驚くべき春町の最期、定信の号泣の理由は?|べらぼう36話
大河ドラマ「べらぼう」36話、「鸚鵡のけりは鴨」の感想・考察です。
史実としては知っていた春町の死。それでも、あのシーンは涙なしには見られませんでした――。
恋川春町という戯作者は、実際にはあんなに堅物ではなかったと思うのですが、それでもこの「べらぼう」という作品の中では際立った個性あるキャラクターとして存在感があり、演じた岡山天音さんの魅力もあいまって、多くの人に愛されてきたと思います。
その春町の死が、おどろくべき史実と創作のはざまで描かれた36話。
今回はドラマの中で描かれた春町の死と定信が号泣した理由、そして喜三二の送別会で懐かしい吉原の人々に再会できた嬉しさも書いていきたいと思います。
✅絶版となった「鸚鵡返文武二道」のあらすじ解説や、史実の寛政の改革と春町の死については、すでに下記の2記事で解説しています。あわせてご覧ください。
■「鸚鵡返文武二道」のあらすじ解説👇
■史実の寛政の改革と春町の死について👇
✅前回の35話の感想・考察記事は下記へ。歌麿が壮絶な過去を乗り越えてやっと幸せをつかみ枕絵を描くことができた感動回、そして今回につづく春町の不穏さなど、振り返りにどうぞ。
最期まで武士であり戯作者だった春町。定信の号泣の理由とは?
胸に残る、春町の藩主・松平信義の懐の広さ
恋川春町が仕えるのは、一万石の小藩である駿河小島藩。藩主は松平信義(のぶのり)です。
林家正蔵師匠が演じたこの信義も、慈愛に満ちてしみじみと良かった。まったくもって上司の鑑、理想の読者。春町の戯作者としての才能を高く買い、本の内容もしっかり読み込んで理解を示してくれていましたね。
自分自身が恋川春町ではないかという噂が立ってしまい、江戸城で申し開きをしなくてはならなくなっても、「倉橋(春町の本名)は此度のことを悔やむがあまり病となり隠居いたしました」と、家中にて処罰したことにしてかばってくれました。
さらに、春町が蔦重と相談して、嘘で死んだことにし、その後は絵や戯作を書いて別人として生きていけばいいのではと考えたときも、信義はこう言いました。
「当家はたかが一万石。なんの目立つところも際立ったところもない家じゃ。表立っては言えぬが、恋川春町は当家の唯一の自慢。密かな私の誇りであった」
黄表紙好きとしては、思わずじーんと涙がでそうになりました。
さらにさらに、定信が「病は偽りだろうから、春町の屋敷にまで出向く」と言い出しても、信義は「あとのことは私が何とかするから、今すぐ逃げよ」と春町に伝えてくれるのです。
こんなに良い上司、います? もう涙がでちゃう。
けれど、あまりにも良い上司だったからこそ、春町は殿に迷惑をかけ、もしかしたら藩までお取り潰しになるかもしれない賭けには出られなかった。蔦重たち仲間にも累が及ぶのを恐れた。
なんという皮肉でしょうか。優しい上司と愛すべき仲間たちに恵まれたがゆえに追い詰められた春町は、わざわざ豆腐を買いに行き、腹を切った後にその豆腐の角に頭をぶつけて(もはやうずめて)亡くなってしまったのでした。
切腹は侍として、豆腐の角で頭をぶつけるというオチは戯作者として…。
春町の辞世の歌を腹を壊した歌にする唐来参和
恋川春町の辞世の歌。
我もまた身はなきものとおもひしが今はの際はさびしかり鳬(けり)
意味:「生きていても価値のない存在だと思っていたが、いざ最期の時を迎えてみると、やはりこの世への未練があって寂しいものだ」
鳬とは鴨のことで、「鸚鵡(おうむ)のけりは鴨でつけようというひねりですかね」、と絵師の北尾重政が呟いていました。
これを唐来参和が
我もまた実は出ぬものとおもひしが今はお側が恋しかり鳬
と腹をこわした歌に変えてしまいます。
とんでもないと北尾政演(山東京伝)に叱られる参和ですが、あれだけ「屁」の宴会を見てきた視聴者にとっては、もう笑い泣きするしかないでしょう。
