夏の・夏の大三角|【狸の掌編】
ここには、私の星がある。
あなたという名の、輝く星が。
あなたの声が、私の道しるべ。
あなたの隣が、私の世界の全て。
息をするように、あなたを探してしまう。
あなたがもう、どこにもいなくても。
空に、その面影を重ねてしまう。
触れたくても、届かない指。
何光年も先の光に、手を伸ばすように。
愚かで、どうしようもないことだと分かっていても。
***
「見て、やっぱりベガは綺麗だね」
静寂を破るように声がした。
「朔哉くんが一番好きだった星」
その声が、遠い記憶の扉を叩く。
私の目は、輝く星の一点に、釘付けになる。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「ねぇ」
かすかに震える声で、問いかける。
「ベガのすぐ隣にある、あの星の名前、知ってる?」
少しの間の後、答えが返る。
「ベガの隣?うーん知らないな。何か名前あるの?」
「ううん」
私は小さく首を振る。
「
特別な名前はないみたい。
ただの『こと座イプシロン星』だって
」
あなたがくれた言葉の欠片を、
今も胸で抱きしめている。
それだけが、私の進む道を照らす光だから。
あなたは私の、たった一つのポラリスだった。
隣にいる温もりを感じる。
なのに、一人で星を見ているような
深い孤独に苛まれる。
この静寂こそが、私の答え。
***
翌年、誕生日に小さな天体望遠鏡を贈った。
弾んだ声が闇に吸い込まれていく。
その響きに、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「見てみようよ、今すぐ!」
私たちはベランダに出る。
ひんやりとした夜風が、火照った頬に心地いい。
私の長い髪が、あなたの肩にふわりと触れた。
慣れない手つきで、接眼レンズに目が当てられる。
行き先は、とうに決まっている。
世界の中心、ベガ。
「わぁ、、、」
感嘆の声が、夜の静寂に溶ける。
しばらくの沈黙。 そして、囁くような声が響く。
「ねぇ、見て」
場所を譲られて、レンズを覗く。
暗闇に浮かぶ、二つの小さな光の点。
寄り添い、互いを照らし合うように。
静かに、確かに、そこにある。
「二つがぴったりくっついてるよ」
すぐそばで、楽しそうな息づかいがする。
その言葉が、私の心に深く刺さった。
「なんだか、私たちみたいだね」
「私たち」という言葉が、胸に落ちる。
甘く、そして鋭い、小さな棘のように。
私はレンズから目を離し、
星々のまたたきへと視線を戻す。
微笑んだまま、ゆっくりと答えた。
「うん、そうだね。私たちみたいだね」
輝く星の隣で、名前も持たない。
ただ寄り添って光る星。
望遠鏡を向けなければ、
誰にも二つだって気づいてもらえない。
私はただただ、輝く星を見続ける。
本当に、私たちみたいな星。

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