【短編】「夕日」人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた-外伝-
【注意】
本作には、暴力描写、殺傷場面、血の描写が含まれます。
苦手な方は、無理をせず閲覧をお控えください。
※この話はフィクションです。
本作は、「夕日」の原型となった短編です。人物関係・展開・結末は大きく異なります。「夕日」を読まれた方も、別の物語としてお楽しみください。
→「夕日」第1章へ
息。白い。
左手に鉄パイプ。
寒さで指の感覚が薄れている。
遅いな___。
毎週この時間に、ここを通る。
それは調べてある。
ようやく鼻歌が聞こえてきた。
何も知らずに機嫌のいい足音だ。
来た___。
気持ちより先に身体が飛び出す。
「なんだ、臭ぇと思ったら
ゴミがあったか!」
「吉田幸平ってヤツ、覚えてるな?」
返事は待たない。
右手に持ち替え、鉄パイプを振り下ろす。
「知らな。。。」
1、2、
無意識に数えながら殴る。
5の時、鈍い音がした。
10まで数えた、
相手はもう動いていなかった。
11、12、
15まで数えた。
そのとき、
男はもう人間ではなくなっていた。
車。赤。
どこに停めたのか、
一瞬わからなくなった。
知り尽くした道だ。
なのに、見知らぬ場所みたいに見える。
右。左。左。
ようやく見つけた。
赤いカローラワゴン。
初めて自分の力で買ったもの。
車なんて走れば何でもいいと思っていた。
工場通勤の時、
中古車屋の前で毎日見ていた。
ある日、急に消えていた。
「あの赤いカローラワゴン?
売れないから他に回したよ。」
無理を言って買い戻させた。
ステアリングを変えた
タイヤを変えた
次はホイールだ。
工場の稼ぎでは追いつかない___。
気づくのに時間はかからなかった。
車のために工場が終わって、夕方から
「クラブリッチ」で働き始めた。
最初の仕事は、
店の前に立つことだけだった。
「吉田いうねん。寒いやろ。これ持っとき。飲むんやないで。ポケットに入れとくんや」
熱すぎる缶コーヒー。
カイロ代わりにちょうどよかった。
ほんの3か月前のことだ。
いま、カローラワゴンは
シートまで冷え切っている。
熱くなった身体を心地よく冷やしてくれる。
右手から鉄パイプが離れない。
振り落とそうとしても無駄だった。
仕方なく、左手だけで運転した。
アパートまで三十分。
新聞配達のバイクが走り出すまで、
まだ一時間ある。
誰にも見られていない。
部屋に戻っても灯りはつけない。
右手から鉄パイプを外さなければならない。
冷たかったはずの鉄パイプが、やけに熱い。
指を一本ずつこじ開ける。
ようやく乾いた音を立てて床に落ちた。
ジャンパーもジーンズも血だらけだった。
カローラワゴンに血がついていないか、
それだけが気になった。
カローラワゴンは、
自分みたいなものだった。
自分の好みにチューンをした。
もうカローラの走りではない。
少々の煽りに負ける事はなかった。
朝が来て、毎朝七時に家を出る。
高校を出てから3年間繰り返してきた。
ほんのひと月前までは___。
「クラブリッチ」の仕事はきつかった。
金のためだ___。
工場の倍も給料をくれる。
だが、倍もキツいわけではない。
先輩の吉田は年上で、
店でも少し浮いていた。
そのせいか、よく話しかけてきた。
無駄な話も多かった。
「吉田幸平っていうねん。幸平って字
どちらも一本足でっしゃろ?
だから、どこ行ってもフラフラして
まともに務まらないんですわ。」
寒い夜、外に立つ俺に、
一時間ごとに
缶コーヒーを持ってきてくれたもんだ。
「マネージャーには内緒やで。」
口癖だった。
工場は休みがちになりクビになった。
渡された紙には
「解雇」とだけ書いてあった。
「失業保険、
直ぐ出るように手続きしてあるから。」
どうでもよかった。
十分に食っていける仕事を見つけた。
クラブリッチとあの男の仕事。
工場に「休む」と言う連絡をする
手間が省ける。
「武井はん、あのカローラワゴン、武井はんのやろ。今度暇なとき、平和島まで乗せてってくれませんやろか。」
「平和島?往復 1時間くらいですよ。」
「世話になった連れがおるんや。
競艇友達なんやけど、
なんも言わんと出てきてしもてな。」
「いつでもいいですよ。」
実現してやれなかった。
それは「クラブリッチ」で働き始めて
3日後の事だった。
閉店後、
掃除をしていると男が飛び込んできた。
「もう閉店です。」
「助けてくれ___。」
「トイレならあそこですよ。」
男はそのまま駆け込んだ。
他のスタッフは店の奥で、
客のキープした酒を盗み飲みしていた。
フロアにいるのは俺だけだ。
タバコを一本ゆっくりと吸った。
誰も来ない。
やがて男が出てきた。
「ありがとう。名前は?」
「吉田です。」
とっさに、そう言った。
胸ポケットに何かを押し込まれた。
一万円札と、名前と住所だけの名刺だった。
気になった。
赤いカローラワゴンで、
その住所へ向かう。
三十分。
小さいがきれいなビルだった。
ノックする。
鍵が閉まっていたら帰る。そう決めていた。
開いていた。
「来ると思っていたよ。」
「昨日の金を返しに来ただけだ。」
「ハハハ。。。」
昨日の怯えた顔はない。
むしろ豪快に笑っている。
「もらう理由がないからな。」
「君は僕を助けた。理由として十分だ。」
