【自分で好きな記事を5本選んでみた260617】

noteの記事が増えてきた。
人気記事ランキングを見るのも面白い。
どの記事が読まれているのか。
どの記事が入口になっているのか。
どの記事が読者に届いているのか。
それはそれで大事だ。
でも、人気記事と、自分が好きな記事は少し違う。
読まれた記事には読まれた理由がある。
一方で、自分が好きな記事には、自分の核が出ている。
自分でも、
「これはよく書けたな」
「これは残しておきたいな」
「これは神原月見の深いところが出ているな」
と思う記事がある。
今回は、自分の好きな記事を5本選んで紹介してみる。
1. 覚醒日本創世記
▶︎ 覚醒日本創世記
https://note.com/darthschneider/n/nca8b3e3b7bc5
これは、自分の中でもかなり大きな記事だ。
レムリア。
縄文。
アカホヤ大噴火。
出雲。
熊野。
アショーカ王。
神武東征。
アマテラス。
スサノオ。
ツクヨミ。
三王制。
自分なりに納得のいく日本の古代史を、一本の創世記として編み上げた記事である。
もちろん、これは学術論文ではない。
だが、僕にとっては、点と点がつながった記事だった。
日本という国は、単純な単一血統の物語ではない。
外へ出た古代日本人。
内に残った縄文の血脈。
出雲の祭祀。
熊野の調停。
外延から帰還した王。
そして、祈り・力・調和の三王制。
この構造が見えた時、僕の中で日本神話と古代史が一気に立体化した。
この記事は、僕の古代史観の土台である。
2. 覚醒したと感じたあなたへ
これは、覚醒についてかなり冷静に書けた記事だと思う。
覚醒という言葉は危うい。
人によっては、強烈な体験をした瞬間に、自分は特別になったと思ってしまう。
世界の見え方が変わる。
第3の目が開いたように感じる。
多幸感に包まれる。
頭頂がゾワゾワする。
そういう体験は確かにある。
僕にもあった。
でも、大事なのはそこからだ。
覚醒と統合は違う。
覚醒はスイッチが入ること。
統合は、そのあと新しいOSを人生と身体にインストールしていく時間。
ここを混同すると危ない。
覚醒したからといって、肉体を雑に扱っていいわけではない。
睡眠もいる。
食事もいる。
お金の支払いも来る。
仕事も人間関係もある。
魂は、肉体という宿主を通してこの世界を味わっている。
だからこそ、3次元を雑に扱ってはいけない。
この記事は、スピリチュアルに寄りすぎず、現実へ戻るための手すりとして書いた。
自分でも好きな記事である。
3. 伊豆文明と冨士文明ってこうじゃね?
https://note.com/darthschneider/n/nbec4af213c4c
伊豆から富士、そして諏訪湖へ。
旅をしたあと、ずっと頭の奥に引っかかっていたものがあった。
伊豆って、ただの観光地じゃないよな。
富士って、ただの霊峰じゃないよな。
諏訪って、ただの湖じゃないよな。
そこから立ち上がってきたのが、伊豆文明と冨士文明という仮説だった。
神津島の黒曜石。
三嶋大社。
大山祇命。
事代主。
富士山。
愛鷹山。
諏訪。
海と山と火山と交易の記憶。
日本列島は、ただ大和から始まったわけではない。
海から入ってくる文明があった。
山に根づく文明があった。
火山と黒曜石と海上交通を軸にした、古い王権があったのではないか。
この記事は、自分の旅の感覚と古代史の仮説がつながった一本である。
机の上で考えた古代史ではない。
実際にその土地を歩き、見て、感じたあとに出てきた古代史。
そこが自分でも気に入っている。
4. 天岩戸隠れからの国譲りって、こうじゃね?
▶︎ 〖天岩戸隠れからの国譲りって、こうじゃね?260227〗
この記事もかなり好きだ。
日本神話は昔話ではない。
そう思っている。
天岩戸隠れ。
普通は、スサノオが乱暴を働き、アマテラスが怒って岩戸に隠れ、世界が闇になる話として語られる。
でも、僕にはそう見えない。
これは感情ドラマではない。
王権の消失ではないか。
太陽神が隠れるとは、最高祭祀王が失脚した、あるいは排除されたということではないか。
そして、うけいは占いではなく、王権統合の儀式。
国譲りは敗北ではなく、条約。
天孫系が中央統治を担い、出雲は霊的主権を保持する。
そう読むと、日本神話は突然、政治史になる。
神話は事実を隠すための物語ではない。
事実を神の言葉で保存した圧縮ファイルである。
この感覚は、今の僕の古代史読みの核にある。
この記事は、その扉を開いた一本だと思っている。
5. 熊野大社本宮参拝のち地震。不思議すぎる話聞きませんか?
