(15)【地獄と地獄の往復】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-失踪編-
■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしてます。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指しています。
【地獄と地獄の往復】
朝4時。
「あぁ、今日から働くんだ」そう思った。
僕は目を覚ます。
この日が地獄の始まりとも知らずに。
快適な目覚めだった。
シッカリ鍵のかかった部屋で
安心して眠れた。
あのボロボロの
あのオンボロの
寮という名のアパートとは
比較にならない。
共同の洗面所に水を取りに行く。
新しい
ピカピカのコーヒーメーカー。

失踪して10日あまり。
ここまで漕ぎ着けたのは
奇跡に近い。
幸運の連鎖。
人との出会いの連鎖。
自画自賛の会だ。
コーヒーの香りが人間らしい部屋に
満ちていく。
缶コーヒーとは違う。
インスタントコーヒーとも違う。
レギュラーコーヒーは
レギュラーコーヒーなのだ。
そんな事をぼんやり考えながら
今日からの仕事に頭を切り替える。
しかし、このコーヒーのうまさ。
たまらない。
落ち着く。
自分が自分である事を自覚する。
頭がカフェインで覚醒していく。
テレビがないので
「ムーンライトシャドウ」
が聞けないのが残念だ。
5時。
ドアがノックされた。
ん?集合時間まで
まだ1時間ある。
松下さんだった。
「コーヒー飲ませてもらえるか?」
「もちろんですよ。」
僕は昨日バッタ屋で買った
「シャア専用」と書かれた
赤いマグカップにコーヒーを注いだ。
「うまいなぁ。自分、いれ方絶妙やな。
喫茶店よりうまいわ。」
「いえいえ、うまいのは豆と
コーヒーメーカーのおかげですよ。」
考えにも会話にも余裕が出てきた。
「ところでのぅ。先に言うとくがな。
ここの連中は恥ずかしがり屋が
多いんや。」
「だから挨拶が返ってこなくても、
無視されても気にせんでええで。」
「それと、今日の現場が気になるのぅ。
多分俺たちは同じ現場に
してくれるだろうけど、
えらいかもな。」
「ん?どういう事ですか?」
「2人が同じ現場っちゅう事は
人数が必要な現場っちゅう事や。
とにかく人手が必要な現場や。
もしかしたら昨日の吉田って
胡散臭いヤツも一緒かもやで。」
05:55になった。会議室に向かう。
すでに何人かが集まっていた。
誰も喋っていない。
ただ、タバコの煙だけが漂っている。
視線も合わない。
挨拶もない。
ホワイトボードに
現場名と氏名が書かれていく。
「俺らC班やな。一緒の現場や。」
吉田も同じ現場だった。
総勢10名。車2台で向かう。
外に出ると、
ボロボロの
オンボロの
ハイエースが停まっていた。
現場仕事はハイエースが基本なのだろう
と思いきやよく見ると
キャラバンだった。

無言の車内。
重たい空気。
誰かの心臓の音さえ聞こえそうだ。
コンビニに着いた。
僕と松下さんは
朝ごはんのサンドイッチと
昼ごはんの弁当を買った。
「君ら、金持っとんなぁ。
朝メシも昼メシもコンビニかいな?」
吉田が笑いながら話しかけてくる。
でも、目は笑っていなかった。
「会社の弁当、まずいやろ?」
僕は短く答えた。
車内に戻ると、
また無音の空間だった。
07:30に現場に着いた。
会社から約1時間の距離。
まぁ、こんなもんだろう。
それぞれ車から道具を引っ張り出す。
「ヘルメットと命綱だけは
忘れるなよ。」
リーダーと思われる男がようやく
声を出した。
朝礼が始まった。
職長と思われる男が話し始めた。
「ハイ、今日からね、皆さんの後ろの
7階建ての建物の解体を行います。
元の住民様が残していった
不要品の撤去を
明日までに行う予定です。
全部ではなく、
家電リサイクル法に関わる、
エアコン、テレビ、洗濯機、冷蔵庫
のみを取り出します。」
「エアコンは専門の社員が取り外すので明日になります。
あとね、ゴミだけどね、
欲しいものが有ってもね、
一応ね一応ね、一応だよ。
勝手に持って帰ったらいかんよ〜。
僕らが見つけたら厳重注意になるちゃ〜。
会社としての信用問題ね。
だから、一応ね、一応だよ、
僕らに持って帰っていいか?とか
確認しないでね。」