しかも「今はお側が恋しかりけり」とは、参和ももっと春町のそばにいたかったと恋しがってるんですよね。
べらぼうの恋川春町は、最後まで侍であり戯作者だった。素晴らしいキャラクターでした。この春町先生に出会えてよかった。
今回のサブタイトル、「鸚鵡のけりは鴨」にはドラマの春町先生の美学が詰まっていましたね。
定信が号泣した理由は?本人も思いもよらない結末
春町が切腹したことを、定信に告げる信義もまた素晴らしかった。今回は信義の主君としての素晴らしさが、より春町の死の印象を深めた回でもありました。
一万石の小藩の殿が、幕府の老中である松平定信に意見する、というのはどう考えても覚悟のいることでしょう。けれど、信義は蔦重からの伝言として、はっきりとこう伝えました。
戯ければ腹を切られねばならぬ世とはいったい誰を幸せにするのか、学のない本屋風情には分かりかねる――と、そう申しておりました。
これを聞いた定信は、一人布団部屋に入り、布団に顔をおしつけて大声を上げて泣きました。
まだ少年だったころから、春町の『金々先生栄花夢』を読み、キラキラした目で戯作を愛してきた定信。その尊敬してきた推しの作家先生を、自分が追い詰めて命を奪ってしまった。
これはこれで辛い。戯作者びいきの視点からすれば、定信よ、なんてことをしてくれたんだ、このトンチキ老中め、と思いますが、定信もまた人間。田沼派を一掃して自ら政治を執り行ってみたものの、蝦夷の上知もうまくいかず、一橋治済にはこけにされ、賄賂をとりしまれば家臣の心は離れていくばかり。
ストレスがたまりすぎたところに、自分をあざ笑うような黄表紙の作品が届く。思わず、馬鹿にされたとカッと頭に血がのぼる…。
これはこれで何とも辛すぎる状況ではあります。
しかし、定信は春町の死を聞いて、真っ青になって号泣したところを見ると、まさかそこまでの事態になるとは思ってもいなかったようですよね。
嫌味の一つでも言ってやろう、そして次からは自分を持ち上げる作品を書くように命じてやろう、そのくらいのつもりだったかもしれません。
実は史実にも、もしかしたら黄表紙好きの定信は、単に春町と話がしたくて呼び出したのでは、という説があるようです。
「大名かたぎ」や「心の双紙」も書いている定信は春町と話がしたかっただけなのに、誤解された、というのが森銑三の説。
— 小二田 誠二 (@KONITASeiji) September 21, 2025
『古書新説』「楽翁公の戯作」。https://t.co/IK1TZikwVi
※静岡大学教授の小二田誠二先生のXのポストより。
「大名かたぎ」も「心の双紙」も共に定信による戯作で、定信は自ら創作するほど、黄表紙を楽しんでいたとされます。
そうだとしたら、なんという行き違いでしょうか。
いや、もしかすると、自分の創作を読んでもらって人気作家からの感想を聞きたかったまである……??(妄想すぎ?)
定信の呼び出しに春町が応じ、互いに打ち解けて話していたら、また違う結末だったかもしれない、とどうしても考えずにはいられませんね。
喜三二の送別会は懐かしさMAX!|『娼妃地理記』『明月余情』『見徳一炊夢』…
さて、今回は春町の死去という悲しいシーンがありましたけれど、とても楽しいシーンもありました。
それは喜三二の送別会。
戯作の筆を折って国元へ帰ることになった喜三二を、蔦重や戯作者、さらにもはや懐かしく思えてしまう吉原の人々が集まって宴会をするところです。
みんな自分のこれだという本を取り出して喜三二にサインをせがむのですが、その一冊一冊に見ているこちらもすでに思い入れがあって、これまたうるっときてしまいました。
ざっとその時々のエピソードを思い出しながら見てみましょう。
■絵師の北尾重政が取り出した「文武二道万石通」

