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べらぼう32話感想|おふくを想う新之助の覚醒“世に殺されたのだ”

大河べらぼう32話、「新之助の儀」。

前回のおふくと赤子の死は衝撃でしたが、今週はさらなる政治の混乱と江戸庶民の困窮が描かれました。

米がなく生活の見通しが立たない中で、根も葉もないウワサが広がり暴動が起きる。SNSでデマが広がり、人々がたやすく信じたり炎上する現代と変わらない様子が怖いくらいです。

👉将軍・家治の死とおふくの死。江戸城と深川の長屋で、それぞれの最期が描かれた前回31話「我が名は天」の感想・考察はこちら

今回は、“裏の老中首座”として策を出し続ける田沼意次と、貧民に扮してまで民をあおる一橋治済、そして打ちこわしを行おうとする新之助を「我が心のままに」と応援した蔦重について、感想・考察していきます。



意次の復帰、江戸城内の駆け引き


将軍・家治の逝去に伴い、御役御免となった意次。
しかし、田沼派は大奥総取締の高岳を抱き込み、意次を復帰させるよう仕向けます。

そこで、意次は再び江戸城へ。今度は老中ではありませんが、雁間詰(かりのまづめ)の一大名として出仕することが叶いました。

雁間は老中の通り道になっており、そこで通りかかる老中に<進言>ができる。これによって、意次は「裏の老中首座」と呼ばれるほどの力を再び持つことができたのです。

しかし意次は、老中になってから加増された2万石も上屋敷も没収されていました。それでも、その胸には亡き息子・意知の志があることを私たちは知っています。だからこそ、意次は一大名に降格されても戦っているのですね。

「天になりたい」などと不遜な望みを抱く治済は、しかし今まで政治に関わったことがない。政務にはド素人。そのため大事な仕事を後回しにしたうえ、意見が通らないと「自分は次期将軍の実父だぞ」と怒鳴りだす。

これを見た名君と名高い紀州藩主・徳川治貞(高橋英樹さん)が、
「見苦しい!」
と一喝するところ、良かったですね笑
さすが桃太郎侍。
御三卿の上には御三家がいる。
よかった、上には上がいてくれました!

御三家からも眉を顰められた治済を、政治の場から外す。
そのために意次は次期将軍・家斉の後見人には、松平定信を推挙します。

しかしこれも意次の老獪(ろうかい)な手の内。治済と御三家を切り離すことに成功したうえ、新将軍の周りはがっちり田沼派で固めるという策士ぶりを発揮しました。

このドラマの中の意次は、非常に熱血で有能で合理的。最適解で周囲を動かすが、その一方、動かされる駒にも様々な思惑があることに気づいていない、あるいは気づいていても低く見積もる人物、というように見受けられます。人事は盤上のコマではない。

佐野政言の件についても、もっとフォローがあれば…。 定信とも一度よく腹を割って話せば、違う関係性があったかもしれないなあ、などと思うのですが、いかがでしょうか。
現代の組織の中でもありえる話ですね。

そしてこのことが定信に、復讐のチャンスを与えてしまいます。

後見人になる代わりに白河藩から米を送ってほしいと意次は取引きを持ち掛けますが、定信は「後見に関わる話は預からせてもらうが、米は送ってやろう」と返します。

「江戸での打ちこわしは徳川の威信に関わる。一族の血を受け継ぐ者として、そこは助太刀いたすということだ。そなたには分からぬ考えかもしれぬがな」

さらっと血統マウントを取られても、こう言われれば意次は「かたじけのう存じます」と下がるしかない。

しかししかし、米が届かない、約束の二十日に米が~~!


