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[17]【うまくいった朝ほど、怖かった】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-新聞配達編-


■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしています。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指しています。


【うまくいった朝ほど、怖かった】


午前1時。

コーヒーをいれる。

昨日と同じように、湯気が立つ。

カップを両手で持つ。

熱い。

それだけだった昨日より、
今日は少しだけ
苦さを感じた気がした。

気のせいかもしれない。

でも、
気のせいでもよかった。

地図を開く。

順路を目で追う。

契約の切れた家。
新しい家。
入り組んだ細い道。
表札の見えにくい家。

まだ不安はある。

また間違えたらどうしよう。
また転んだらどうしよう。

その不安は、
ちゃんと頭の中に残っていた。

でも、
昨日までとは少し違った。

怖いままでも、
手は動いた。

販売所に着く。

皆、いつも通りだった。

それがありがたかった。

誰も、必要以上に
気をつかわない。

昨日の失敗を、
いつまでも引きずる空気でもない。

僕だけがまだ、
引きずっていた。

新聞を積む。

チラシを挟む。

バイクにまたがる。

エンジンの振動が、
腹の奥まで響いた。

転倒した朝から、
まだ何日も経っていない気がした。

行くしかない。

走り出す。

暗い道。
まだ冷たい空気。
眠ったままの家々。

最初の一部を入れる。

次の家へ向かう。

止める。
降りる。
新聞を抜く。
確認する。
入れる。

また次の家へ。

今日は、
ひとつひとつの動作を
昨日より落ち着いてできていた。

速いわけじゃない。

余裕も全くない。

それでも、
身体が少しずつ
順番を覚え始めていた。

この角を曲がる。
次はあの家。
その次は、
表札が見えにくい家。

昨日まで
頭の中でバラバラだったものが、
少しずつ繋がっていく。

何度も地図を見る。
何度も表札を見る。
何度もポストを確認する。

慎重すぎるくらいでいい。

今の僕には、
それしかなかった。

新聞を落とさないように。
入れる家を間違えないように。
焦らないように。

自分に言い聞かせながら、
配っていく。

途中で、ふと気づいた。

今日はまだ、
転んでいない。

新聞も泥だらけにしていない。

それだけで、
少しだけ胸が軽くなった。

でも、
すぐに別の不安が出てくる。

本当に大丈夫か?

どこかで
間違えてないか?

自分が一番、
自分を信用できなかった。

うまくいっている時ほど、
逆に怖かった。

見落としてるんじゃないか。
あとでまた
電話が鳴るんじゃないか。

そんなことばかり考える。

それでも、
手は止めなかった。

止めたら、
また余計なことを
考えてしまう。

前に進んだというより、

立ち止まらずに済んだ。

そんな朝だった。

最後の一部を配り終える。

地図を見る。

もう一度見る。

──終わった。

そう思った。

でも、
すぐには信じられなかった。

本当に?
どこか飛ばしてないか?
新しい家、抜けてないか?

何度も頭の中で
順路をたどる。

それでも、
たぶん

たぶん大丈夫だった。

販売所に戻る。

社長がこっちを見る。

「どうだ?」

「たぶん……
今日は大丈夫だと思います。」

自分で言いながら、
まだ“たぶん”が取れなかった。

社長は
パソコンの画面を見ながら、
小さくうなずいて
「そうか」とだけ言った。

宮本さんも、
「慣れてきたな」
と軽かった。

その軽さがありがたかった。

大げさに褒められたら、
たぶん僕はまだ
うまく受け取れなかったと思う。

皆にとっては、
いつもの朝でしかない。

でも僕にとっては、
昨日までとは少し違う朝だった。

帰る。

コーヒーをいれる。

湯気を見ながら、
ようやく息を吐いた。

一口飲む。

はっきり
うまいとは思えない。

でも、
白湯じゃなかった。

昨日より少しだけ、
苦かった。

それだけで、
今日は十分だった。


【次の話】[18]【宮本さんのやさしさが、少しだけ入ってきた朝】へ

4/22更新




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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」

【第一章・失踪編】
目次から読む
1話から読む

【第二章・新聞配達編】
目次から読む
1話から読む


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