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のれん男(京伝鼻)はどこから?『江戸生艶気樺焼』艶二郎の誕生を探る!

大河ドラマ『べらぼう』29話で、なんと実写化された山東京伝の傑作黄表紙『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』。

📚べらぼう29話の感想・考察記事はこちら。ドラマの内容からキャスティングの妙まで深堀りしています!👇


その主人公・艶二郎には、実はモデルとなった“キャラ”が存在します。手ぬぐいの図案として描かれた、のれん(歌舞伎の定式幕とも)からのぞく、特徴的な鼻の男──のちに「京伝鼻」とも呼ばれるようになったこの図像は、いつ、どのように誕生したのでしょうか?

この記事では、手拭いの図案集『志やれ染手拭合(しゃれぞめたなぐひあわせ/たなぐひは手拭いのこと)』と、さらにその原型とされる例をたどりながら、艶二郎の誕生前夜をさぐっていきます。

📚京伝の一大傑作『江戸生艶気樺焼』のあらすじや見どころは下記の記事をご覧ください。👇



【1】手拭合の獅子鼻の男とは?

ドラマ28話の最後でも、京伝がのれんから顔を出して
「つったじゅうさ~~ん!」
と軽快に現れるシーンがありました。
これはまさにこの「のれんから覗く男」を意識したものでしょう。


今も手拭いの図案として商品化され続けている、一度見たら忘れられない「のれんからこちらをのぞく男」。/『志やれ染手拭合』より(国立国会図書館デジタルコレクション)

『志やれ染手拭合』とはどんな本?

この『志やれ染手拭合』(手拭合とも)という本は、天明四年に発行された手拭の図案をずらりと描いたもの。大名の子弟から吉原の遊女まで、様々な人々が考えた手拭いのデザインを山東京伝ら画工が絵にした図案が、79種類掲載されています。

ミネルヴァ日本評伝選「滑稽洒落第一の作者 山東京伝」(佐藤至子著/ミネルヴァ書房)によれば、天明四年六月に、上野不忍池にほど近い寺院で開催された手拭合の会で披露された図案をまとめたものとのこと。

一般的にはこの中に描かれた、特徴的な獅子鼻(いわゆるあぐら鼻)の男が人気となって、艶二郎が誕生したといわれます。

しかし、実はこの前に、この男の原型となるイメージがあったといわれているのご存知でしたか?


【2】手拭合より前にいた? 獅子鼻男のルーツ

戯作者はコミカルに描かれる?

前述の佐藤至子著『滑稽洒落第一の作者 山東京伝』によれば、『志やれ染手拭合』の以前から、黄表紙にも安永九年刊に京伝が挿絵を描いた『一の富見徳の梦(いちのとみけんとくのゆめ)』でもすでに、獅子鼻男は登場していたとのこと。

また天明四年刊の『万象亭戯作濫觴(まんぞうていげさくのはじまり)』(万象亭作、北尾政美画)の主人公・万象亭は、戯作者の仲間入りをした途端、獅子鼻の顔に変わります。これは、戯作者になる=獅子鼻になる(戯画化される)という発想からだったといいます。

後に京伝も自作の黄表紙に獅子鼻の自画像を登場させますが、作者の自画像に獅子鼻をあてるという発想は、『万象亭戯作濫觴』が先だったとか。


『客人女郎』の主人公が艶二郎のもう一つの原型だった?

また、もう一つ興味深いのは、岩崎はる子氏の論文『黄表紙画像の独立、先行性について』です。

この中で岩崎氏は、京伝が描いた天明三年刊の『客人女郎(きゃくじんじょろう)』という作品の中に、艶二郎につながる図案の原型があるといいます。

『客人女郎』は恋川春町の初期作、『其返報怪談(そのへんぽうばけものばなし)』をなぞったもので夢オチの物語。京伝は絵も、春町の絵組をそのまま取り入れています。

ただ、最終ページに描かれた主人公であるしがない絵師の現実にもどったときの顔が、「幅広の丸顔に二重あご、細い目と目の間がひどく離れた下がり眉であり、鼻の部分のみ艶二郎の獅子鼻に変えればほぼ同じキャラクター図になる」と指摘されています。

