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(8)【紙袋ひとつで生きている男に、心を揺さぶられた】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-失踪編-


■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしてます。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指してます。


【紙袋ひとつで生きている男に、心を揺さぶられた】


松下さんのいない現場を想像すると、
それだけで心細かった。

昨日みたいに怒鳴られても、
もう誰も助けてくれないかもしれない。

そう思うだけで、
胸がざわついた。

朝の冷たい空気の中、
焚き火にあたりながら
缶コーヒーを飲んでいると、

突然、声をかけられた。

「おみゃ〜さん、免許持っとるんやて?」

振り向くと、
見たことのない作業員が立っていた。

「あ、はい。免許ありますよ」

「そしたらの〜、俺とおみゃ〜さんと
あの人で今日一日一緒だで〜」

「運転してもらわなにゃ〜いかんで。」

運転___。

便利屋時代、
僕は2トントラックを運転していた。

環七、環八も毎日のように走っていた。
運転には自信がある。

ただ___。

名古屋の道は、まったく分からない。

「でも、道が全然わかりません。」

そう言うと、その男は笑った。

「安心しなしゃ〜せ。
俺が案内するけ〜の〜。」

どこの方言かは分からない。
でも、悪い人ではなさそうだった。

「運転手当で二千円くれるらしいで〜。」

二千円。

その言葉に、心が動いた。



駐車場には、
ボロボロのハイエース
オンボロのハイエースが停まっていた

本当に動くのか疑うくらい、
ボロボロの、
オンボロのハイエースだった。

「さぁ早よ行って、
早よ終わらせよ〜」

「終わったら
即帰ってええらしいからの〜。」

松下さんとは、別の現場になった。

少し不安だった。
でも、この人たちは優しそうだったし、
運転手当二千円は大きい。

いつかはこうなると、
覚悟していた気もする。

僕たち三人は、
ハイエースに乗り込んだ。



走り出してみると、
ハイエースは思ったより運転しやすかった。

見た目とは違って、
ちゃんと整備されているのかもしれない。

「そこのコンビニ寄ってちょ〜よ。」

「朝メシと昼メシ買うてくるわ。」

「えっ? 弁当もらってないんですか?」

僕は思わず聞いた。

「あんなもん、人間の食べ物やないで。」

「しかも、ほぼ毎日同じおかずやしな。」

「肉体労働で、あれじゃ身体もたんわ。」

たしかに、その通りかもしれない。

でも、弁当代は
日当から二千円引かれている。

そう思うと、
なんとも言えない気持ちになった。

すると彼は言った。

「昔からおる人夫はな、
弁当辞退できるんや。」

「最近入った人は出来んみたいやな。」

人によって、条件が違う。

やっぱりこの世界は、
とことん無茶苦茶だった。



現場へ向かう途中、
今日の仕事を教えてくれた。

「今日の現場はな。」

「この前の大雨で田んぼに流れ込んだ
土砂のかき出しや。」

「ほとんどポンプがやってくれる。」

「スコップは最後の仕上げくらいや。」

「楽な現場やで。」

「田んぼの持ち主が
OKしてくれたら帰れる。」

「もちろん日当は一日分出るで〜。」

さらに続けた。

「もし残業になったらな、
60分単位で千円や。」

「30分やと出らん。」

「会社には残業代は入るんやろうけど、
俺らには入らん。」

「まぁ大抵は職長が
60分単位にしてくれるわ。」

作業は、本当に楽だった。

昼前には、
ポンプがほとんどの土砂を吸い出していた。

「さぁ、スコップで仕上げるか!」

しばらくして、その男が言った。

「おみゃ〜さん、ほんと初めてなんやな。」

「スコップの使い方、おかしいで」

「今日は俺らの作業見て、
スコップの使い方勉強してちょ〜よ。」

僕は黙って頷いた。

昨日みたいに怒鳴られないだけで、
ずいぶん違った。



昼頃には作業が終わった。

「終わったな。」

「あんまり早いのも変やから、
昼メシ食ってから
田んぼの持ち主のとこ行くわ。」

配られた弁当は、
昨日とまったく同じだった。

コロッケ二つ。

僕はコンビニで買っていた、
サンドイッチを食べた。

その時だった。

「君、こういうとこ初めて?」

別の作業員が、
初めて話しかけてきた。

「俺、石田って言うんやけど。」

「今夜、一緒に飯食おうよ。」

「奢るから。」

「えっ、いいですよ。」

僕は軽く答えた。



事務所に戻る。

今日の日当は、四千円。

それに運転手当が二千円。

昼で終わって、六千円。

ありがたい。

これで所持金は、
ようやく一万円を超えた。

すると事務所の人が言った。

「前借りする?」

「おみゃ〜さんなら
一万円まで出来るで。」

「毎週金曜日は、
前借りデーになっとるんよ。」

