ふたつの沈黙|【狸の短編小説】
雨が降っていた。空からまっすぐ落ちてくる線が、窓の外を灰色に変えていた。
犬は、大きな窓ガラスに鼻をピッタリくっつけていた。はぁと息をすると、ガラスが白く曇って、すぐに消える。
雨に濡れた土の匂いが、窓の隙間から、かすかに入ってくる。そのたびに、犬は「クゥン」と喉の奥で小さく鳴いた。
濡れた庭で思いっきり、走り回りたい気持ちが、太いしっぽを床にバン、バン打ち付けさせる。ガラスには、出られない悔しさの証として、鼻の跡をたくさん付けていた。
猫は、そんな犬から少し離れた出窓で、丸くなっていた。ただじっと、ガラスの上を流れていく、雨の雫を目で追っている。
その一粒が、別のものとくっついて、少し大きくなって、スーと下に落ちていく。その繰り返しを、飽きもせずに眺めていた。
雨の音は、まるで優しい歌のようだ。外の世界と自分との間に、一枚の壁があるようで、なんだか安心した。
昼過ぎ、雨がピタリとやんだ。雲の隙間から、オレンジ色の光が部屋の中に差し込んでくる。 犬は「待ってました!」とでも言うように、飼い主の足元へ駆け寄って、クルクルと回った。
外に行きたい、連れてって。その気持ちを体ぜんぶで伝えている。そして、キラキラした目で窓を見上げ、「ワン!」と一声、高く吠えた。ここから出して!元気な文句。
猫は、いつの間にか、床に伸びる光の帯の中へ移動していた。陽だまりの暖かさが、黒い体をポカポカと温める。
光の中でフワフワと漂う小さな埃を、時々片目でチラッと見る。丁寧に自分の前足を舐め、体をきれいにするのを欠かさない。
与えられたこの場所で、こうしているだけで十分幸せ。犬の大きな影が横切っても、毛づくろいを止めようとは思わなかった。
夕暮れ時、家の前の道を車が一台、通り過ぎていった。 犬は、ハッとしたように窓へ飛びついていく。外で起こるどんな小さなことも、犬にとっては大事件だ。
窓枠を前足でガリガリと引っ掻き、ガラスがガタガタ揺れるほど激しく吠えた。揺れる木の枝にも、電線に止まる鳥にも、自分ことに気づいてほしかった。
壁に映った犬の大きな影が、まるで暴れているように見える。
一方、猫は、窓ガラスにぼんやりと映った自分の姿を見ていた。夕焼け空を背景にした、もう一匹の静かな自分。吠え続ける犬の姿も、ガラスの中では音のない影絵のよう。
猫はただ、こちら側とあちら側を分ける透明なガラスと、そこに映る自分をじっと見つめていた。
夜になり、部屋がシンと静まり返る。
犬は、一日中さわいで疲れ果てたのか、自分のベッドで寝息を立てていた。 猫は、月の光が差し込む窓辺に座っていた。
遠くの町の明かりが、小さな星のように揺らいでいる。猫は、夜の景色を眺めているのか、それとも真っ暗なガラスに映る、何かを見つめているのか、それは誰にも分からない。
ガラス一枚を隔てた二つの世界は、その夜も、まじわることなく静かにそこにあった。

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