水平線に抗って|【狸の短編小説】
仕事は、モニターに並ぶ無数の波形を眺めることだった。
一つ一つの波形が、一つの生命活動を示している。
すべての線が、定められた法則に従って、緩やかに水平線へと収束していく。
この世界における、唯一の正しい営みを監視していた。
食事は、味のない栄養ペーストを決められた時間に摂取する。
部屋には何の装飾もなく、窓の外には灰色の空が広がっているだけ。
音も匂いも過剰な光も、すべては思考を乱す穢れとして排除されている。
変化を拒む停滞した空間の中で、自らの波形もまた、穏やかな下降曲線を描いていることに満足していた。
平穏な日常を送っていたとある日のこと、無数に並ぶ変化のない波形の中で一つだけ、ごく僅かに乱れを見せるものが現れた。
本来なら、エラーとして処理されるべきもので、報告義務が発生する。
だが、あまりに突然の出来事だったために、報告信号を送ることができなかった。
自責の念からか、それからは固唾をのんで波形の動きに注視するようになった。
残念ながら、乱れは一度だけの不規則なものではない。
毎日、同じ時刻になると、数分間だけ脈が速くなっている。
悩んだ末に、居室に接続された映像記録を再生した。
映し出されたのは一人の女。
彼女は、部屋の隅で静かに座っていた。
だが、例の時刻になると、彼女はゆっくりと顔を上げて、壁に映る光の染みに視線を注ぐ。
窓から差し込む、日に一度の弱い光だけをただ見つめるという、不審な行動を取っていた。
目を光らせていると、彼女はあろうことか、口角を上げて歯を見せびらかし始めた。
しきりに髪をなでつけて、わざとらしく首を傾け、無意味に視線を泳がしている。
求めるな。関わるな。波立たせるな。
世界の理が頭の中で反響する。
彼女の行為は、忘れ去られたはずの禁忌。
もうすでに、引き返せないところまで来てしまっているようだった。
彼女の監視を続けていると、自分の日常にまで変化が訪れる。
毎日、あの時刻になると、自分の仕事の手を止めて、彼女に釘付けになってしまう。
彼女の脈が速まるのと同期して、自分の胸にも、硬く冷えた血を無理やり押し出すような、ぎこちない鼓動が生まれてくる。
モニターに映る自らの波形が、僅かに乱れていく。
穢れは、着実に感染していた。
ある朝、彼女の波形は完全な水平線を描いていた。
何の乱れもなく、静まり返っている。
彼女は、ついに濯ぎを終えた。
世界は、彼女の到達を祝福するだろう。
自らの胸にそっと手を当てると、あの不規則な鼓動は、未だうるさく鳴り響いている。
世界が捨て去ろうとしている、最後の脈動。
席を立ち、ゆっくりと窓に近づいて、何十年も閉ざされていたロックを外す。
軋む音とともに窓が開くと、冷たく湿った空気が、澱んだ部屋の空気を変身させる。
深く息を吸い込んだ。
忘れかけていた痛みで、肺が満たされていく。
それは、あまりにも鮮烈な生命の味。

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