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コウモリがやってきた|【狸の短編小説】

 ベッドから天井を見上げる。隅の方に、黒い塊が張り付いている。見覚えがあるそれは、コウモリ。

いつからいるのか、覚えていない。窓が開いていたから、入ってきたのだろうか。とても追い出す気にはなれない。


 スマホが鳴った。枕元で震えている。画面を見なくても、母親からだと分かるから、指一本も動かさない。勝手に静かになるスマホ。部屋も、また静かになった。


 夜。コウモリが不意に羽ばたいた。 部屋の中を数回、グルグルと回る。そして、棚の端に置いてあったコップに翼が当たった。

ガシャン。

ガラスの砕ける音が、耳に突き刺さる。 コウモリは驚いたように天井の隅に戻り、また動かなくなった。

ゆっくりと身体を起こす。何日ぶりだろう。床に散らばったガラスの破片が、危ないと思った。

這うようにベッドから降りて、一番大きな破片を拾おうとする。 チクッと指先に痛みが走る。 見ると、細い線のような傷から、赤い血がプクリと滲み出ていた。

その血の匂いを嗅ぎつけたのかもしれない。 天井の黒塊が、音もなく剥がれ落ちる。 黒い影が目の前に舞い降り、乾いた翼が手の甲に触れた。抵抗する気力も、驚く声も出なかった。

コウモリは、滲み出た血に小さな口を寄せた。 ザラリとした舌の感触。 自分の体温がそこから吸い出されていくような、奇妙な感覚。自分の血を飲むその生き物を、ただ黙って見つめていた。


 やがて、コウモリは満足したように顔を上げ、ふわりと飛び立った。そして、何事もなかったかのように、また天井の隅に張り付く。

コウモリに共鳴するように、ようやく立ち上がった。 足元に気をつけながら窓へ歩き、取っ手に手をかける。ギギッと錆びた音を立てて窓を閉める。鍵をカチリとかけた。

もう、新しいものは入ってこない。

振り返ると、部屋のよどんだ空気の中に、天井のコウモリと二人きり。 暗闇の中、小さな黒い瞳がこちらを見ている気がする。

そこから動かず、コウモリから目を逸らさなかった。 追い出すでもなく、逃げるでもない。 ただ、そこにいるものと、静かに見つめ合っている。



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