた枝雀には 茶屋の婆さんの話を自分自身にもう一度 聴かせて欲しかった、と詮無いことをつい思ってしまいます。

大爆笑に大爆笑で数多くのファンに幸いを抱かまえさせてくれた枝雀は自らの幸いを終いに抱かまえることが出来なかったのでしょうか。

やはり同じような気持ちになる。そして, 無宗教の人間ながら, 同様に, 「合掌」を唱えたい心持ちになる。

随分と昔, 桂枝雀の最期, その悲しい死を知った時に衝撃を受けた記憶はあるのだが, その悲劇の背景, 経緯に関して自分は決して詳しい者ではない。だから軽々にものは言えないのだが, もしも「人生のポケット」のようなものに嵌まり込んでいたのなら, どれだけ時間がかかっても何とかそこから出る道はなかったのだろうかと思う。

世の多くの人たちに笑いを与え, かつ 〜 山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ 〜 を落語に取り入れ, その中で「山のあなたの空遠くから見れば, あなたのおられるところが, 山のあなたの空遠くなのです」と, かけがえのない人生, その日々を生きることの意味に触れた桂枝雀の, 自身の人生の悲しい最期は, やはり多くの人々に笑いを与え, 例えば映画 "Dead Poets Society"(邦題「いまを生きる」)で Carpe Diem, その日を掴む, 今そのときのかけがえのない瞬間瞬間を生きることの大切さを語る役柄を演じた俳優 Robin Williams (July 21, 1951 – August 11, 2014) の人生の, 同様に悲しい最期を想う。

During his final years, Williams struggled with severe depression before his 2014 suicide at age 63. According to his widow, Williams had been diagnosed with Parkinson's disease, and had been experiencing depression, anxiety, and increasing paranoia. His autopsy found "diffuse Lewy body disease" whose symptoms professionals said were consistent with dementia with Lewy bodies. In the weeks following his suicide, Williams was celebrated in a wave of tributes.


山のあなたの空遠くから見れば、あなたのおられるところが、山のあなたの空遠くです

「ハリウッドにも行った, レッドウッドにも行った, 黄金の心を求めて 海も渡った」 〜 ニール・ヤング "Heart of Gold" 歌詞和訳

「ハリウッドにも行った, レッドウッドにも行った, 黄金の心を求めて海も渡った」しかしそれでも見つけられない Heart of Gold,

「海の彼方にはもう探さない, 輝くものはいつもここに, わたしのなかに見つけられたから」 〜 『千と千尋の神隠し』の主題歌が, ニール・ヤングの "Heart of Gold" のアンサー・ソングになっているという話

そんな話をしているのは拙者(筆者)だけだと思うが、二つの歌の歌詞を比べてみてほしい。あ、最初に念のため書いておくと、2001年公開の「千と千尋の神隠し」の監督である宮崎駿氏や主題歌「いつも何度でも」の作者(作詞は覚和歌子氏、作曲と歌は木村弓氏)が、1972年リリースのニール・ヤング Neil Young のヒット曲「ハート・オブ・ゴールド」("Heart of Gold", 邦題は「孤独の旅路」)を意識したなどということはまずないと思うが(これはないでしょう、流石に)。

一部のフレーズだけでなく、歌全体の、些か大袈裟に聞こえる表現をすれば「思想」みたいなものに、二つの歌の「問答」関係が成り立つように思うのだが、一番ピンとくる箇所を取り上げるなら、ニール・ヤングの「ハート・オブ・ゴールド」が黄金の心、金色の心、綺麗な心、美しい心、拡げて言うなら理想を探し求めて放浪し、「ハリウッドにも行った、レッドウッドにも行った、黄金の心を求めて海も渡った」と歌ってから 30年近い歳月を経て発表された、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」、その主題歌である「いつも何度でも」は、こんな一節で終わっている。

「海の彼方にはもう探さない、輝くものはいつもここに わたしのなかに みつけられたから」

「あなたの周りで人生は輝いている, すべてが輝いている, 一日たりとも逃さないで。消えゆく星々の下, 今いる場所に」 〜 コリーヌ・ベイリー・レイ "Stop Where You Are" が, ニール・ヤングの "Heart of Gold" のアンサー・ソングになっているという話

ニール・ヤング "Heart of Gold" 〜 宮崎駿 「千と千尋の神隠し」 〜 コリーヌ・ベイリー・レイ "Stop Where You Are"

幸せの青い鳥を求めて旅に出たけれど, 青い鳥を見つけたのは 自分の家だった 〜 メーテルリンク『青い鳥』

幸せは実は自分の身近な日常の中にあった。そのことに気づくようになった。以前は「青い鳥」に見えなかったのに, 気づいたら綺麗な「青い鳥」だった。そう見えるようになった。この話, 自分は詳しいわけでは全くないのだが, 10年余り前にそれまで長いあいだ嵌まり込んいた「人生のポケット」を抜け出た・脱出した後に, 急に当たり前のように花が美しく見え, 蝶や鳥が愛おしく想えるようになった自分の経験を思い出しはする。

わりと最近の「青い」空 と「鳥」。

我が家から歩いてほんの数分のところ, 白鷺の飛翔を間近で目撃。

妻と時折り来る市内の沼地にある公園にて。妻が「野鳥観察舎」から前方の木に 小鳥を発見。2羽。

我が家から歩いて数分, アゲハ蝶のカップル。

我が家の小庭のアゲハ蝶。

ではでは!

三木清 『人生論ノート』 「幸福について」

三木清(みき きよし, 1897年[明治30年]1月5日 - 1945年[昭和20年]9月26日), 『人生論ノート』 「幸福について」

幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。しかし真の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。彼の幸福は彼の生命と同じように彼自身と一つのものである。この幸福をもって彼はあらゆる困難と闘うのである。幸福を武器として闘う者のみが斃れてもなお幸福である。

以下の 15:20 ~

以下の第2章第4節から。

「山のあなたの空遠くから見れば、あなたのおられるところが、山のあなたの空遠くです」, 山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ, その幸いは, 実は身近な, ごくごく平凡な日常生活の中にあるのだろう。

ギリシャ, アテネ part δ' 〜 1983年8月2-3日(写真6枚), なぜか三木清 「人生論ノート」

それから,

我が家から歩いていける公園を カミさんと歩きながら, 紅葉・黄葉を鑑賞 (2025年11月) 〜 コリーヌ・ベイリー・レイ が, ニール・ヤング に答える

長いなぁ, タイトルが。そのうえ, 昨日 2025年11月24日の「紅葉・黄葉」鑑賞に いろんな過去ノートのリンクを付けて「環」(わ, サークル!)にして つなぎ, サークル・ゲームのようになった今日 2025年11月25日のノート。

では, 今日の最終章は, 

山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ 〜 インド・ダラムサラ, 標高2,000m超(1983年12月8日)

山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ, しかしその幸いは, 実は身近な, ごくごく平凡な日常生活の中にあるのだろう。

今日の最終章, これは付録, 余談。で, 今日のタイトルに使った写真は,

この写真はもともと, 此処から。

この旅の中。

最後, おまけのおまけ!

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