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イスラエル擁護者 「ボブ・ディラン」 に対する 俺の個人的ボイコットは, 所謂 "キャンセル・カルチャー" なるものとは一切関係ない 〜 All Along the Watchtower 歌詞和訳付き

「ボブ・ディラン」ボイコット運動でも起きれば, 協力なり参加なりすると思うよ。しかし自分でそれを起こすような気はないし(今再び ディランが 破廉恥なイスラエル支持ソングをリリースでもしたなら「ボイコット運動」の意味はあるだろうが, でなければ 既に昔ほどの影響力を持たないディランに対する社会的つまり世間を巻き込んだ「ボイコット」運動を組織することは俺個人にとっては時間の無駄だと感じる, 括弧長ぇ), 何はともあれ, 俺のディラン「ボイコット」はまずは 俺のアティチュードもしくはその意思表明, まぁ後者もアティチュードに含まれるけれども, 要するに 個人的なレベルのアティチュードであって, それ以上でも以下でもない。「ジャーナリズム」なりメディアなり「評論家」なり 世論なりが「ディランだから」という理由で 彼への批判を控えるのなら, 実際「控え目に言っても」「控えてる」と思うし, 神聖化して不可侵扱いしてる向きもあるだろう, 俺はそれに対しては あくまで批判者だけどね。

もちろん, 普段は, アートにおける作品とその作者の政治的態度は切り離してアートを鑑賞している。いちいち音楽家や画家などが(例えば)どの政党を支持するか, あるいはどんな政治思想を持っているか, などによって 音楽や絵画の選り好みなどしていたらキリがない。しかし, それにも限度はある。一線を超えたら話は別だ。


仮定の話, ゲルニカを描いたピカソが 実は一方で ナチス賛美の絵画を描いた過去を持ち 生涯それを恥じることもなかったとしたら, あるいは Imagine を歌ったジョン・レノンが もしも実はベトナム戦争時のソンミ村虐殺事件の後に「アメリカ合州国」支持ソングをリリースし 彼がその後も後悔なり反省なりの考えを公にしなかったのだとしたら 〜 〜 〜 〜 〜 実際の話, ディランは 1982年のイスラエルによるレバノン侵略とイスラエル包囲下でのパレスチナ難民虐殺事件の直後に イスラエル支持ソングをリリースし, その後, 撤回・撤収・回収はもちろん 一切の反省の言辞もないままに時は過ぎ, イスラエルに対する態度は不変のまま

長ぇ見出しだなぁ。以下の note リンクの下に, 同 note からの転載を置きます。

ボブ・ディランのイスラエル支持ソングは, 1982年のイスラエルのレバノン侵攻と同年9月のベイルートにおけるパレスチナ難民虐殺事件の直後に書かれた

上掲 note 第5章 All Along the Watchtower と言えば, もちろん 〜 ボブ・ディランよりも, ジミ・ヘンドリックス(歌詞和訳つき!) から, 以下に転載。

英米のロックを聴いて育った自分にとって, かつて, ボブ・ディランは数多く存在する好きなミュージシャンのうちの一人に過ぎない存在だったのであり, 特別な存在だったことはない。また, 彼が作った歌の中に自分にとって好きな歌は少なからずあったものの, いつも彼本人が歌うヴァージョンよりも他のミュージシャンによるカヴァーの方が好きだった(ただし 2016年4月に遅ればせながら初めて且つ2度 ディランのライヴを観た際はそのカリスマ性を感じさせるステージに感銘を受けた, それは正直に書いておく)。

そして, ディラン自身が歌う歌は, 2016年秋に今日の note でも取り上げた彼の恥ずべきイスラエル支持ソングの存在を初めて知って以来, 一切, 聴かなくなった。

もちろん, 通常は, アートにおける作品とその作者の政治的態度は切り離してアートを鑑賞している。いちいち音楽家や画家などが(例えば)どの政党を支持するか, あるいはどんな政治思想を持っているか, などによって音楽や絵画の選り好みなどしていたら, キリがない。