僕は少し安心した。便利屋時代の夜逃げの片付けのようなものだろう。
でも、直ぐに現場に10人も呼んだ理由を知る事になる。
まず、電力は停止している。水道も止まっている。
つまり、エレベーターは動かない。手を洗いたくなっても洗えない。
現場用の水道はひいてあるが一階にしかない。しかもヤード(作業場)確保の為
遠くに設置されている。
一階はまぁ楽勝だった。テレビ、冷蔵庫、洗濯機もほとんどない。2階〜3階も同じようなものだ。
4階からが地獄の始まりだった。
引越を機に買い替えるつもりで
置いていったであろう大型で古い
そして重たい冷蔵庫。
ドラム式洗濯機。

大人5〜6人で抱えてもひと苦労だ。
楽な点は、もう取り壊す建物なので
傷つけてもぶつけてもいいという事。
更に、冷蔵庫の中身が入っているものからは悪臭が漂っていた。
便利屋と同じ片付け作業なのに
こんなに差があるなんて。
最初の人夫出しの建設現場なんて
比べ物にならないほどキツい。
1階のヤードまで運ぶ、
また階段を登る
また運ぶ
また階段を登る
また運ぶ
また階段を登る
また運ぶ
今、自分が何階にいるのかさえ
分からなくなってくる。
膝が笑う。
太ももが焼ける。
呼吸も浅くなってきた。

誰かと何かを話す余裕などない
もうこれ以上、階段を登れない
そう思ったとき
気づけば暗くなってきていた。
17:00「終礼〜」
職長が叫ぶ。
「ハイ!皆さんお疲れ様です。
今日はね、皆さん頑張っていただいて5階まて終わりました。エアコンの取り外しは全室完了です。ありがとうございました。
明日は6階と7階の
家電リサイクル法関連品と
取り外した全室のエアコンの荷下ろしです。
それから、とても言いにくいのですが
降ろしてきた冷蔵庫の
中身の取り出しもやるつもりです。」
僕は知っていた。電源の入っていない
冷蔵庫の中身の悪臭を。
この世のものとは思えない悪臭。
今日が肉体的疲労なら、明日は。。。
肉体的疲労➕精神的疲労で
間違いないだろう。
帰りの車も疲労感でたっぷりだ。
みんな、朝と同じで黙っている。
物色して、使える冷蔵庫とか有れば
いただこうと思っていたが、
そんな余裕もなかった。
あの吉田さえも、疲れきっている。
作業員兼ドライバーが
コンビニに寄ってくれた。
吉田はワンカップを2本買って
1本を一気飲みしている。

僕は極度の空腹でパンを買って車内で食べた。皆、何か食べている。
会社に戻ると、直ぐに日当をくれた。
寮代を引いて13,000円。
泣ける。
ここまで苦労して手に入れた金。
だけど、金を手にすると
不思議に元気が少しだけ出てきた。
吉田が酒臭い息で言ってきた
「えらい現場やったなぁ。
明日休もうかと思うわ。」
休んでも会社事務所の上階が寮だから
仮病で休んでも、遊びにも行けない。
僕はとにかく腹が減っていた。
でも作業服にこびりついたような
悪臭も気になる。
松下さんと話す。
「とりあえず、ササっと風呂
行ってメシにしませんか?」
「おう、俺もそう思っといた。」
部屋に行き、お風呂セットと
着替えを持って風呂にいく。
何もかもひとつの建物の中で
終わらせる事が出来るのは
便利だ。本当に便利だ。
近くに王将を見つけた。
僕は餃子定食に更に餃子2人前を
追加して黙々と食べた。
ご飯も昔話顔負けの大盛りにした。

松下さんともいっさい話さなかった。
2人とも無心で食べた。
それくらい疲労と空腹に
襲われていたのだ。
「今日は、もう寝ましょうか?」
「おう、そうやな。えらかったなぁ」
僕は部屋に戻ると買っておいた
ビールも飲まずに寝てしまった。
そして僕は、まだ知らなかった。
「本当の地獄」は、
「明日」だった。
(第16話【開けた瞬間、後悔した】に続く)
■創作大賞2026応募作品
(ホラー小説部門・サイコホラー)
・創作大賞2026応募作品なので、こちらも読んでいただけると巨大なエネルギーになります。
![夕日[第1章]へ](https://assets.st-note.com/img/1779817532-e53NvW9JVgxshFSctbrYM0dB.png?width=1200)
■ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
もし何か1つでも残ったら、
【スキ】で教えてください。
【フォロー】していただけると、
続きを書くエネルギーになります。
■はじめての方へ
・僕のメチャクチャな人生の紹介です。
→プロフィール
■以下連載(ノンフィクション)
・僕のメチャクチャな人生の恥を晒して書いています。
「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】
→目次から読む
→第1話から読む
【第二章・新聞配達編】
→目次から読む
→第1話から読む
