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希望の猛毒|【狸の短編小説】

フェロス。
この荒涼としたドーム都市こそが、
人類が生き永らえる最後の聖域だった。

外の世界は「赤枯病」によって緑が根絶やしにされ、
砂塵が舞う荒廃した大地が広がる。

私は透明な壁越しに、
錆びた無限の地平線を睨みつけている。

あの向こうに、私から全てを奪い去った
管理局トンサンモ」の秘密が隠されている。


家族は管理局によって連行された。
管理外の土壌」で
悪魔の種デモン・シード」を栽培していたから。

この枯れた大地で唯一、緑を灯す「悪魔の種」。
人類の未来であり、希望であり、絶望である。

管理局はこれを「管理土壌プロテウス」でのみ
栽培されるものとして、
違反者には「危険な反逆行為」だと断罪する。

それが、私には理解できなかった。

その募る憎悪が、
私を反政府組織『自由の花ルエイバ』へと駆り立てる。


「貯蔵庫は人類最後の希望の砦だ。
 スーザン、破壊しても何も解決しない。
 対話を模索すべきではないのか?」


参謀、ハリスが私を諫める。
彼の慎重さは、煮え切らない弱腰。

「対話だと?管理局は話し合いなどしない。
 彼らは全てを掌握している。
 食料も、思想も、我々の未来さえも。
 奴らを打ち砕くしかないのだ!」


声には、燃え盛るような憤りが宿っていた。
家族の無念を晴らすためには、
管理局の中枢である
種子貯蔵庫シードバンク』を破壊するしかない。

それが、私にとって唯一の正義だった。



種子貯蔵庫は、都市から遠く離れた
大地にそびえ立つ鋼鉄の巨塔。

人類の命運を握るその貯蔵庫は、
神殿のように荘厳な威容を誇り、
同時に冷たく威圧を放つ。

わざわざこんな場所まで
来ようとする奴はいないのだろう。

侵入者など想定していないと
言わんばかりのセキュリティ。

私は貯蔵庫の最奥部へと足を踏み入れる。
足元から響く重低音が、高鳴る鼓動と同期する。

この先に、私の復讐の対象、
そして家族の死の真実が横たわっているのだ。

辿り着いたのは、中央の巨大な円筒形ホール。
天井からは薄暗い光が降り注ぎ、
ホールの中心には、
脈打つ巨大な球体が鎮座していた。

それが「原種マザー・シード」。
全ての「悪魔の種」の源とされ、
未知の生命力を秘めた存在。


「まさか、こんなところまで来るとは」


背後から声がした。振り返ると、
現管理局長官、アレックスが立っている。

彼は白い管理服をまとい、
その顔は疲弊しきっていたが、
瞳の奥には諦観にも似た静謐な光が宿っていた。

「長官。私の家族を犠牲にした管理局の、
 全てを終わらせに来た」


声を絞り出し、
手に持った爆破装置の起爆ボタンに指をかける。

アレックスは動じることなく、静かに語り始めた。

「お前の父、ウォルターは卓越した研究者だった。
 彼こそが、『悪魔の種』の真の姿を発見したのだ」

彼は原種に目を向けた。

「『悪魔の種』は、確かに緑が失われた大地で
 育つ唯一の食料源だ。
 人類の生存そのもの、まさに命綱だった。

 しかし、同時にそれは、
 休眠状態の菌を内包している。
 特に『管理外の土壌』で育つと、
 休眠菌を再活性化させ、
 恐るべき神経毒を撒き散らすのだ。」

「君の父は、人類の良心を深く信じていた。
 厳格な管理体制に反発し、事実を公表し、
 誰もが自由に『悪魔の種』を育てられる
 世界を目指した。
 それが『静かなる悲劇』へと繋がってしまった」

「彼が『管理外の土壌』で栽培した
『悪魔の種』は瞬く間に毒を撒き散らし、
 多くの命を奪い去った。
 お前の家族も、そこで活動していた」

言葉が凍り付いた。
家族が、毒を撒き散らしていた?

脳裏に、あの日の管理局の白い服と、
家族が連行される光景が蘇る。

あれは、逮捕ではなかったのか?

「管理局は、その真実を秘匿した。
 人々が『希望』と信じたものが
 猛毒となることを知ればパニックが起きる。

 そうなった人類に待つのは自滅という未来だけ。
 我々は特殊な管理土壌を開発し、
 病菌の再活性化を抑制することで、
 辛うじて人類を生き永らえさせてきた。

 その代償として、真実を隠蔽し、
 個人の自由を制限せざるを得ないのだよ」

アレックスの声は、どこか諦めに満ちていた。

「人は、自らの希望によって
 自滅する愚かな存在だ。

 真実を与えれば、
 必ず『静かなる悲劇』を繰り返す。
 
 だから、私たちが全てを統制し、
 彼らの『未来を選択する苦悩と自由』を
 奪い去るほかないのだよ。
 それが、人類を救う唯一の道だ」

手から、爆破装置が滑り落ちる。

家族が信じた「自由」が、
世界を滅ぼしかねない「猛毒」を放っていた。

管理局が「悪」だと信じていた存在が、
実は「苦渋の決断」で人類を救っていた。

私の「正義」が、憎しみが、
音を立てて粉々に砕け散る。

私は、一体何のために戦ってきたのか?

絶望が全身を覆った。

原種の淡い光が、心に新たな問いを投げかける。

「このまま全てを破壊し、人類を滅ぼすのか?
 それとも、彼らの管理下で
 無知なまま生き続けるのか?」


違う。どちらも違う。

「あなたは間違っています」

アレックスの目を見る。

「人間は愚かかもしれない。
 しかし、いつまでも無知のまま、
 未来を形作る苦悩と自由を
 奪われて生きるべきではない。

 父は、信じすぎたのかもしれない。
 しかし、あなたは諦めすぎた。
 だから『静かなる悲劇』が起きた。
 そして、真相の秘匿によって、
 私のような悲劇が生まれたのだ」

爆破装置を拾い上げる。

「私は、これを破壊しない。
 そして、あなたの統制も受け入れない」

アレックスは訝しげに私を見る。

「真実を白日の下に晒す。
 全ての人類が『希望』であると同時に
『猛毒』であることを知るべきだ。

 そして、その危険性とどう向き合うか、
 自らの手で未来を切り拓く苦難と
 自由を取り戻すべきだ」


私は原種へと歩み寄る。

「管理局は、秩序を維持する管理者として、
 これからも必要だ。
 しかし、私たちはその監視者となる。

 永遠の反逆者として、
 民衆と共に新しい規範を打ち立てる。
 
 理想と現実、いずれか一方への傾倒ではなく、
 対話を通じて共に未来を編み出す道を」

アレックスは、私の言葉に感心する。
彼の諦めきった瞳に、
微かな動揺と、そして希望の色が混じり合う。

「そんな、絵空事が」

「絵空事ではない。これは、痛みを伴う選択だ。
 しかし、人類が次に進むための道でもある」


私の心は、憎しみから解放され、
清らかな覚悟に満たされていた。

家族の死の真実は、
絶望ではなく、新たな使命を与えてくれた。

重い扉を開け、錆びついた空気の中に足を踏み出す。

ハリスが駆け寄ってくる。

「スーザン!無事か?どうしたんだ?」

私は首を振った。

「君の言う通りだったよ」

瞳に静かな理解の色を浮かべる。

希望の猛毒。
人類は、その真実を直視し、
それでも歩み続けなければならない。

長く、困難な旅路となるだろう。
だが、その最初の一歩を踏み出す権利を、
我々は今、確かに取り戻した。



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