しかし, それにも限度はある。一線を超えたら話は別だ。例えば, 「ゲルニカ」で有名なピカソが, もしも実はナチスを賛美する絵画を描き, 生涯それを恥じることもなかったと知ったら(もちろん仮定の話, ピカソに関してそんな事実はない), あるいは, "Imagine" や "Give Peace a Chance" などを歌ったジョン・レノンが, もしも実はベトナム戦争時の米軍によるソンミ村虐殺事件の直後に「アメリカ合州国」支持を旨とする歌を書いていたことが分かり, それを彼が生涯恥じることなどなかったのだと判明したら(これももちろん仮定の話である, 実際のところはジョン・レノンがそんな歌をそんなタイミングで歌う, 歌ったなどということは有り得ない話だ), 仮にそんなことがあったとしたら, 二人に対する後世の評価はどうなっていただろうか。

なぜ, ボブ・ディランだけは, その「不都合な真実」が「不都合」なものとして広く世に知れ渡らない? なぜディランだけは許容される? それはディランだから?

ディランはポピュラー音楽史において触れてはならない, 批判してはならない絶対の「神」のような存在だとでも言うのだろうか(そもそも筆者は一切の宗教について信者ではないのでそんな莫迦莫迦しい心理は理解に苦しむが)。文字通り, 莫迦莫迦しい。

さて, 以下は 今日の note においてはまぁ「ついで」の話(しかし多少は今日の本題にも関係ある), 上の転載箇所の続きにも書いてるんだけど, 

上に記していた通り, 自分はもともと, つまり ディランの1983年リリースの「イスラエル支持ソング」を知った2016年秋の前から, ディランが作った歌に少なくない好きな歌はあっても, いつも彼本人が歌う「オリジナル」ヴァージョンよりも他のミュージシャンによる「カヴァー」ヴァージョンの方が好きだった。

それは All Along the Watchtower, 邦題「見張塔からずっと」にしても 然り。元々あの歌の歌詞は, ユダヤ系アメリカ人である ディランが, ユダヤ教の「旧約聖書」(「イザヤ書」第21章)にある逸話をもとに書いたものらしいのだがね。

下掲 note(後段にリンク) All Along the Watchtower ー OF COURSE, by Jimi Hendrix (歌詞和訳), その「前説」から 以下に転載。

タイトル上の質問に対する筆者の回答は、本投稿のタイトル。

まぁ 2016年の秋にボブ・ディランの一線を超えた破廉恥極まりない「イスラエル支持ソング」の存在を知って以来ディランの音楽を聴かなくなった筆者ではあるものの、ハッキリしておきたいのは、ディランが作った曲には今でも好きな曲は少なくないが、誰かがカヴァーしている場合は、ほぼ例外なくカヴァーの方が良い、その嗜好と思考はディランの音楽のファンだった頃から(ただしディラン・フリークになったことはない、歌詞はいいかもしれないが筆者はディランが音楽的にそれほど素晴らしいと思ったことは昔っから無い)、ずっと一貫しているということ。

音楽なんだから、基本、音を楽しめばいいんで、何がいいかなんて個人の好き嫌いで構わない。構わないと思うが、というか、だからこそ書いておくと、例えば生まれた年(1941年)まで同じ、且つたまたま同じユダヤ系アメリカ人ミュージシャンで同時代のポピュラー音楽界の巨人と言っていいポール・サイモン(*1)、彼が作り出してきた音楽は「豊穣」という言葉が相応しい中身の濃さを持っていて、そして歌詞も素晴らしいんだけれど、それと比べてディランの方は歌詞は「文学賞」「なのかもしれない」が、歌詞の文字通りの「言葉」以外のところの「音」を評価した場合、筆者自身はディランのそれが世間で評価されるほどに素晴らしいと感じたことは一度もない。メロディにしても、あの歌い方にしても、演奏を含めた曲全体のパフォーマンスとしても。

ただ何だろうね、2016年4月に2回ディランのライヴを東京で観たんだが、とりわけ1回目の時、それが筆者が初めた生で観たディランだったこともあってか、少なくとも客席から観ていた時はステージ上のディランから言わばカリスマ的なオーラみたいなものを感じたのは事実。あれはほんと、いま想えば何だったんだろうね、という感じ。騙されたのか(笑)、それとも本当に何かあるのか。

まぁでも正直、また観たいとは思わないし、あの時のこっちの気分に関して特に改めて追及したいなどという欲求は全く無いのだが。

*1 に関しては 本章の最後で

All Along the Watchtower 〜 covered by Jimi Hendrix (Nov 27, 1942 – Sep 18, 1970) 🎶

