農法note: 慣行農法の光と影― 技術革新がもたらしたパンとその請求書 ―
中世の二圃式農業から始まり、囲い込みによる個人の台頭、その結果としての農業革命。さらに産業革命によって生まれた新たな農業への渇望が、人々を次の時代へと導きました。
人類はついに、科学と工業の力によって飢餓から脱したのです。その功労者こそ「慣行農法(Conventional Farming)」でした。
しかしながら、慣行農法の背後には深い影が伸び、大企業や政治家の顔がぶら下がっていました。
その光が強いほどに、影もまた濃くなる。
本稿では、慣行農法がもたらした「光」と「影」を見ていきます。
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慣行農法の光
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化学肥料の登場
農業の歴史は、4つの技術革新によって抜本的かつ飛躍的に変わりました。その4つとは、化学肥料、合成農薬、農機具、そしてハイブリッド品種です。
前回の記事では、都市を支えるだけの収量を得るために新しい肥料が求められたことを述べました。人々の叡智は、家畜や人の排泄物に代わる肥料を生み出すことに成功します。これが化学肥料の登場です。
最初の化学肥料は、地中に埋まるリン鉱石から取り出されたリンでした。その最初の特許は、イギリスの化学者ジョン・ベネット・ローズ(John Bennet Lawes)により1842年に取得されています(Hall, 1909)。ここから、近代的な慣行農法への歩みが始まりました。
20世紀に入ると、ハーバー・ボッシュ法によるアンモニアからの化学窒素肥料の合成が可能となります。その方式による最初の工場は、第一次世界大戦直前の1913年に稼働を開始しました。余談ですが戦争が始まってからは、爆薬製造のために利用されることとなります。こうしてリンと窒素は工場で大量に製造されるようになり、動物や人間の排泄物に比べてはるかに扱いやすく、大規模化する農業を支える基盤となりました。
しかし、大量生産と大量施肥の結果、地球本来のリンおよび窒素循環は大きく乱されます。現在では二酸化炭素の増加が主に問題視されていますが、リンと窒素の循環の破壊もまた深刻な環境問題を引き起こしています。さらには農業の工業化とも呼べる状況は、世界的な市場の争奪を引き起こします。そしてそれは慣行農法の輸出という形になって現れます。この部分は、慣行農法の影のチャプターでお話しします。

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合成農薬・除草剤の登場
次に、慣行農法を支えたもう一つの柱が合成農薬・除草剤です。
19世紀後半には、すでにいくつかの単純な農薬が使われていました。たとえばボルドー液(硫酸銅と石灰を混ぜた溶液;べと病対策)やパリス・グリーン(酢酸銅(II)ヒ素化合物;殺虫剤)などです。ボルドー液は現在でも有機農法で使用が認められています。
一方、1939年にスイスの化学者パウル・ヘルマン・ミュラーが合成した有機塩素系殺虫剤DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)は、新しい時代を切り開きました。DDTは第二次世界大戦中から使用され、戦後長きにわたりアメリカで最も広く使われた殺虫剤となります。
「安価で効果が高く、持続性があり、様々な状況で使用できる」
(EPA Report, 1975)
DDTはマラリアを媒介する蚊やハエ、農作物の害虫などに対して非常に有効であり、散布機やヘリコプター、時には人体への直接噴霧にまで用いられました。その効果は絶大で、社会衛生の改善や食糧増産に大きく貢献しました。
その負の側面が明らかになるのは後年のことですが、DDTやグリホサートなどの合成薬剤は、農作物を守り、収量を増加させ、人手とコストを大幅に削減するという点で慣行農法の要となりました。
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農機具とエネルギー革命
慣行農法を完成させたもう2つの要素が、農機具とハイブリッド品種です。
人類は長らく、自身の筋力のみで食料を得てきました。人間の筋肉が作業に変換できるエネルギーは、摂取した食料のわずか20~25%にすぎません(Smil, 2004)。これでは文明を支えられるほどの食糧を確保できません。
農機の進化には、ルクセンブルク出身の技師ジャン・ジョセフ・エティエンヌ・ルノワール(Jean Joseph Étienne Lenoir)の功績が大きく、彼は1860年に内燃機関の特許を取得しています。歴史上の偶然には驚かされますが、同時期の1859年にはエドウィン・ドレークがペンシルベニアで油田を掘り当て、石油の時代が幕を開けました。石油は内燃機関を動かし、人間や家畜では不可能な規模の労働を可能にしました。

