(5)【怒鳴り声の中で見えた光】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-失踪編-

■この写真は、
・人夫出しの現場で出会って10日ほど経った頃のものです。
・左が松下さん。
・右のサングラスが僕です。
■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしてます。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指してます。
【怒鳴り声の中で見えた光】
「お前!こんな所に石積むなや!
工事用道路の真上やないか!」
怒鳴り声が、現場に響いた。
工事用道路___。
かつて橋の設計をしていた頃、
僕は図面の上で何度もその線を引いていた。
でも___。
実際の現場では、
それがどこなのか、まるで分からない。
「すいません___。」
せっかく積んだ石を、崩す。
そして、運び直す。
「考えて動けや!
そこやとユンボの邪魔になるやろ!」
「おらん方がマシやで!
いくら新人でも使えんなぁ!」
言葉が、刺さる。
僕の心は、
もうこれ以上折れないくらい、折れていた。

29歳。
元設計士の僕は、
石を運びながら怒鳴られている。
その時だった。
「気にせんでええ。
アレくらい、まだマシな方や。」
松下さんだった。
「あと半日ちょいや。
専務も見とるし、明日は別の現場にしてくれるやろ___。」
そして、笑いながら言った。
「今日は初日の記念に
居酒屋、連れてったるわ。
もちろん奢るで〜。」
___救われた。
本当に、救われた瞬間だった。
地獄のような現場の中で、
初めて見えた、小さな光だった。
僕は歯を食いしばり、
石を運び続けた。
そして昼休み。
朝ごはんは、
昨日買ったパンだけ。
肉体労働は、腹が減る。
建設会社から渡された弁当のフタを開ける。
___少ない。
メインはコロッケが二つ。
少しの煮物。
ご飯も、明らかに足りない。

その瞬間、理解した。
朝、みんながパンや
おにぎりを買っていた理由。
朝食と昼食で、2,000円。
___この弁当、
スーパーなら500円もしない。
とことん、絞り取られる。
それでも食べる。
食べないと、動けない。
食べ終わると同時に、
一気に眠気がきた。
気づけば、
僕はテーブルに突っ伏していた。
「さぁ午後の開始や!
張り切っていくで〜!」
専務の声で、目が覚める。
午後。
僕は黙々と石を運ぶ。
無心だった。
何も考えない。
何を言われても、
「はい。」
それだけ。
僕は、
壊れかけていた。
午後3時。
「ヨシ!3時の休憩じゃあ!」
専務が声を上げた。
「皆頑張ってくれたおかげで、
予定より早く終わったんや。」
「帰っていいか職長に聞いてくるから、
休憩しときぃ。」
___帰れるかもしれない。
その一言で、
心が少しだけ軽くなる。
松下さんが笑った。
「ラッキーやな。
多分、帰れるわ。」
「そしたら自分のアパート行こ。
銭湯行ってから、居酒屋や。」
僕は聞いた。
「会社の風呂じゃあダメなんですか?
手配師が使えって___。」
松下さんは首を振る。
「ダメダメ。
先輩連中が優先やしな。」
「順番待っとったら、
ゆっくり入られへん。」
「400円でゆっくり入れるなら、
銭湯の方がええで。」
その日は、
本当に3時で終わった。
しかも日当は、1日分出るらしい。
「お前、片付けろ!」
2月上旬の冷たい空。
冷たい水で、スコップを洗う。
手の感覚が、すぐに消える。

その時だった。
「貸してみ。」
松下さんが、
何も言わずに拭き取りを手伝ってくれた。
銭湯。
そして居酒屋。
今日は、
暖かい風呂に入れる。
そのことだけを考えて、
僕は松下さんに感謝していた。
アパートに戻り、
一緒に銭湯へ向かう。
その時だった。
松下さんの背中に、
大きな和彫が見えた。
___般若、色は入ってない。

昔の僕なら、
きっと怖がっていたと思う。
でも、もう違った。
過去がどうであれ、関係ない。
この人は___。
地獄のようなこの場所で、
初めて僕に優しくしてくれた人だった。
(第6話)【背中に般若を背負った男と銭湯】につづく)
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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】
→目次から読む
→第1話から読む
【第二章・新聞配達編】
→目次から読む
→第1話から読む