英語原詞 https://genius.com/The-jimi-hendrix-experience-all-along-the-watchtower-lyrics

「ここから脱け出す道があるはずだが」
 ジョーカーが泥棒に言った
「混乱し過ぎて心休まる時が全くないんだ
 商売人は俺のワインを飲むし
 農夫は俺の土地を掘り返す
 結局境界線の奴らは誰もわかっちゃいないんだ
 そいつにどんな価値があるかってことをね」

「エキサイトする必要はないさ」
 泥棒が優しく言った
「ここには人生はジョークに過ぎないと感じてる奴ばかり
 だけどあんたと俺はそいつを通り抜けてきたし
 これは俺たちの運命じゃないのさ
 だから俺たちは間違わないことだ
 死期を迎える時は遅くなりつつあるんだよ」

見張り塔からずっと
君主たちは監視を続けた
そのあいだ女達はみんな入ったり出たり
裸足の召使達も同じだった
遠く彼方で山猫が唸り声をあげると
馬に乗った二人が近づいてきた
風も音を立て始めたぜ

見張り塔からずっと
見張り塔からずっと

…… ♫ …… ♫ …… ♫

*1 ポール・サイモンのところに付した(*1)は 上掲 note のものではない。ポール・サイモンに関しては, 以下の note 第4章 ポール・サイモン は, 緑から成熟の茶になっただろうか, それとも.. に少し書いたので, 下掲 note リンクに続けてそれを転載しておきます。つい半月ほど前の投稿だし, 「引用」形式の貼り付けでなく, そのまま載せます(ポール・サイモンから離れた関連トピックも書いてた)。

ポール・サイモン は, 緑から成熟の茶になっただろうか, それとも..

なんてね。そんな大袈裟な大見出しをつけながら, 実は大して深みのあることを書こうとしているわけじゃない。ちょっと気になってる程度のことをメモ書きしておこうと。

「音楽脳」の半分くらいは Eric Clapton と Paul Simon の音楽で作られたんじゃないかと思うくらい, ガキの頃から両者の曲を聴いてきた自分は, Simon & Garfunkel のオリジナル・アルバムは全て持ってるし, Paul Simon のソロ・アルバムも 1980年リリースの One-Trick Pony と 1997年リリースの Songs from The Capeman 以外は全て持ってる(上記2つを買ってないのは文字通り偶然のことで, 要するにこれまで音楽聴いて生きてきたなかで「買う」に至る縁が , たまたまなかった, それだけに過ぎない, だからそのうち縁が生まれれば 買う・持つに至るんだろう)。

ソロ・アルバムの中では There Goes Rhymin' Simon (1973年) と Still Crazy After All These Years (1975年) が 最も好きなアルバムだが, 近年のものでも, 例えば Stranger to Stranger (2016年) などもかなり良かった。齢 70代半ば にして 依然としてこれほどに創作意欲を持ち続け, 結果 これほどのハイクオリティの作品をリリースできるのかと, ファンとして感激したものだった。

その後, 2018年9月, Paul Simon が 77歳(日本的に言えば「喜寿」, 数えじゃなくて満だけど, 笑)になる直前にリリースした In the Blue Light, あれは言わば, アレンジはオリジナルからかなり距離を置きつつも「セルフ・カヴァー」のアルバムで, 面白いと言えば 面白いんだけど, しかし一例を挙げるならまず オープニング・トラックの One Man's Ceiling Is Another Man's Floor (元は There Goes Rhymin' Simon に収録)など, どう聴いても オリジナルの方が良かったし, そのうち In the Blue Light というアルバム自体 あまり聴かなくなってしまった。

その In the Blue Light の次のアルバムが 直近・最新作 Seven Psalms で(2023年5月リリース), これもリリース後 直ぐに手に入れた。

収録曲が アルバム全編通しで聴くことをリスナーに要請するような作りになっていて, かつ 完全なアコースティック(バラカン流で表記するなら「アクースティック」)のパフォーマンスで創作されているというもので, 80歳を優に越えてなお, こんな新たな試みをするのかと感心, 他の人に薦めたりもしたし, 実際しばらくの間, 聴き込んだのは確か。

