瀬川の涙と耕書堂の夜明け|大河べらぼう14話
大河ドラマ「べらぼう」。
第十四話、「蔦重瀬川夫婦道中」が放送されました。
タイトルと~~!真逆真逆~~~!
と言いたいような展開でしたね。
皆さんは、蔦重と瀬川の別れに涙しましたか?
それとも鳥山検校の想いに心打たれましたか?
◎前回の「お江戸揺るがす座頭金」についてはこちらの記事をどうぞ。どうだろうまあ先生こと、朋誠堂喜三二が書いたおもしろ洒落本「娼妃地理記」も紹介しています。↓ ↓ ↓
今回は、恩が恩を生む話が好きだといった瀬川の決断、そして史実の蔦重が経営する耕書堂についてなど語っていきたいと思います。
真逆の展開だった「蔦重瀬川夫婦道中」
恩でめぐらせる因果。瀬川、涙の決断
悪辣な高利貸しとして召し捕られた鳥山検校。瀬川はなんとか釈放されて、もといた吉原の松葉屋のお預かりに。そして病気になった遊女が一時的に療養する「寮」にしばらく身を置くことになりました。
しかしそこには、座頭金のために身を売る羽目になった旗本の娘・松崎がいて、憎き検校の妻である瀬川に刃物をもってとびかかります。
「父上と母上は金に詰まって自害なされた。薄汚いお前の夫のせいだ」
という松崎。
しかしそれに返す瀬川の言葉ももっともでした。
「それを言うなら、わっちが売られてきたのは御武家様のせい。きつい年貢に耐え切れず、親はわっちを売りんした」
私が今回一番印象深く感じたのはここでした。売られてきた二人が悪いわけではない、ただただ個人の力ではどうしようもない社会の仕組みが不幸の連鎖を引き起こしている。
検校から離縁されて、晴れて蔦重と二人きりの待合茶屋(当時のラブホ)の一室。同じ布団にくるまりながらの睦言(むつごと)に、瀬川が言ったのは
「めぐる因果は恨みじゃなくて恩がいいよ、恩が恩を生んでいく。そんなめでたい話がいいのさ」
検校から大切にされたことも分かっている。そしてそんな検校が自分を自由にしてくれたことに感謝している。だからこそ、蔦重の輝く未来に自分が暗い影を落としてはならないと感じたのではないでしょうか。
検校が自分にしてくれたこと、それと同じものを瀬川は蔦重に返した。悪辣金貸しの妻というイメージがついてしまった自分が身を引くことで、蔦重の店の成功を願う。恩を恩で返し、めでたい話にしていく。そう思えば、瀬川はちっとも不幸ではない。
別れは辛くとも、これから成功していく蔦重の店のことを風の便りにでも聞けば、うれしく頼もしく誇らしく思うでしょう。自分の決断に間違いはなかったと…。
などと考えておりましたが、それにしても私はけっこう検校びいきだったので、史実はどうあれ、ドラマの中でなら、いつかどこかで検校と瀬川が結ばれる展開があってもいいのにな~、なんて想像してしまったのでした。検校は按摩、瀬川は三味線の師匠なんかをして、長屋で二人で笑って暮らしていたら…な~んてね。
史実の蔦重の耕書堂の話
さて話は変わって、今回の14話は、瀬川との別れのインパクトがありすぎて若干薄れた印象でしたが笑、蔦重が自分の店を持つというビッグイベントがありました。

上図は、安永5(1776)年出版の吉原細見『名華選』の吉原大門(おおもん)付近の図です。この図内の右側、大門の外にある五十間道(ごじっけんみち)と呼ばれる道沿いに、「つたや次郎兵衛 同本屋重三郎」とあるのが見えますでしょうか(赤線で囲んだ部分)。
この五十間道というのはなかなか面白くて、S字カーブを描いているため、日本堤から入ってきた客がすぐに中を見通せないようになっています。くねった道を歩いていってようやくドーン!と門が現れるので、客のわくわく感を演出するためなど、色々説があるようですが、立体的に見るとこんな感じ。

これは幕末・万延元年(1860)年の二代目広重が書いたものですので、蔦重が店を出していた安永五年頃(1776)年とは100年ほども違いますが、吉原の五十間道の形は変わっていないので、参考までにご覧ください。ちなみに今もこのS字カーブの道は残っています。
こういうS字カーブの道に沿った場所に、最初は(安永元年、あるいは二年ごろから?)次郎兵衛の店を間借りして本屋を始めた蔦重。それが、安永六年(1777)にそのすぐ近い場所に、独立して店を出したとのこと。

上図は安永八年(1779)の吉原細見。赤で囲った部分に「細見板元本屋 つたや重三郎」とあります。青で囲った部分が前に間借りしていた次郎兵衛の店。これを見ると、元の間借りしていた次郎兵衛の店から四軒隣のようですね。
独立おめでとう、蔦重!
史実でも駿河屋(ドラマでは高橋克実さん)はじめ吉原のバックアップが大きかったようですが、それでもここからさらに六年後の天明三年(1783)には、日本橋という当時の一大商業エリア(ほかの本屋もわんさか)に店を出すわけですから、やはり大したものだと思いますね。
参考/ステラ「大河「べらぼう」 吉原大門前に開店した“耕書堂” 東京・台東区千束」
『蔦屋重三郎』鈴木敏幸(平凡社)
おわりに~次回は「死を呼ぶ手袋」
いつもながら、今回のドラマ14話でも、政治パートや蔦重の恋がらみ、そして、あれれ、エレキテルに固執する源内先生の様子がちょっとおかしくない? なんて、色々と要素がぎゅうぎゅうでしたね。
楽しかった俄祭りの回がなんだかとても懐かしい。うつせみも前回でどうやら逃げ切れたようなのでほっとしましたね。次回のタイトルは「死を呼ぶ手袋」!
まるで横溝正史か松本清張のタイトルのようなミステリー風味で、個人的にとても好みです笑
次は政治パートがメインになるのかな?
蔦重の今後や源内のエレキテル、ドラマの感想やこれからの予想などなど、気軽にコメントくださいね。
それではまた、次回の記事でお会いしましょう~!
追記/史実の吉原の「寮」というものがどんなものだったのか、下記の瑠奈さんの記事がとても分かりやすかったので、リンク貼らせていただきます。こちらもぜひお読みください。
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