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ハイブリッド品種の革命
20世紀の農業に最も大きな変革をもたらしたのは、ハイブリッド品種です。
異なる系統を交配して生まれるハイブリッド作物は、旺盛で病害に強く、かつ高収量を実現します。この技術は、1865年にグレゴール・メンデルが発表した「遺伝の法則」に源を持ちます。当初は注目されなかったものの、20世紀初頭に再発見され、1930年代以降に本格的な実用化が進みました。
ハイブリッド化により作物の遺伝的改良が急速に進み、たとえば穀類では収量が飛躍的に増加しました。1939年から2005年にかけて、アメリカにおける穀物の収量は6倍に増えたとされます(Lee, 2007)。そのうち75%は遺伝子改良(ハイブリッド化)の成果によるものです(Lee, 2006)。
特にノーマン・ボーローグは、高収量の小麦・米品種を開発し、インドやメキシコ、中国で飢餓を大幅に減少させた功績により、1970年にノーベル平和賞を受賞しました。

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緑の革命と世界標準の成立
化学肥料、合成農薬、大規模な農機具、そしてハイブリッド品種――
この4つが揃い、人類はかつてない規模の食糧増産を達成しました。慣行農法は食糧危機から人類を救い、都市の拡大を支える屋台骨となりました。
中世の二圃式農業から見れば、まさに驚異的な進化です。その発展に尽力した人々の中には、ノーベル賞受賞者も少なくありません。ハーバー・ボッシュ法を確立したフリッツ・ハーバー(1918年)とカール・ボッシュ(1931年)、DDTの発見者パウル・ヘルマン・ミュラー(1948年)、そして高収量品種を開発したノーマン・ボーローグ(1970年)です。
「私はそれを“緑の革命”と呼びます。
それは武力革命でも、政治的蜂起でもなく、技術革新による革命です。
作物の収量を増大させ、生産と流通に変革をもたらし、世界中に食糧を行き渡らせることを可能にしました。」
— William Gaud(USAID, 1968)
こうして、慣行農法は世界の標準となったのです。
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慣行農法の影
富栄養化で響く死の呼び鈴
慣行農法は世界中で命を救い、農業を進化させましたが、その光が強いほど影も深くなりました。
特に化学肥料と合成薬剤の副作用は大きいものです。
リンや窒素は自然界で長い時間をかけて循環します。リンは植物細胞の構成要素であり、動物の体内ではアデノシン三リン酸(ATP)としてエネルギー代謝に不可欠です。しかし、人類がリン鉱石を掘り出して肥料として大量使用するようになった結果、陸上のリンが過剰になりました。
淡水湖にとって、過剰なリンや窒素は「死の呼び鈴」となります。化学肥料や下水中のリンが湖に流入すると富栄養化が起こり、植物プランクトンが異常繁殖します。光合成が阻害され、酸素が枯渇し、水中生物が死滅します。アメリカのエリー湖、スイスのチューリッヒ湖、アフリカのビクトリア湖などがその典型です(DeFries, 2014)。

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歓喜と憤怒ー2つの顔を持つ合成農薬
合成農薬にも負の側面があります。DDTは水に溶けにくく分解されにくいため、環境中に残留しやすく、脂質に溶けて生物の体内で濃縮されます。その濃度は食物連鎖を経て高まり、鳥類の生殖障害などを引き起こしました。ある調査では、鳥の脂肪中のDDT濃度が土壌の8万倍に達した例もあります(DeFries, 2014)。
こうした影響が明らかになるにつれ、社会的批判が高まりました。1970年、リチャード・ニクソン米大統領は「DDTおよびその他の有害な殺虫剤の使用から脱却する行動を開始する」と声明を出しました(Bate, 2004)。その後、2001年のストックホルム条約で、DDTは「残留性有機汚染物質(POPs)」として禁止・制限対象となります。ただし、DDTは同時にマラリアなどの感染症から多くの命を救ってきたことも事実です。慣行農法の光と影は、常に表裏一体にあります。