だが, ごく当初の自分の予感に反し, 続かなかった。つまり, ほとんど聴かなくなってしまった。

Paul Simon は一般にその腕前が過小評価されているのではと思うほどに アコギが上手いし, アルバムの 演奏そのもののパフォーマンスは 流石に素晴らしい。しかし, なんだろう, 要するに, アルバム全編から醸し出される「世界観」みたいなものに, ガキの頃から既に半世紀を軽く超える長年のファンであるリスナーとしての自分でも, ついていけない感が強くなった, それが結局 早いうちに「聴かなくなってしまった」ことの 原因なのだろうと思う。

アルバム・タイトル Seven Psalms の Psalms が ユダヤ教の旧約聖書の「詩篇」(the Book of Psalms)から インスパイアされているだろうことは容易に想像できたし, psalm は一般的な単語として使っても「賛美歌」や「聖歌」を意味するようだから, アルバムのコンセプトの大半を ユダヤ教と特定せずともユダヤ教やキリスト教に根ざした宗教や信仰に関するものが占めていることは 最初から分かっていた。

それでもやはり, ここまで「神がかる」(Paul Simon 自身が このアルバムのアイディアを「夢の中で思いついた」「週に2, 3日, 午前3時半から5時の間に起き, このアルバムに収める [宗教や信仰に関わる] 作品の歌詞を書いていた」と語っている, 「神がかってる」よね, これは)と, やはり俺は無理だな, 単純に。とまぁ, そんな気分が増していったように思う。

若い時から, あれほど多くの, 宗教や国籍や民族の垣根を越えた, 要するに文字通りの「普遍的な」作品を創り, 発表してきた Paul Simon が, どうして 80歳を過ぎてから ここまで「神がかった」作品を創るようになった(なってしまった)のか, これは聴く人それぞれ, リスナーそれぞれ, ファンそれぞれが異なる感じ方をするんだろうけれど(それはもうこういうことに限らず 当たり前のことなんだが), 自分自身の受け取り方を言えば, 要するに, 些かそこは「失望」した。

そして, これはこのアルバム Seven Psalms を聴かなくなって以来かなり時を経て, あらためて思うようになったことなんだけど, つまり,

ユダヤ人である Paul Simon は, イスラエル/パレスチナ の問題をどう考えているのか, あるいはほとんど正面から向き合っていないのか, いや考えることがないわけではないのか ..

同世代の ユダヤ系アメリカ人ミュージシャンである Bob Dylan,

あの Bob Dyaln のように, くだらない, 恥ずべき イスラエル支持ソングなど, Paul Simon が 書いたことがないのは はっきりしているのだが,

しかし Simon も, 過去に 例えば Hearts and Bones (1983年) のように "One and one-half wandering Jews, free to wander wherever they choose" で始まる歌を創ったりもしてるし, Still Crazy After All These Years (1975年) のエンディング曲として収められた Silent Eyes のように "Silent eyes, watching Jerusalem" と歌う曲もある。彼が自身の「ユダヤ人性」 Jewishness を意識してきたことは明らかだろう(念のため書いておくと「イスラエル支持」を暗示するラインやフレーズなどは何処にもない, それは皆無)。

さて, こんな話は この辺にしておくけれど, Jerusalem とか, ユダヤ教とか, 「旧約聖書」とか言い出す輩「一般」には, ということで,

この章の最後, 唐突ながら,

第二次世界大戦前に親族の多くをナチス・ドイツによるホロコーストで殺され, かつ ワルシャワ・ゲットー蜂起, そしてアウシュビッツ強制収容所・マイダネク強制収容所の生存者である両親のもとに生まれた, ユダヤ系アメリカ人政治学者 ノーマン・フィンケルスタイン(Norman Finkelstein, 1953年12月8日生まれ)の言葉をここに(以下の画像の下にヴィデオも)。

*ノーマン・フィンケルスタインが, (反)ナチス, (反)ホロコースト等に言及して イスラエルをひたすら「擁護」する人たち, そんな特にイスラエル人もしくはユダヤ人に向けて, 同じユダヤ人(ユダヤ系アメリカ人)として 語った言葉。