▶︎ 〖熊野大社本宮参拝のち地震。不思議すぎる話聞きませんか?250504〗
https://note.com/darthschneider/n/ndecbb3f5ca6f
これは、体験記としてかなり好きな記事だ。
金曜日の夕方、仕事が終わってからT2と大阪を出た。
南紀田辺へ向かい、翌朝、熊野本宮大社へ参拝した。
大斎原にも立ち寄った。
そのあと、新宮の花の窟神社へ向かった。
イザナミの御神体とされる巨大な磐座。
あれは本当に圧倒された。
神社というより、大地そのものだった。
その後、吉野へ向かい、祈空畝を整えた。
熊野で祈り、花の窟で大地に触れ、吉野で土を整える。
そして大阪へ帰ったあと、地震警報が鳴った。
揺れた。
ニュースを見ると、朝に通っていたラインが揺れていた。
僕は地震を予知したとは言わない。
そんなことを言えば、話が安っぽくなる。
ただ、事実として、揺れる前の大地を通過していた。
南海トラフのことがふと頭をよぎった。
熊野本宮で「その方向で良い」という感覚を受けた。
花の窟で大地の根源に触れた。
吉野で祈空畝を整えた。
そして、帰宅後に揺れた。
この記事は、祈りと大地と現実が交差した記録である。
僕のnoteの中でも、かなり実録性が強い一本だと思う。
この5本に共通しているもの
こうして並べてみると、自分の好きな記事には共通点がある。
まず、古代史と神話の読み替え。
覚醒日本創世記。
伊豆文明と冨士文明。
天岩戸隠れからの国譲り。
この3本は、日本という国の根っこを、自分なりに読み直した記事だ。
正史をなぞるのではない。
神話をただの物語として消費するのでもない。
地名、神社、旅の記憶、身体感覚、歴史の断片をつなぎ、自分なりの日本像を立ち上げている。
次に、覚醒と統合。
覚醒したと感じたあなたへ。
これは、スピリチュアルを現実に戻す記事だ。
覚醒を誇るのではなく、覚醒後にどう生きるか。
肉体をどう扱うか。
日常へどう統合するか。
ここは、僕にとってかなり大事なテーマである。
そして、祈りと大地の実録。
熊野本宮参拝のち地震。
ここには、祈空の原型がある。
熊野と吉野。
参拝と畑。
磐座と土。
直感と現実。
祈りと大地。
僕がやろうとしていることは、スピリチュアルを語ることではない。
祈りを現実に落とし込むことだ。
人気記事ではなく、核の記事
人気ランキングとは別に、自分が好きな記事を選ぶと、見えてくるものがある。
それは、自分の核だ。
読まれたかどうかではない。
バズったかどうかでもない。
その記事に、自分の深いところが出ているかどうか。
この5本は、僕にとってそういう記事だ。
古代史を読み替える僕。
覚醒を現実に戻す僕。
祈りと大地を歩く僕。
熊野と吉野をつなぐ僕。
神話を政治史として読む僕。
全部、神原月見である。
初めて読む人へ
もし、僕のnoteをどこから読めばいいか迷うなら、人気記事ランキングから読むのもいい。
でも、僕自身の核に触れたいなら、この5本から読むのもいいと思う。
神原月見が何を見ているのか。
何に反応しているのか。
どんなふうに日本を見ているのか。
どんなふうに覚醒を捉えているのか。
祈空とは何なのか。
その入口として、この5本はかなり濃い。
最後に
好きな記事というのは、不思議なものだ。
数字では測れない。
ビュー数では測れない。
スキの数でも測れない。
自分の中で、
「これは残したい」
と思えるかどうか。
今回選んだ5本は、僕にとってそういう記事だった。
これからもたぶん、僕は書き続ける。
政治も書く。
市場も書く。
祈空も書く。
阪神も書く。
AIも書く。
リーディングも書く。
古代史も書く。
神話も書く。
体験記も書く。
でも、根っこは変わらない。
我即神也。
Livin’ from a prayer.
祈ることから、暮らしていこう。

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