歌麿の壮絶な苦悩と石燕の慈愛|べらぼう30話
大河ドラマ「べらぼう」30話、「人まね歌麿」。
歌麿が絵師として、自分の絵と向き合う、辛くも感動的な回でした。
歌麿を心配するおていたち、歌麿が苦しんでいることに気づきながらも見守ることしかできず、その歯がゆさに苛立つ蔦重、そして幼かった歌麿を忘れず耕書堂まで訪ねて来てくれた鳥山石燕。
今回は、歌麿が再び創作の楽しさを取り戻していくドラマの様子を追い、感想・考察します。
併せて、史実の鳥山石燕や枕絵についても触れていきましょう。
✅前回29話「江戸生蔦屋仇討 (えどうまれつたやのあだうち)」の感想・考察はこちら。古川雄大さん演じる山東京伝が、おバカだけど憎めない艶二郎に扮した劇中劇についても深堀りしています。👇
蔦重の提案に苦悩する歌麿
“人まね歌麿”から自分ならではの絵へ
山東京伝作の『江戸生艶気樺焼』が大当りをとり、さらに活気づいた蔦重の店・耕書堂。次に手掛ける「狂歌絵本」の打ち合わせを行っていたところ、浮世絵師・北尾重政から、
「歌を売り出すってなァねえの? 近頃ウワサになってきてるよ、“人まね歌麿”って」
と言われます。
この評判を好機と見た蔦重は、さっそく歌麿に「お前ならではの絵」を描くよう勧めますが、歌麿は乗り気にならない。
「いいよ、俺今のままで。俺は『ならではの絵』描きてえなんていっぺんも思ったことねえんだよ」
そう答えますが、結局は蔦重にじっと見つめられれば逆らえない。歌麿にとって蔦重は、もはや家族以上に大事な相手。蔦重が喜ぶことならなんでもしてあげたいと思ってしまう。
仕方なく「けど、何を書くかねえ」と呟く歌麿に、蔦重はこう返します。
「枕絵ってなあ、ねえ」
この枕絵というものが、歌麿にとってどれだけ内面をえぐるものになるのか、蔦重にはまだわかっていなかったのでした。
枕絵は過酷な過去を思い出すトリガー
今まで歌麿が「自分の絵なんか描きたくない。好きな絵を描いて暮らしていければそれでいいんだ」と言っていたのは、自分の過去に向き合うことを避けていた、のぞけばあふれるどす黒い思いに蓋をしていた、ということでしょう。
せっかく蔦重の側で平穏な日々を取り戻し、精神的に安定していた歌麿。
しかし、枕絵に描かれる生生しい女と男、あるいは男と男の情事に、嫌でも歌麿は思い出してしまう。
幼い頃の母の思い出や、その母を殺したこと、さらに脅してきた男(ヤス)を川につき落として殺したことを……。
✅歌麿の過去についてはこちらの記事へ
歌麿にとって枕絵は“笑い絵”どころか、過去の過酷なトラウマを思い出すトリガーでしかありません。
気づけば、母やヤスの幻影が歌麿のそばにぴったりとはりつく。
「わたしの絵を描いて名をあげようってかい。殺しただけじゃ、飽き足らず……」
「これが人殺しの絵か、うまいうまい…」
とうとう歌麿は飲まず食わずで閉じこもっていた部屋から出て、ふらふらと廃寺へ。
そこにいた女の顔を殴られた母親と見間違い、そばにいた男がヤスの顔と重なって、その男に殴りかかるという、錯乱状態に陥ってしまいました。
すんでのところで蔦重に助けられた歌麿。
「すまねえ、こんなべらぼうな俺なんかいらねえよな、目いっぱい役に立ちてぇとは思っているんだよ」
本当にいじらしい歌麿の言葉。「そんなことはねえって何べんも言ってるだろ」と言いながら、蔦重もさすがにこれ以上無理はさせられない。
そう思って、「俺ァ一生でも待つさ」と歌麿に告げたのでした。
石燕の言葉が創作の火を灯す
しかし、そんな歌麿をずっと忘れずに大事に覚えてくれていた人物がいました。
廃寺から戻った歌麿を、耕書堂で待っていたのはかつての恩師・鳥山石燕。歌麿に駆け寄って、その肩を揺さぶります。
「なんで来なかった、いつ来るかいつ来るかずっと待っておったのだぞ!けど、よう生きとったな、生きとった!」
心から自分を心配し、生きていたことを、そのことだけをただ喜んでくれる人がいる。
そのうれしさ、ありがたさに一気に涙を浮かべた歌麿の気持ちを思うと、こちらも涙が出そうになりました。
自分なんか役に立たない、つまらない人間だ。そう思っていたところに、ずっと自分を覚えてくれていた恩師が探し訪ねて来てくれた。それだけでもうれしくてたまらないのに、石燕はこう言ったのです。
「忘れるか、あんなに楽しかったのに。楽しかったぞ、お前は楽しくなかったのか?」
心のままに絵を描くことが楽しくてならなかったあの頃。初心に気づかせてくれたこの言葉。
そして
「見える奴が描かなきゃ、それは誰にも見えぬまま消えてしまうだろう?その目にしか見えぬものを写してやるのは、絵師に生まれついた者のつとめじゃ」
歌麿のことを、余人が見えぬものを見る目・第三の目を持つ者として「三つ目」と呼ぶ石燕。
歌麿はようやく自発的に自分の絵を描きたいと思い、石燕に弟子入りを請うたのでした。
ドラマで歌麿が石燕宅の庭で写していた牡丹の花は、「歌麿」というそうですね。Xで話題になっていて知りました。
史実では、歌麿は幼少の際から石燕門下にあり、虫を描くことが得意であったと記されています。
この史実をドラマではうまくこのシーンに合わせ、後の歌麿の狂歌絵本「画本虫撰」に結び付けていく、というように見えましたね。
「画本虫撰」の序文は石燕が書いています。
「今門人歌麿が著す虫中の生を写すは是心画なり、哥子幼昔物事の細成か。ただ戯れに秋津虫を繁ぎはたはた蟋蟀を掌にのせて遊びて、余念なし」
(大意:門人の歌麿の虫の絵はただの写生ではなく心象が表れている。小さい頃から細かく観察してるからね。トンボを糸でつないだり、こおろぎを手に乗せて無心に遊んでいたよ)
本当に歌麿が救われてよかった。自ら「自分の絵を描きたい」と思うことができてよかった。
感動的な歌麿の絵師としての成長回でした。
史実/鳥山石燕のイメージは?