** この下は, 今日の付け足し, ポール・サイモンはごく最近, カミさんと一緒に 新曲をリリースした。

Bad Dream 〜 Paul Simon & Edie Brickell ♫

彼の現在の「神」さんが「旧約聖書」や「新約聖書」などの「神」*2 ではなく, 彼の現在の「うちのカミさん」であることを祈る, 祈る, 何かに書かれた「神」なるものではなくこの宇宙を律する何か絶対的な力に「祈る」。

*2 ジョン・レノン, God 〜 神とは, 我々の苦痛を測るための概念である (歌詞和訳)

さてさて 🎶

略して「俺のディラン批判, 個人的 "ディラン" ボイコットは, 所謂 "キャンセル・カルチャー" なるものとは一切関係ない」 〜 今日のこの note の切っ掛け

しばらく前 X(旧「小鳥のさえずり」)で 自分の過去投稿を検索していて たまたま目に入ったんだが(「目に入ったんだが」痛くはなかった, 笑), 去年のちょうど今くらいの時期に, 俺の下掲 note ボブ・ディランの恥ずべきイスラエル支持ソングと、サブラ・シャティーラ、パレスチナ難民虐殺事件 38周年(2020年9月17日 投稿)のリンク url 及びスクショ写真を付して, 「そういえば最近こんな記事読んだな」と「さえずり」している投稿を見た(去年の11月の投稿だから, 2023年7月23日に X に改称されてたようだから正式・公式には "ツイート" じゃなくて「投稿」になるのか)。

その投稿は引用 X(なんて言うのか? 昔風に言えば「引用ツイート」)で, 引用元は "今回の件を踏まえるとティモシー・シャラメにボブ・ディラン伝記映画をやられても全く説得力ないよなぁ。戦争や虐殺をギャグにできる人が歌う「風に吹かれて」なんて誰に届くのか" とする「さえずり」いや投稿 だった。

「ティモシー・シャラメにボブ・ディラン」云々かんぬんカンヌ映画祭(も最早ナンだなぁ, インドの美味しいパン「ナン」の方が余程いいぞ, おっとここでは関係ない, 云々かんぬんと書くとついカンヌ映画祭と続けてしまう癖があるのだ山下洋輔「ピアニストを笑え!」「ピアニストを笑うな!」わかるかなぁ, わかんねぇだろうなぁ 松鶴家 千とせ, ますます「わかるかなぁ, わかんねぇだろうな」), 話 戻して,

「ティモシー・シャラメにボブ・ディラン」云々かんぬんのことは 俺にはほぼ初耳で, ググったらこれも最早ナンだなぁ, 下らない, バカバカしいので既にどうでもいいと思って深入りはやめたのだが,

件の上記 旧称「引用ツイート」はスレッドになっていて, 続く旧称「ツイート」には「別にティモシーもディランも二度と見ない聞かないなんて言うつもり1ミリもありませんが…」「ティモシーのハマスについての「ジョーク」はドン引きだしSNL制作側もマジかって感じだけど、じゃあ同じく出演したboygeniusもその場に映ってたらフィービーに失望しましたとでも言うのだろうか。安直にキャンセルカルチャーはダメだ!と言いたくないけど、だいぶ限界かもね」といった 旧称「ツイート」が入っていた。

どうやら その旧称「引用ツイート」スレッド主の主題は 「ティモシー・シャラメにボブ・ディラン」云々かんぬん の方らしく, スレッド冒頭の旧称「ツイート」にスクショと url リンクを貼った俺の上掲 note ボブ・ディランの恥ずべきイスラエル支持ソングと、サブラ・シャティーラ、パレスチナ難民虐殺事件 38周年(2020年9月17日 投稿)を指して「キャンセルカルチャー」云々かんぬん を言ってるのではなさそうだ。まぁスレッド冒頭に貼られると目立つけどね。

件の旧称「引用ツイート」スレッド主が普段どんなアティチュードで音楽や社会に対しているのか知らないし(今とりあえず興味もない), 俺の上掲 note を批判・批評の対象とする旧称「引用ツイート」スレッドではないようなので, こちらからコメント入れるなりして議論を始めるつもりは「1ミリも」ないが(まぁ「1ミリも」は俺からのちょいと皮肉の引用だけどね), しかしとにかく,