つまり、艶二郎ののほほんとした愛嬌のある顔の原型がここに登場していた、というのです。

「絵からストーリー」へ──見えてくる春町との共通点

ここで、私が面白いと思ったのは、岩崎氏の論にもあるとおり、春町がおしゃれガイドブック「当世風俗通」(安永二年刊)に描いたおしゃれなメンズたちを、その二年後、黄表紙「金々先生栄華夢」に描いたこと、それと同じことが京伝にも起こっていたということ。

つまり、現在でも漫画家の創作方法にあがるように、絵(キャラ)が先行してストーリーが生まれたと考えられる、ということです。

そして、これは中でも絵と文を両方書ける人だからこその感覚ではないでしょうか。そう、春町も京伝も、共に絵も文も描く、いわば現代の漫画家と同じ存在。

大河ドラマべらぼうでは、春町と京伝が互いにライバルとして、やがて良き理解者として描かれていきますが、その関係性にもつながるような二人の共通点ですね。

📚「金々先生栄華夢」の画図の発展については、前述の岩崎はる子氏の論文のほか、下記の記事でも詳しく紹介しています。ぜひ合わせてお読みください♪


【3】艶二郎から京伝自身を指すことになった“京伝鼻”

『江戸生艶気樺焼』で爆誕!獅子鼻の艶二郎

さて、こうして「戯作者=戯画化」や、「客人女郎」の主人公、「手拭合」ののれん男のイメージを経て、『江戸生艶気樺焼』に登場した獅子鼻の主人公・艶二郎。

もてたい気持ちが空回りして失敗ばかりする艶二郎は、またたく間に大人気に。『江戸生艶気樺焼』は大いに売れて再板となり、これ以降京伝の名はますます響き渡ったといいます。

友人・参和ら仲間内のおふざけが楽しい

あまりに艶二郎が人気になったため、その二年後には、唐来参和作の黄表紙『通町御江戸鼻筋(とおりちょうおえどのはなすじ)』で、京伝自身が獅子鼻となって登場。


獅子鼻に描かれた京屋伝二郎。『通町御江戸鼻筋』より(国書データベース)

『江戸生艶気樺焼』で大人気になった友人・京伝を、参和がからかいながら絵にしている、友人同士のふざけた楽しさが感じられる作品です。

とうとう京伝、自らを“京伝鼻”として描く

ほかにも友人たちにより戯画化されながら、天明八年刊の『会通己恍惚照子(かいつううぬぼれかがみ)』で、初めて京伝自身が自分を獅子鼻で登場させます。そしてこの鼻が京伝自身を示すアイコンとして、「京伝鼻」と呼ばれるようになったわけですね。


京伝自身が描いた京屋伝二郎の姿。
『会通己恍惚照子』より(国書データベース)

ちなみに、実際には京伝は獅子鼻ではなく、面長な顔立ちで鼻筋も通っていたようですヨ。


『江戸花京橋名取 山東京伝像』鳲鳩斎栄里

「艶二郎」という言葉自体も流行語に?

また、『艶二郎』という言葉自体も流行し、吉原で色男を気取るうぬぼれ客や、度をこした浪費家を示す言葉になったそうです。
「ぬしもきつい艶二郎だね」
というように使われたそう。
今なら流行語大賞になるような感じでしょうか。


おわりに

この記事では、一般的に『手拭合』から生まれたとされる『江戸生艶気樺焼』の主人公・艶二郎のその原型を探ってみました。

京伝と春町が、絵先行、キャラ先行で物語を考えていたかも、と思うと、その仕事場をのぞくようで楽しいですよね。


◎黄表紙の図像先行に興味がある人はこちらの記事もおすすめです。👇

◎『江戸生艶気樺焼』のあらすじや見どころが知りたい方はこちらの記事を。👇

◎『江戸生艶気樺焼』を当時のままのレイアウトで現代語訳で読みたい方は『黄表紙のぞき』をどうぞ👇

それではまた次の記事でお会いしましょう~!
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参考文献/
ミネルヴァ日本評伝選「滑稽洒落第一の作者 山東京伝」(佐藤至子著/ミネルヴァ書房)
『黄表紙画像の独立、先行性について』岩崎はる子

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