銀色のエクスタシー|【狸の短編小説】
偶然。
きっと、ただそれだけのこと。
巨大な青い流れが、私の身体を運んでいく。
水面を砕いて、光の矢となる朝日。
頭上に降り注いでは、射抜いていく。
銀色の制服をまとった、無数の仲間たち。
皆、同じ顔、同じ目をしていく。
生きるための糧を求めて、向かうのは職場。
この大きな流れの中では、
個は泡粒ほどの意味も持たない。
ただ、流され、こされ、生きるだけの日々。
そんな日常で、瞳はいつも、
遠くの一点を追っていた。
あのひと。
突如、同胞の間に緊張が走る。
囁き合う声なき声。
水が震える。
遥か彼方。
光が形を成したかのような存在が、
ユラリとこちらを向いた。
流線形の、一点の無駄もない身体。
その絶対的強者の前で、
私たちは息をすることさえ忘れる。
同胞はあれを、甘美な脅威と呼び恐れる。
けれど私は、その引力圏の渦から、
どうしても目を逸らせなかった。
その日は、突然やってくる。
あのひとが、すぐそばまで近づいてきた。
陽光を背負い、遣わされた天使のように。
同胞は恐慌に陥り、
銀色の鱗を剥がれんばかりに散っていく。
水の密度が変わる。
死の匂いが満ちる。
私は、動けなかった。
逃げるべきだと本能が叫ぶのに、
足が、縫い付けられたように動かない。
恐怖ではない。
歓喜だった。
渦の中心にいるあのひとが、
その動きの中で、ふと、こちらを見た気がする。
無数の群れの中から、
ちっぽけな鱗一枚を見つけ出したと。
その刹那の永遠。
私とあのひとだけになった。
ああ、太陽に焼かれる鱗のように、
この視線に焦がされるのなら本望。
私という存在が、初めて輪郭を得た瞬間。
この胸の痛みの甘さこそが、
私が生きている証拠なのだ。
その瞬間から、私のすべては変わった。
食べられる。
いつか、あのひとの糧となる。
それが、この海で生きる私の定め。
その運命の捕食者から、逃れる術はない。
ならば。
ならば、喜んでこの身を捧げよう。
愛という名の被食。
それが私の見つけた、たったひとつの答え。
報われぬ幸福を胸に抱き、
私はその日を待ち続けた。
そして今日、ついにその時が訪れる。
あのひとは、狩りを始めた。
銀色の欲望が、同胞の群れを飲み込んでいく。
同胞の悲鳴が水泡となり、弾けて消える。
誰もが戸惑うその中で、
私だけが、逆へと泳ぎだした。
あのひとに向かって。
光の中心へ向かって。
これは潔い飛沫。
私のすべてを賭けた、献身のきらめき。
群れの中の個だった私を、
「私」にしてくれたあなたへ。
この捧げる命が、
あなたの力の一端になるのなら。
目の前に、完璧な闇が広がる。
私を迎え入れる、至福の終焉。
世界がゆっくりと白で包まれる。
砕け散る身体が放つ一瞬の閃光が、
あなたの網膜に焼き付けばいい。
私のすべては、
あなたの記憶の一欠片になるために。
これが、私の恋の結末。
私の、銀色の遺言。
ありがとう。
あなたの一部になれた。
これで、私も…。

忘れてました。⚠︎ R18です。【閲覧注意】
こちらはよりエクスタシーです 🔽
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