第1章|夕日―魅惑の赤、覚醒の赤― 【#創作大賞2026 #ホラー小説部門 】応募作品。全13章・完。
【あらすじ】
夕日 ―魅惑の赤、覚醒の赤―
これは愛を知った男が壊れていく物語。
感情を殺し、自分のルールに従い、
愛車だけを大切に生きていた男・武井。
同僚のめぐみとの出会いに安らぎを見いだす。
彼女と見た夕日の赤は、救いの色に見えた。
だが、その赤は、救いではなく覚醒へと変化していく。
裏社会の男・久保田に導かれる武井。
後戻りできない場所へ踏み込んでいく。
めぐみへの愛。吉田との友情。
金。裏切り。暴力。仕込まれた罠。
それぞれの思惑が錯綜する中、武井は愛と信じて鉄パイプを振るう。
選んだのか。それとも、選ばされていたのか。
彼が見たのは、二種類の夕日だった。
全13章・完。本文約28,000字。
ハードボイルド・サイコホラー。
#創作大賞2026 #ホラー小説部門 応募作品。
【注意】
・本作には、暴力・殺傷を示唆する場面が含まれます。
・苦手な方は閲覧をお控えください。
■️一気読みはこちら(約60分で読めます)。


1998年クリスマス。
白い息。
寒さのせいなのか。
煙草の煙なのか。
白さが混じり合う。
その白さの奥に、
吉田の腫れた顔が浮かぶ。
白。競艇。
1号艇と言っていたな。
カイロ代わりの
缶コーヒーも冷めてしまった。
足元には吸い殻が増えていく。
それよりも、
箱の中の煙草が
減っていく方が気になる。
闇の中にZippoの乾いた音が響く。
煙草の先だけが赤く光った。
左手には鉄パイプ。
指先の感覚がほとんどない。
遅い。
クリスマスだからか。
2ヶ月。
たった2ヶ月でこんなことになった。
冷めた缶コーヒーを開けて一口飲む。
口の中がカラカラだ。
ナマハゲと呼ばれる男の仲間。
名前も知らない。
毎日、この時間にここを通る。
吉田の情報。
それだけを頼りに待った。
足音を待つ。
ひたすら待つ。
聞こえてきた足音。
気持ちより先に、身体が前へ出る。
「臭ぇと思ったら、ゴミがあったか。」
男が笑う。
これから自分に起こることを、
想像すら、できていないだろう。
「吉田幸平を、覚えてるな?」
返事は待たない。
男の最後の記憶は「吉田幸平」でいい。
鉄パイプを右手に持ち替え、
振り下ろす。
「知らな」
声は途中で切れた。
1。
2。
数えながら振り下ろす。
5。
鈍い音がした。
10。
男はもう動かない。
11。
それでも、身体が止まらない。
15まで数えたとき
ようやく右手が止まった。
男だったものが、
足元に転がっている。
聞こえるのは自分の息。
荒い呼吸の音だけだ。
吐く息で、視界が真っ白になる。
深呼吸。
鼻から吸って口から出す。
繰り返す。
早くここから離れなければ。
車。
赤いカローラワゴン。
どこに停めたのか分からない。
右を見た。
いない。
左を見た。
いない。
もう一度、右を見る。
いた。
カローラワゴン。赤。
ドアを開けると
冷えたシートの匂いがした。
落ち着く。
カローラワゴンの匂いなら、
どんなものでも俺を落ち着かせる。
腰を落とした瞬間、
背中の熱を吸い取ってくれた。
右手から、鉄パイプが離れない。
握っているつもりはない。
なのに、指が開かない。
振り落とそうとする。
落ちない。
左手だけで運転するしかない。
カローラワゴンのエンジンに
火を入れる。
エンジン音が安定している。
30分走った。
信号は青だった。
多分、青だった。
全部、青に見えた。
信号の右端が赤く光っているのに、
青に見えた。
新聞配達のバイクもいない。
人影もない。
誰にも見られていない。
カローラワゴンのエンジン音。
その音に合わせるように、
俺の呼吸も戻っていく。
部屋に戻っても、灯りはつけない。
ドアを閉める。
静かだ。
右手は、まだ開かない。
鉄パイプが熱い。
さっきまで、
あんなに冷たかったのに。
左手で、指を一本ずつこじ開ける。
固い。
自分の指ではないみたいだ。
乾いた音を立てて、
鉄パイプが床に落ちた。
金属音が、部屋の中で大きく響く。
動けなかった。
しばらく鉄パイプを眺めていた。
初めて人を殺した。
ジャンパーもジーンズも、
血で汚れていた。
それなのに
気になったのは、
カローラワゴンのことだった。
血がついていないか。
傷がついていないか。
シート。
ドアノブ。
ステアリング。
触った場所が頭に浮かんだ。
重なる記憶。
モノクロだ。
子供の頃の記憶。
隣の家に犬がいた。
毎日、うるさく吠えていた。
鉄パイプを振り下ろした。
同じ鉄パイプだ。
数えるたびに
鳴き声は弱くなった。
終わってからしばらく、
鉄パイプを握っていた。
同じだな。何もかも。
カローラワゴンがあるか、ないかだ。
床に落ちた鉄パイプを、
足で蹴って壁際に寄せた。
カラカラと、乾いた音が響く。
音が止むと、
部屋はまた静かになった。
その静けさの中で、
めぐみの息づかいが
部屋の空気を揺らしていた。
カローラワゴンのエンジン音。
安定したエンジン音も
耳の奥で鳴り続けていた。
吉田の分は終わった。
あと2人だ。やってやる。
「終わったの?」
めぐみが言った。
俺は手を見ていた。
指先で擦ると、
固まった血がポロポロと落ちる。
「終わりじゃない。」
声は、自分でも驚くほど
落ち着いていた。
「始まったんだ。」


■️一気読みはこちら(約60分で読めます)。

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