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私はそこにいなかった|【狸の短編小説】

 そこにあるカレンダーは、半年前から同じ顔をしている。埃をかぶった数字の上に、午後の光がゆっくりと滑っていく光景を何度見たことだろう。

そこにある時計の秒針だけが、この部屋で唯一の労働者。カチ、カチ、と虚空を区切る音は、何かを生産するわけでも消費するわけでもなく、ただ時間を細かく砕いていた。

社会の大きな歯車が回る音は、この分厚い壁の向こう側で微かに響いているだけ。私はこの循環から弾き出された、小さい動かない部品。

期待という名の潤滑油はとうに切れていて、摩擦に耐えかねて自ら転がり落ちた。だから、文句を言うつもりはない。ただ、静かにここにいる。


 郵便受けに何かが滑り落ちる音がして、重い腰を上げる。冷たい廊下の空気とともに、一通の封筒がそこに落ちていた。私という個人を特定する文字列と、見慣れた役所の印字が付いた奇妙な手紙。

中に入っていた一枚の紙は、私にいくつもの問いを投げかけてくる。現在の就労状況、求職活動の有無、心身の状態。思考の檻の窓を無数に用意して、私の人生をいくつかの項目に分類しようとしてくる。私はペンを握ったまま、動けなくなった。

どの窓も、私の現実を正しく掬い取ってはくれない。「はい」と「いいえ」の間に広がる、広大なグレーの領域。私の日々は、そのどちらでもないここに横たわっている。

複雑で、矛盾を抱えたまま停滞しているこの状態を、四角い枠の中に押し込めるにはどうすれば良いのだろう。社会というシステムの言語は、私を表現するのに、あまりに不自由な代物だった。


 私は、ゆっくりとペンを置く。申請書を書き上げることは、彼らが理解できる言葉に翻訳し、私という存在を単純化する作業に他ならない。それは、救済という型に自らを嵌めにいく行為のように思えて、先に進むことができなかった。

窓の外では、名前も知らない鳥がそこの電線にとまって、意味もなく首を傾げている。向かいのアパートの壁にできた染みは、何の生産性も示さずにただそこにある。世界は、価値や意味を問われることなく存在しているもので満ちていた。

息を吸って肺が膨らみ、わずかに胸が熱を持つ。息を吐いて肺が縮み、漂う塵を小さく揺らす。

生産も消費も介さない、ただの生命活動。社会の血流とは別に、私の内側を巡る脈動がここにある。私はそのかすかな温かさだけを感じながら、ただ、ここにいる。




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