とにかく, 兎に角(なぜ「ウサギにツノ」なのか, 「兎に角」は仏教用語の「兎角亀毛」「兎に角はないし亀の甲羅には毛など生えてないぞ」転じて「この世に存在するはずがないもの」を意味する言の葉に由来します, 「この世に存在するはずがないもの」って神のことか)(まだ山下洋輔の「ピアニストを笑え!」の影響が続いているものと思われる)(しかし筆者つまり拙者のピアニストは拙者のカミさんだ, 神さん, あ, 兎に角, カミさん要するに大事な妻のことを拙者ごときが笑うはずがない, 山下洋輔 1999年著「ピアニストを笑うな!」 ),   

https://note.com/dailyrock/n/nf8e256c85ff4 前説 

閑話休題, 要するに「それはさておき」, とにかく, 旧称「引用ツイート」スレッドの冒頭に俺のディラン批判 note を置かれたんじゃ, 件のスレッドの趣旨と俺の note の中身を直接関連づける読み手がいても不思議はないので(まぁスレッド主の本旨も何処にあったのか正確には掴めないが), 何はともあれ,

今日の本 note で, 俺のディラン批判は 世間で色々とやかく言うところの要するに所謂「キャンセル・カルチャー」, "so-called cancel culture" とは一切関係ない ということをあらためて より明確にしておこうと, それが 今日のこの note を書こうと思った訳, 理由, Reason

この歌とは関係ないけどね(笑), Reasons to Be Cheerful, Part 3 〜 Ian Dury and the Blockheads (1979) 🎶

咲坂と桃内のごきげんいかが 1・2・3 〜 スネークマンショー, 「スネークマン・ショー」(1981年2月21日リリース)より

スネークマンショーのあれは, Ian Dury and the Blockheads の Reasons to Be Cheerful, Part 3 と Blondie の Rapture が 元ネタだと思う。

Rapture 〜 from Blondie's 1980 album Autoamerican 🎶

https://x.com/rockn7rock/status/1857609722217783676

ディラン批判 note 及び 記事, リンク集

記事

1) イスラエル紙 Haaretz (May 24, 2016) Unearthing Bob Dylan’s Forgotten pro-ISRAEL Song

https://www.haaretz.com/jewish/2016-05-24/ty-article/dylans-forgotten-pro-israel-song-revisited/0000017f-f094-d497-a1ff-f294fa370000

While Dylan’s Jewishness has been examined and reexamined over the years, relatively little attention has been paid to his 1983 song 'Neighborhood Bully' — a rare declaration of FULL-THROATED ISRAEL support by a mainstream American rocker.

Some of the lyrics sound like they could have been taken from speech by ISRAELI Prime Minister BENJAMIN NETANYAHU, who often portrays ISRAEL as besieged.

Others are reminiscent of the 2015 campaign ads for religious Zionist political party Habayit Hayehudi, in which Education Minister NAFTALI BENNETT urges ISRAELIS to stop apologizing.

2) Al Jazeera (Oct 22, 2016) The other Bob Dylan ー Dylan’s SILENCE and SUPPORT FOR the ISRAELI oppressor makes a mockery of his stature as an “angry humanitarian”.

3) ロンドンをベースに発行されているアラブ系メディア The New Arab (Al-Araby Al-Jadeed) (Oct 23, 2016) Portrait of Bob Dylan as a DEFENDER of ISRAEL

4) シカゴをベースに活動するパレスチナ問題に焦点を当てたメディア The Electronic Intifada (Oct 18, 2016) Bob Dylan’s embrace of ISRAEL’s war CRIMES

イスラエルの擁護者 ボブ・ディラン と, 長年パレスチナ人の人権を擁護するために声を上げ イスラエルの政策に対する強力な批判者であり続ける元ピンク・フロイドの ロジャー・ウォーターズとの対比 も書かれており, これも興味深い記事。

以下は 筆者の note, 

ハロルド・ピンター と ボブ・ディラン 〜 共に ユダヤ人ノーベル文学賞受賞者ながら 雲泥の差, もちろん 泥 は ディラン

第1章は "ことわり書き: ミュージシャンが ノーベル「文学」賞を受賞したって構わないよ勿論 〜 だから 取り上げたいのはそんなくだらないハナシではなく",

以降は ハロルド・ピンター と ボブ・ディラン の比較, 後段の章は あらためて「パレスチナ/イスラエル問題」について。

ボブ・ディランのイスラエル支持ソングは, 1982年のイスラエルのレバノン侵攻と同年9月のベイルートにおけるパレスチナ難民虐殺事件の直後に書かれた

ボブ・ディランの恥ずべきイスラエル支持ソングと、サブラ・シャティーラ、パレスチナ難民虐殺事件 38周年(2020年9月17日 投稿) 〜 イスラエル がどんな国かを示す 典型例の一つ, ディラン批判に絡めつつ