文武奨励の寛政の改革を揶揄して絶版となった問題作。これが黄表紙として喜三二の最後の作品になりました。
■二代目大文字屋が取り出した「明月余情」

吉原の俄のお祭りを、絵師・勝川春章(北斎の師匠)が活き活きと描いた、いわばイベントのパンフレット。喜三二が書いた「人と我とを隔ぬをもて。俄の文字調ひ侍り」という序文は美しくて感動しましたよね。
■扇屋が取り出した「娼妃地理記(しょうひちりき)」

吉原を日本国に見立て、遊女屋を郡に、遊女たちを名所に見立てた洒落本。あるいは遊女評判記とも。喜三二が、道蛇楼麻阿の名前で書いたものです。
■元松葉屋の遊女・松の井が取り出した「見徳一炊夢」

松の井はかつての喜三二の敵娼(あいかた)。「見徳一炊夢」は、ドラマ18話で、喜三二がうなされ、自分の下半身が大蛇となり妓楼を揺るがせる夢を見て思いついた(あくまでドラマの設定ですが)作品です。この18話も強烈でしたよね。また見たい笑
松の井は今は年季が明けて手習の師匠と一緒になって自らも手習の師匠をしているとか。顔つきが以前より柔らかくなっていましたね。よかったよかった。
■大田南畝が取り出した「菊寿草」

「菊寿草」は大田南畝が書いた黄表紙評判記。この中で、南畝は喜三二の「見徳一炊夢」を<極上上吉>と高評価をつけていました。蔦重も喜三二も大喜びしていましたよね。
■歌麿が取り出した「廓𦽳費字盡(さとのばかむらむだじづくし)」

「廓𦽳費字盡」は恋川春町の作品。恋川春町が山東京伝に嫉妬して筆を折るといった時に、喜三二と歌麿は春町の家にでかけ一生懸命慰め励ましました。そのおかげで春町が意欲を取り戻し書いた作品がこれでしたね。このときの喜三二と歌麿の愛情こもった説得も印象深いです。
■山東京伝が取り出した「北里喜之介」

北里喜之介とは、京伝が書いた大ヒット作「江戸生艶気樺焼」(劇中劇にもなりましたよね)の主人公・艶二郎の悪友の名前。北里とは吉原を指し、遊び人のモデルとして喜三二を想定しているということでしょう。飄々とした喜三二のイメージにぴったりの名前ですね。
ここまで来ると、思わず喜三二は叫んでしまいました。
「やります、まあさん、まだ書けます!」
実は、こうして喜三二を盛り上げて、あわよくば引き続き戯作を書いてもらえたら…という蔦重が仕組んだサイン会だったということですが…。
それもこれもみんな見越して、笑ってそれに乗っかってやりながら、きちんと落とし前はつけてやはり戯作の筆を折るという喜三二。
私は今回の戯作者の中では、喜三二役の尾美としのりさんが一番、本人らしいなあと思って見ていました。
どうだろうまあ、の鷹揚さ、そのままの魅力が詰まった、尾美さんの喜三二。最高です。
ドラマでもこれっきりと言わず、また出てほしいな~と願っています。
※画像はすべて国立国会図書館デジタルコレクションより
おわりに(次回からは黄表紙界は京伝の肩にかかる…?)
以上、今回は泣き笑いの恋川春町の最期。小島藩藩主・松平信義の懐の深さ、さらにもしかしたら別の呼び出しの可能性があった松平定信の号泣について。
そして、懐かしい吉原の人々も登場しての喜三二送別会について感想・考察しました。
べらぼうも後半戦。不思議なもので、すでに前半あたりの回に出てきたエピソードは懐かしく愛おしく思えてきますね。
今回は、春町と喜三二という天明期の黄表紙を盛り上げた戯作者たちが相次いで退場してしまいました。
次回からは、黄表紙界は山東京伝(北尾政演)の肩にかかってくる…のですが??
予告編では京伝は「もういやだ~」と言ってましたね笑
さてどうなることやら。
一つの山場を乗り越えたべらぼう、次の新展開を楽しみにしていきましょう。
あなたは春町の最期、どう受け止めましたか?
今まで登場した黄表紙や本で思い入れのあるものはありましたか?
よかったらコメントで教えてくださいね。
それではまた次の記事でお会いしましょう!
📚 関連記事
べらぼう感想マガジン — フォローしてもらえると毎話のディープな感想や江戸文化の裏話をお届け
📙『鸚鵡返文武二道』が現代語訳で全文読める!
黄表紙のぞきシリーズ:べらぼうにも登場した『金々先生栄華夢』や『江戸生艶気樺焼』、『御存商売物』、『鸚鵡返文武二道』など、江戸の黄表紙を当時のレイアウトのまま現代語訳で楽しめるシリーズ。大河べらぼうのお供に最適です。通販サイトアリスブックスからどうぞ♪
「黄表紙のぞき」シリーズの詳しい記事はこちらから👇
いいなと思ったら応援しよう!
江戸の面白ネタを掘り起こして発信中。サポートしてもらえると、さらに楽しい記事をお届けできます!