見出し画像

第2章|夕日―魅惑の赤、覚醒の赤―【#創作大賞2026 #ホラー小説部門 】応募作品。全13章・完。


【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】小説『夕日』第2章『赤いカローラワゴン』―選んで、選ばれた― の章タイトル画像

約2ヶ月前。
1998年10月下旬

朝、7時。

毎日、同じ時間に家を出る。

アラームはかけない。

少し音を出すだけで
隣の奴が壁を叩く。

テレビは見ない。
元々持っていない。

顔は洗わない日もある。
歯も磨かない日がある。

靴は揃える。
髭は前の日の夜に剃る。

ネクタイは太い方と細い方を同じ長さにする。
同じ長さになるまで、
何度もネクタイを締め直す。

荷物は持たない。

スーツは1着。

通勤のルートは変えない。
そういうルールだ。

同じ電車、
同じ車両、
同じドアの前に立つ。

高校を出て3年間繰り返した。

自分の「場所」に誰かいると
睨んで移動させた。

誰とも話さない。
目も合わせない。

そのルールが、
壊されていった。
たった2ヶ月で。
想像もできない方向に。


工場では
部品に油が注ぎ込まれる。
火花が飛び散る。

銀色に輝く部品も、すぐに錆びる。

朝は音が重なる。
何も聞こえない。

夕方には、それぞれの音がはっきり聞こえる。

仕事は単純だ。何もかも、
ルールを決めて作業にする。

作業にすれば楽だ。

流れてくるものを、
決められた形にする。

溶接でつなげる。
それだけだ。
考えなくていい。

考えると疲れる。
それに、遅れる。

後ろから「遅い」と
舌打ちが聞こえたら睨み返す。

睨むと大人しくなる。
付き合わなくていい。
友人も、同僚も、面倒だ。

昼休みに
缶コーヒーを一本だけ飲む。

自分だけの時間。
邪魔させない。

仕事が終わると遠回りして
中古車屋の前を通って帰る。

毎日、同じ場所に、
同じ車が並んでいる。

色の褪せた車。
白もある。黒もある。銀もある。
その中に、赤があった。

赤いカローラワゴンがあった。
目立つ色。
最初は目立つだけだった。

気になりはじめた。

通り過ぎるとき、歩く速度が落ちていた。

赤い色が俺を引き込んだ。
鮮やかな赤。

晴れた日は、
当然のように赤い色が輝いた。

雨の日には、他の車が褪せる中
カローラワゴンは更に映えた。

他の車は走ればいいだけの車。
カローラワゴンも平凡な車。
そんなことは、分かっていた。

でも、このカローラワゴンだけは
違う顔をしていた。

ある日、その場所から消えていた。

別の車が置かれていた。
足が止まった。
その場所に、赤がなかった。

何度見ても、なかった。

代わりに白いセダンが、
置かれていた。

そこにいることが許せなかった。
そこはお前の場所じゃない。

しばらく見ていた。

店の中に入った。

「あの赤いカローラワゴンは?」

「ああ、あれ?売れないから他に回したよ。」

場所を聞いた。
その日のうちに行った。
金額を聞いた。

持っている金では足りなかった。
無理をした。それでも買った。

帰り道、
カローラワゴンの
エンジンに火を入れたまま
しばらく動けなかった。

エンジンの振動に、身体が溶ける。

ダッシュボードに触れる。
ステアリングに触れる。
シートに触れる。

触った場所が、
自分のものになっていく気がした。

それまで、
自分のものと呼べるものは何もなかった。

部屋は古く、借り物。
余計なものは置かない。
冷蔵庫は空。

コンビニで買った惣菜を、
皿を使わず食べる。

ゴミはその都度捨てる。
コーヒーは缶コーヒー。

カローラワゴンだけは違った。

タイヤを換えた。
ステアリングも換えた。
次はホイールだと思った。

よろこんでくれている。

俺が選んだ。
カローラワゴンも、
俺を選んでくれた。

毎週洗った。
水をかけて拭く。
ワックスをかける。

少しでも汚れが残ると、
やり直した。

シートに座ると、落ち着く。

ドアを閉めた瞬間、
外の音が消える。

俺とカローラワゴンだけの世界だ。

カローラワゴンだからと
舐めて煽ってくる奴もいた。

そういう連中を負かす。
舐められたら、黙らせる。

工場で舌打ちする連中と
何も変わらない。

俺は、いつも
カローラワゴンと同じ場所にいた。

安く見られて、舐められて、
それでも走る。

カローラワゴンも俺も、
同じ世界にいる。

ただ、
本当にいい車に乗っている、
本当に運転の上手い奴には
負けるだろう。

なんとなく、そう感じる。
だが、そんなものは負けではない。

その頃の俺には、
赤いカローラワゴンだけが
自分の世界だった。

誰も入れない。
誰にも触らせない。

そう思っていた。

吉田幸平、

いや。


めぐみに出会うまでは。




創作大賞2026_ホラー小説部門_夕日_第3章へ
次の章【クラブリッチと吉田】へ

創作大賞2026_ホラー小説部門_夕日_目次へ
【目次】へ

創作大賞2026_ホラー小説部門_夕日_第1章へ
最初から読みたい方は【第1章】へ

■←【前の章】へ


■ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
・創作大賞2026 ホラー小説部門 応募作品なので「スキ」で応援してもらえると巨大なエネルギーになります。


■はじめての方へ
・僕のメチャクチャな人生の紹介です。

創作大賞2026 ホラー小説部門【プロフィールへ】
【プロフィール】へ

■以下、連載(ノンフィクション)
・僕のメチャクチャな人生の恥を晒して書いています。
「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」

【第一章・失踪編】

【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】-失踪編-目次へ
【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】-失踪編-第1話へ


【第二章・新聞配達編】

【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】-新聞配達編-目次へ
【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】-新聞配達編-第1話へ

【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】「夕日」マガジンへ

#創作大賞2026
#ホラー小説部門

いいなと思ったら応援しよう!