以下の 2020年9月17日付 note ボブ・ディランの恥ずべきイスラエル支持ソングと、サブラ・シャティーラ、パレスチナ難民虐殺事件 38周年, その 第2章に,

2021年6月から1年間 イスラエルの首相を務めたナフタリ・ベネットの生い立ちを書いた。奴の両親は, 1967年にイスラエルに移住したユダヤ系アメリカ人。イスラエルがどんな国かを示す典型例 の一つ。

ついでの, 「自称リベラル」(っぽい)朝日新聞 批判 〜 2019年9月19日付 note "ボブ・ディランの不都合な真実(2)ー または 私が 37年余り購読し続けた「朝日新聞」の購読を止めた理由"

こんな新聞, 要らない。

(1)は 以下, 

ボブ・ディランの不都合な真実 ー 1982年イスラエルのレバノン侵略とパレスチナ難民虐殺事件の直後に書かれたイスラエル支持ソング

この際, これも 〜 「西洋」の 欺瞞 と 偽善 〜 さらば バーニー・サンダース, さらば リチャード・ドーキンス, くたばれ ユヴァル・ノア・ハラリ, くたばれ ボブ・ディラン, ついでに言うと, ぼのぼの は好きだが, U2 の ボノ は最低だ

ビヨンセ, テイラー・スウィフト, ニック・ケイヴ, トム・ヨーク とかも名指ししたいところだけどね。世間で色々とやかく言うところの要するに所謂「キャンセル・カルチャー」, "so-called cancel culture" とは一切関係ないぜ(笑), 俺が連中を嫌いだってこと, それには理由があるってことだよ。

それから,

あ, 「それから」by 夏目漱石 だった(笑)。

それから,

この際, あれも 〜 イスラエルの歴史家・哲学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「人類と新型コロナウイルスとの闘い」論考批判

もう ディランじゃないけどね。

ではでは。

All Along the Watchtower ー OF COURSE, by Jimi Hendrix (歌詞和訳)

もちろん, ジミヘン。

最後に,

ボブ 「転がる石」 ディランに贈る 〜 「転がる石のように」 by ジミ・ヘンドリックス

Like a Rolling Stone 〜 Jimi Hendrix (Nov 27, 1942 – Sep 18, 1970) LIVE at the Monterey International Pop Festival 1967 🎶

以下リンク先の歌詞, [Chorus 1] はちょっと間違い

Yeah I tell ya brother....It's really outta sight here...didn't rain...no buttons to push
Right now, we're gonna dedicate this song to everybody here
hearts and ears
It goes something like this
Yeah!
Yeah! What I say now?
Hey!
Yes, like I said before, it's really groovy
I'd like to bore you for about six or seven minutes to do a little thing
Yeah
Billy, 'cusе me for a minute, just let mе play that guitar, right?
Right now, we're doin' thing by Bob Dylan...that's his Grandma over there
This little thing called "Like a Rolling Stone"

Once upon a time, you dressed so fine
Threw the bums a dime in your prime
Oh, didn't you?
People call, say "Beware doll
You're bound to fall"
You thought they all, heh
Were all a-kiddin' you
You used to, heh
Laugh about
Everybody that was, uh
Hangin' out
Look at ya
Now you don'
Talk so loud
Now you don't, baby
Seem so proud
About having to be scrounging, yeah
Your next meal

Yeah, how does it feel?
Oh, how does it feel, baby!?
To be on your own?
With no direction home?
Look at ya... a complete unknown?
Yeah, like a rolling stone?

この辺にしといてやるか, ディラン。これ以上 歌詞 載せると著作権上「問題問題大問題 どんなもんだい こんなもんだい」, 『お題目』by 谷川俊太郎(1931年12月15日 - 2024年11月13日)合掌 🙏

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