[25]【お母さんに電話してください】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-新聞配達編-
■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしてます。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指してます。
【お母さんに電話してください】
午前1時。
コーヒーをいれる。
湯を注ぐ。
立ちのぼる湯気を見る。
カップを持つ。
一口飲む。
美味い。
苦味が、身体に沁みた。
カフェインが、
血の中をゆっくり巡っていく。
吉田は生きていた。
昨日、非通知で電話をかけた。
吉田は電話に出た。
それだけだった。
ほんの少しだけ、声が聞けた。
何か話したわけではない。
僕は何も言わずに切った。
それでも、
胸の奥につっかえていたものが、
少しだけ取れた気がした。
生きていた。
電話に出られる場所にいた。
あれから約1ヶ月経つ。
何かしらの方法で、
生きているのだ。
それだけで、
少しだけ救われた。
けれど、僕にはもうひとつ、
どうしても越えなければならないことが残っていた。
母への電話だった。
何と言えばいいのだろう。
元気?
そう聞きたいのは、
母の方だろう。
無事?
それも、僕が聞く言葉ではない。
ごめん。
その一言で済むなら、
とっくに電話していた。
地図を開く。
新しい契約。
切れた契約。
入り組んだ路地。
曲がる角。
チラシの種類。
目で追わなくても、
少しずつ身体が覚え始めている。
コーヒーも美味い。
仕事もできる。
配達にも慣れてきた。
販売店に向かう。
チラシを折り込む。
束を作る。
順番を確認する。
バイクに積む。
もう、手は止まらない。
配達も無事に終わった。
朝刊を配り終えたあとの身体は、
相変わらず重かった。
それでも、
前とは違っていた。
菓子パンを食べながら、
みんなの雑談を聞く。
少しだけ笑う。
自分でも驚いた。
こんな場所で、
人の話を聞いて、
なんとなく笑っている。
少しずつ、
ここで生きる形ができ始めていた。
すっかり「鹿島の人」になる日も
近いかもしれない。
そんなことすら、思っていた。
それなのに。
母に電話しなければ。
その言葉だけが、
頭の中から離れなかった。
アパートに帰る。
とりあえず寝よう。
起きてから考えればいい。
そう思って、横になった。
眠りは浅かった。
夢の中で、電話が鳴っていた。
僕は電話に出ようとしている。
でも、指が動かない。
画面を押そうとしても押せない。
鳴り続ける電話を見ながら、
ただ焦っている。
違う。
夢じゃない。
本当に鳴っている。
目を開けると、
携帯が震えていた。
知らない番号だった。
心臓が嫌な音を立てる。
寝ぼけた頭のまま、
恐る恐る電話に出た。
警察からだった。
「お母さんには、電話されましたか。」
一瞬、言葉が出なかった。
していない。
そう言えばよかった。
けれど、口は勝手に動いた。
「今から、します。」
言ってしまった。
昨日、
吉田に電話した時と同じだった。
自分で、
逃げ道をひとつ塞いでしまった。
電話を切る。
指先が震えていた。
とりあえず、コーヒーをいれる。
湯を注ぐ。
立ちのぼる湯気を見る。
カップを持つ。
口が乾いている。
なのに、
一口飲んだだけで、
もう飲めなかった。
味がしない。
さっきまで美味かったコーヒーが、
何の味もしない。
呼吸が浅い。
鼻から吸う。
口から吐く。
もう一度。
鼻から吸う。
口から吐く。
変わらない。
何も変わらない。
母に電話する。
ただ、それだけのことだった。
番号を押す。
呼び出し音が鳴る。
母が出る。
それだけだ。
それだけなのに、
身体が動かない。
悩んでも仕方ない。
こういうのは、勢いだ。
そう自分に言い聞かせた。
携帯を開く。
母の番号を見る。
親指を、
発信ボタンの上に置く。
一度、息を止めた。
そして僕は、
母の番号に発信した。
【次の話】第26話「電話の向こうに福岡があった」へ
4/30 掲載予定。 5/3掲載
※夕日(完全版)執筆のため掲載が遅れました。
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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】
→目次から読む
→第1話から読む
【第二章・新聞配達編】
→目次から読む
→第1話から読む