「前借りするなら、来週の日当から
二千円ずつ返してな。」

僕は前借りした。

一万円。

所持金は、
ようやく二万円を超えた。

少しだけ、息がつける気がした。

石田さんも、
前借りしているようだった。

「5時にここで待ち合わせでええか?」



時間を潰すため、
会社の風呂を見に行った。

でも、そこにあったのは___

シャワールームが二つだけ。

しかも、3分100円のコインシャワー。

なんでも金だった。

弱い者から、
搾って、搾って、搾り取る。

それでも___

ここにいる限り、
そのルールに従うしかない。

僕は昨日の銭湯へ向かった。



夕方、待ち合わせ場所へ行くと、
松下さんがいた。

「今日も自分とこ泊まってもええか?」

事情を話し、
僕はアパートの鍵を渡した。

「僕が帰るまで、
待っておいてください。」



石田さんは、
本当にいい人だった。

連れて行ってくれたのは、焼肉屋。

「なんでもええで。」

「好きなの頼みや。」

「奢るから。」

初めて会った相手に、
焼肉を奢る。

そんなことがあるのかと思った。

でも___

みんな、寂しいのかもしれない。

何かから逃げて。
何かをなくして。

ひとりきりの寂しさを、
誰かと飯を食うことで
少しだけ紛らわせているのかもしれない。

僕は、そう思った。



石田さんが話し始めた。

「俺な、
パチンコ屋専門の
紙袋しよったんや。」

「紙袋?」

「あぁ、知らんのやな。」

「パチンコ屋を転々とする人間のことを
紙袋って言うんや。」

「だいたいな___。」

「紙袋二つで生活しとる。」

「服も荷物も、
全部そこに入っとるからな。」

「紙袋二つで生きとる人間や。」

紙袋___。

知らない世界だった。

でも、なんとなく分かった。

人夫出しの、
パチンコ屋版みたいなものなんだろう。

石田さんは続けた。

「でもな、
パチンコ業界も変わろうとしてる。」

「建築業界も、
人夫出しは厳しくなるかもしれんで。」

僕は、松下さんの言葉を思い出した。

道を踏み外しても、そこに新しい道ができる。

でもその"道"も、
いつか消えていくのかもしれない。



「なんで今回は土方なんですか?」

僕は聞いた。

「パチンコ屋もな、
チェーン店が増えてな___。」

「紙袋はお断り、って店が
増えたんや」

少し間を置いて、
石田さんは言った。

「名古屋駅で休憩しとった時に
紙袋も置き引きされてな___。」

「途方に暮れとる時に
手配師に声かけられたんや。」

___それは、少し嘘くさかった。

いや、たぶん嘘だろう。

スコップも上手だったし、
全部が本当の話じゃない気がした。

でも、それでもよかった。

前借りしてまで
僕に飯を奢ってくれているのかもしれない。

そこにあるのは、
感謝だけだった。

昨日は焼き鳥。
今日は焼肉。

こんな生活の中で、
僕はむしろツイているのかもしれない。

せめて、
話し相手くらいにはなろうと思った。



食べ終わってアパートに帰ると、
松下さんが部屋で待っていてくれた。

「お帰り。」

「前借りさせてくれたか?」

「はい。一万円借りました」

「新人にはシブいのぉ。」

「俺は二万円やで。」

「でも前借りだから、
返さないといけないし___。」

「そうや、そこや。」

松下さんは言った。

「あの手この手で人を縛りつけるんや。」

「鎖につながれとるんやで。」

「人間、どこに逃げても
何かにつながれるんやで。」

重い言葉だった。

でも、妙に納得した。



そして松下さんは、
空気を変えるように言った。

「まぁええわ。」

「明日、パチンコ行こうや。」

「増やせば、前借り返すのも楽やで。」

「大勝ちしたら
仕事休んでもええしな。」

僕は—___

パチンコに付き合うことにした。



コンビニで買ったビールを飲みながら、
二人でバカ話をした。

仕事の話より、
パチスロの話の方が多かった。

松下さんは、
相当パチスロが好きらしい。

その話になると、
本当に楽しそうだった。

僕も、久しぶりに笑っていた。

気がつけば___

この世界にも、
少しずつ慣れ始めていた。

それが良いことなのか、悪いことなのか、
まだ分からなかった。

そんなことを思いながら、
僕は眠りについた。


(第9話【地獄で勝ち続ける男】へ続く)




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■以下連載(ノンフィクション)
・僕のメチャクチャな人生を恥を晒して書いています。
「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」

【第一章・失踪編】
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1話から読む

【第二章・新聞配達編】
目次から読む
1話から読む


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