片岡鶴太郎さんが演じるドラマの鳥山石燕は、まさに「あやかしを描く絵師」として個性が際立つ素晴らしいキャラでした。歌麿に創作の楽しさを思い出させる力を持つメンターとして、これ以上ない配役だと思いましたね。
一方、史実の鳥山石燕はというと、妖怪ファンには知られた存在ながら、一般にはほぼ認知されていない人物。研究自体もそこまでされていないようです。
ただ以前の記事でも書いたように、鳥山石燕は幕府御用達絵師を輩出している狩野派の絵師で、つまり正統派。
代々幕府の御坊主(江戸城で将軍や重役、登城した大名たちを世話し、調度を整えたりする役)の家系に生まれ、経済的にも恵まれていたよう。狩野派に学んだのも職業というよりも嗜(たしな)みであった可能性が強いとか。
彼が晩年に描いたのが『画図百鬼夜行』シリーズで、こちらが有名になったがために、現在では「妖怪絵師」と呼ばれることが多いのですが、彼が描いた妖怪も狩野派のテクストから派生しているそう。それを石燕がダジャレなどを含めアレンジを入れて描いていた、ということのようです。
あやかしを見て描く怪しげな爺さん…といったドラマのイメージとは、また違った印象を受けますよね。
✅石燕と歌麿の幼少期についてはこちらの記事にも
笑い絵、ワ印とも呼ばれた枕絵とは?
枕絵は、春画のこと。「笑い絵」や「ワじるし」などとも呼ばれます。理由は、あられもない姿に思わずおかしみを覚え、笑ってしまうからだそう。
平安時代後期から描かれたという肉筆画に加え、木版技術が発達した江戸時代初期からは木版画も作られるようになりました。
明和2年(1765)、鈴木春信の「錦絵」(多色摺技法)が誕生すると、春画にも採用され、その後、磯田湖龍斎(ドラマでは鉄拳さん)、さらに鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎など、浮世絵版画が隆盛になるにつれ、錦絵春画も次々と名作が生まれていきます。

艶本資料データベースより。全体図はこちらから
現代のパソコン、ネットの普及や発展には、エロい画像を見たい需要があったから、なんてことも言われますが、錦絵の技術の発展にも同じく、春画需要があったといえるかもしれませんね。
おわりに(次回のサブタイ「我が名は天」の不気味さ)
以上、歌麿がようやく過去のトラウマから抜け出し、絵師として自分の絵を向き合おうと一歩を踏み出した30話の感想・考察でした。
ちなみに、歌麿が食べるものも食べず部屋から出てこないのを心配したおていさんが言った言葉。
「之を知る者は之を好む者に如かず、之を好む者は之を楽しむ者に如かず」
この意味は、理解している者は好きな者にはかなわない、好きな者は楽しむ者にかなわない、というもの。
まさにこの「楽しむ」という気持ちを石燕が歌麿に思い出させてくれた。今回のキーワードは「楽しむ」という言葉のように思いました。
さて、次回はまた一変して禍々しいサブタイトル。
「我が名は天」
雨を浴びながら踊っていた一橋治済が不穏、不穏!
政治パートが大きく揺らぎ、庶民の生活も苦境に陥りそうです。実は私、次回からがちょっと見るのが辛いかも…。
でも、それもこれもドラマの醍醐味。辛いも悲しいもうれしいも楽しいも、色んな感情をドラマの中で味わっていきましょう。
今回の歌麿の一歩、皆さんはどう感じましたか?
石燕の言葉に励まされ、自分の趣味や仕事に向けて心を動かされた方も多いはず。
あなたが印象に残ったシーンや、感じたことをぜひコメントで教えてくださいね。
それではまた、次の記事でお会いしましょう~♪
✅ 前回の感想はこちら
29話「江戸生蔦屋仇討」感想・考察 — 京伝が艶二郎に扮した劇中劇も深掘り!
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参考文献
「百鬼解読」多田克己著 京極夏彦絵(講談社)
「春画展 図録」(永青文庫)
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