世に殺されたのだー新之助の決意

「飢えたる犬は棒をも恐れず」
ーーー生活に困窮した人間は、リスクを恐れず危険なことや悪いことをする。

そうおていさんが心配したように、日に日に庶民の不満と不安は高まっていきます。

意次の側近である三浦から頼まれ、蔦重は「二十日には奉行所でお救い米が出る」と摺り物にして配り皆を安心させようとしますが、しかし、二十日に米は来ない。

定信が田沼と約束した、白河藩から来るはずの米がきません。

これは定信、やりすぎでは。恨みなら本当に意次を刺し殺したほうがまだマシでしたね。やはり定信にも庶民の本当の苦しさは届いていない。

飢えをしのぎ、噴き出す不満をそれでもお救い米が来るのを待って必死に我慢していた人々は吠えたてる。

さらにそこに現れたのは、そう、あの
丈右衛門だった男」。

さらに今回は「薄汚れた物乞い」が叫びます。

「あのお侍に、犬を食えと言われた!」

と。指を指された役人は驚いて否定しますが、それを「丈右衛門だった男」があおります。

「さぞ腹いっぱい飯をくわれておるのでございましょう、けど俺たちには犬を食えと!」

一触即発の空気。
なんと物乞いは、一橋治済でした……!
そんなことある?
いやいやお忍びで、打ちこわしをあおるためにほっかむりして物乞いに??

治済、恐ろしい子…!

そこへ止めに入ったのが新之助でした。
しかし新之助は、このままでいいと思っていたわけではなかった。
「打ちこわしなんてべらぼうに割が合わねぇ話だと思いませんか?」
必死で止めようとする蔦重に、新之助はこう言ったのです。

「俺はおふくと坊は、世に殺されたと思うのだ。米がないからだ、皆、己のことしか考えておらぬ、田沼の作ったこの世に殺されたのだ」

ああ、この「世に殺されたのだ」という言葉を言わせるためにおふくの苦難があったのか、と私はハッとしました。

思えばおふくは、おそらくほとんどの遊女がそうであるように、貧しい家から吉原に売られてきた娘。そもそも世が、政治の在り方が、社会の仕組みが、おふくをずっと苦しませ続けてきたわけです。

それを、本来は為政者側である元武士であった新之助は救えなかった。救いたかったけれどできなかった。怒りや悲しみをぶつける相手は、同じく苦しさに血迷っておふくと坊を殺した隣家の男ではない。世なのだ、と。

そして新之助は続けます。

「俺は、俺たちはそれをおかしいと言うことも許されないのか。こんな世は正されるべきだと声を上げることも」

政治がおかしいのなら、民が声をあげるべきだ。
そう新之助は蔦重に訴えるのです。

その新之助の想いは、蔦重にかつて平賀源内から聞いた言葉を想起させました。

「我が心のままに生きる。我が儘に生きることを自由っていうのさ」

なるほど、これが新之助の「我が心のままに生きる」ことなのだと納得した蔦重。
新之助に布を渡し、これに想いを書いて幟にすればいいと伝えます。そのほうが間違いなく、「何に怒っているのか伝わる」と。

そしてその代わり、俺のワガママも聞いてほしいと言います。

「俺の望みは誰一人捕まんねえ、死んだりしねえってことです。俺ァ、皆さんと一緒に笑いたいんです。打ちこわしが終わって飯ガツガツ喰いながら、ほんといい打ちこわしだったね、誰も死ななかったし、ただ一つだけ良くないことがあって、この腹が米の喰いすぎで満腹山のぽんぽこ狸!

こんなときでも、江戸っ子らしい地口でバカバカしい洒落を言う。蔦重は持前の明るさで、一気にその場の張りつめた重苦しい空気を変えてしまいましたね。

これぞ、本作の蔦重の魅力だなと思いました。あっぱれ!

新之助が布にしたためた筆の文字も力があってよかった。さすが、耕書堂の筆耕として初期から活躍してきただけあります…!


おわりに(次回とうとう打ち壊しが…)

以上、今回は意次と定信の駆け引き、治済の暗躍。そして庶民が困窮から打ちこわしへと向かう中の新之助の決意について書きました。

「あくまで喧嘩でおさめる、誰も死なない打ちこわし」

蔦重が願ったこの不思議な打ちこわしは実現するのでしょうか。

実際に天明の江戸での打ちこわしは、「まことに丁寧、礼儀正しく狼藉」との記録が残るほど、盗みや暴動とは違った一種の統制が取れた状態であったといわれます。

この打ちこわしはどう描かれるのか、新之助はどうなるのか?

またまた次回が気になりすぎて夜しか眠れない状態が続いています。

あなたは意次と定信にハラハラしましたか?
治済の暗躍ぶりに怒りがわきましたか?
ぜひコメントで教えてくださいね。

それではまた次の記事でお会しましょう~♪


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次回の感想はこちら
33話 感想・考察 —新之助の最期と歌麿が命を写した『画本虫撰』について。



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