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政治と農業産業複合体
さらに、慣行農法のいびつさは、政治的な目的や農業産業複合体の先兵として利用された側面もあるでしょう。
「緑の革命」の輸出は、工業化によって余剰となった農産物や農業機械の新たな市場を求める動きと、冷戦期におけるアメリカの自由主義陣営の拡大政策と軌を一にしていました(Cullather, 2010)。
その表向きの顔には「飢餓をなくす」という善意の仮面が貼られ、実際に何百万もの命を救ったことも事実です。ゆえに、心ある人であればその行為を咎めることはできません。
しかし一方で、私たちは無意識のうちに、その背後にある大企業の陰や、政治家の顔にどこか胡散臭さを感じているのではないでしょうか。たとえば、それは大航海時代においてキリスト教の布教が植民地支配に先行した構図にも似ています。
あるいは現代において、AIアルゴリズムが先兵として私たちの生活に入り込み、やがてユヴァル・ノア・ハラリの言う「無用階級(useless class)」を生み出し、新たな知的封建制を生み出すかも知れません。表向きの顔と背後にある思惑のギャップは、時代を超えて普遍的なものなのでしょう。
もし慣行農法が産業複合体や地政学的意図から脱皮し、純粋に善意のアプローチとして発展できるならば(そういうものが世の中にあるのなら)、より透明で、改善の余地に富む体系となるかも知れません。
それは長期的に見れば人類全体にとって、より大きな利益をもたらすのではないでしょうか。
皆さまはどう思われますでしょうか。
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農法noteは以下もご覧くださいませ。
慣行農法以前の農業のかたち
(https://note.com/dapper_stoat3295/n/nc9bad027e1d0)
ビオディナミ農法の真実;ルドルフ・シュタイナーの思想と、現代におけるその姿
(https://note.com/dapper_stoat3295/n/nf24653b6fad2)
有機農法とは
(https://note.com/dapper_stoat3295/n/na751eeb8b0a1)
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参考文献
Bate, R. (2004, March 1). The worst thing Nixon ever did. AEI. https://www.aei.org/articles/the-worst-thing-nixon-ever-did/
Cullather, N. (2010). The hungry world: America’s Cold War battle against poverty in Asia. Harvard University Press.
DeFries, R. (2014). The big ratchet: How humanity thrives in the face of natural crisis (Japanese ed.) [Kindle version]. Nikkei Business Publications. https://www.amazon.co.jp/食糧と人類-飢餓を克服した大増産の文明史-日経ビジネス人文庫-ルース-ドフリース-ebook/dp/B09153LYF7
Environmental Protection Agency. (1975). DDT regulatory history: A brief survey (to 1975). https://www.epa.gov/archive/epa/aboutepa/ddt-regulatory-history-brief-survey-1975.html
Hall, A. D. (1909). Fertilisers and manures. John Murray. https://ia601608.us.archive.org/11/items/fertilisersmanur00hall/fertilisersmanur00hall.pdf
Lee, E., et al. (2006). Physiological dissection of grain yield in maize by examining genetic improvement and heterosis. ResearchGate. https://www.researchgate.net/publication/234392331_Physiological_dissection_of_grain_yield_in_maize_by_examining_genetic_improvement_and_heterosis
Lee, E., et al. (2007). Physiological basis of successful breeding strategies for maize grain yield. Crop Science, 47(S3), S202–S215. https://doi.org/10.2135/cropsci2007.04.0010IPBS
Smil, V. (2004). World history and energy. In C. J. Cleveland (Ed.), Encyclopedia of energy (Vol. 6, pp. 549–561). Elsevier Inc.
United States Environmental Protection Agency. (1975). DDT: A review of scientific and economic aspects of the decision to ban its use as a pesticide (EPA-540/1-75-022). U.S. Government Printing Office.