「トイレの場所を教えただけだ。」
「頑固だな、武井君は。
怖いお兄さんにモテるだろう?」
本名がばれていた。
「ここに置くぜ。」
「工場の仕事、面白いか?」
振り向かなかった。
「ウチで仕事しないか?」
「面白くて仕事してるわけじゃあねぇよ。」
「噛みつくのは目だけにしてくれないか。」
その一言が、妙に残った。
「人を殺したり、ヤバい仕事はしないぜ。」
「おいおい、飛躍するなよ。
だが君ならやりかねんがね。」
男は言った。
「君のアパートの裏の自販機に
小さなバッグが置いてある。
それを平和島に届けるだけだ。
終わればすぐに正当な対価を払う。」
「具体的には?」
「駅横のゲームセンターだ。
プリクラの中に置いてこい。」
それだけだった。
はめられたと思った。
本名もアパートも調べられている。
だが、少し面白そうだ。
アパートに戻ると、
自販機の上に小さなバッグがあった。
そのまま平和島へ向かった。
環七は空いていた。
バッグの中身は見なかった。
知ってもどうにもならない。
届ける事が仕事だ。作業と思えばいい。
仕事は簡単だった。
戻ると、ドアポストに三万円。
すぐ電話が鳴った。
「おめでとう。合格だよ」
「合格?」
「何も言わなくても
バッグを開けなかった。
まっすぐ現場へ行った。
目的地をすぐに見つけた。
これができる人間が中々いなくてね。
次回からは時間も指定する。」
一方的に切られた。
工場なら三日分の金だ。
一時間で稼いだ。
悪い気はしなかった。
次の仕事はもっと急だった。
平和島に、0時ちょうど。
一秒もずらすなと言われた。
夜は「クラブリッチ」がある。
抜けられない。
吉田に電話するしかない。
「風邪ひいたみたいで、
今夜休ませてもらえませんか?」
「大丈夫かいな。
マネージャーにはうまいこと言うとくわ。」
助かった。
仕事を終えて戻ると、
今度は二十五万円が投げ込まれていた。
正当な対価___。
俺からは判断できない。
その朝、5時にドアを叩かれて目が覚めた。
開けると、めぐみが立っていた。
「クラブリッチ」の女の子だった。
「吉田さんから風邪って聞いたから。
ご飯とか食べてるかなって心配で___。」
両手に袋をぶら下げている。
部屋に入れた。
手料理、
最後に食べたのがいつか思い出せない。
いや、手料理など知らない。
サンドイッチだった。
コンビニのより、ずっと旨かった。
「おいしい?」
「まぁまぁだな。」
そのまま、ベッドに押し倒す。
眠った。深く眠った。
電話の音で起こされた。
「期待以上だよ。
それに、可愛い彼女じゃないか。」
監視されている。
そう思ったが、不思議と驚かなかった。
カーナビをつけろと言われた。
必要なものを、そのうち渡すと。
めぐみはシーツを巻いて起き上がった。
「誰?」
「友達だよ。」
「女じゃなさそうだから許〜す。」
泣きそうな顔をして笑った。
「またメシ作ってくれよ。
でも、一緒に住むのはナシだ。」
「じゃあ、煙草はマルボロにして。
ライターはカッコいいの買ってあげる。」
ひとつくらい、
言うことを聞いてやってもいい。
忙しい日が続いた。
工場とリッチと荷物の仕事。
その繰り返し。
作業の繰り返し。
クラブリッチでは、吉田が相変わらず缶コーヒーをくれた。
めぐみは毎日のように部屋へ来た。
ドアポストには金が増えていった。
押し入れには色々な
ナンバープレートがたまっていった。
全部、作業だった。
灰皿が3本になったら交換する。
札がまとまったら束ねる。
ナンバーが届いたら押入れに入れる。
大きな仕事が入ったと言う。
鹿島だった。
「彼女とドライブのふりをしろ。」
そう言われ、
めぐみを乗せて鹿島へ向かった。
駅から半径三キロの道を覚えろ。
どこからでも
インターへ向かえるようにしろ。
それが仕事だった。
何周も同じ道を回る俺に、めぐみは言った。
「迷ったの?」
「遊んでるだけだ。」
道は頭に入った。
帰りの高速で、
めぐみが窓の外を見て声をあげた。
「見て。きれい___。」
夕日だった。
「今日は、これが見れたから許〜っす」
「お前の許しなんか要らねぇよ」
はじめて景色を美しいと思った。
はじめて他人と同じ気持ちになった。
眩しかった。
サングラスを買おうと思った。
その夜、また金が投げ込まれていた。
金は貯まる一方だ。
クラブリッチへ行くと、
ナマハゲが来ていた。
めぐみが呼ばれ、若い男も一緒だ。
嫌な感じがする。
初めての感情だ。
そのあと吉田に飯の約束と
平和島にも連れていく約束をした。
守れなかった。
鹿島駅で23時ジャスト。
真ん中の電話ボックスの荷物だけを取れ。
追われるかもしれない。
振り切って五反田へ行け。
言われた通りにした。
追ってきたのはセルシオだった。
下道では振り切れず、高速でも食いつかれた。
前方にトラックが二台並んでいた。
わずかに空いた間へ、踏み込んだ。
抜けた。

セルシオは、その二台に塞がれた。
なんとか逃げ切った。
五反田の指定された場所に荷物を置く。
戻るとドアポストに百万円。
正当な対価___。
俺からは判断できない。
めぐみが来た。抱いた。
何か買ってやりたくなった。
「じゃあ、指輪が欲しい。」
翌日、リッチでマネージャーが怒鳴った。
「吉田なんかなぁ、
39度の熱でも店に出てたんだぞ。」
その言い方に、何かが切れた。
気づいたら殴っていた。
もう、店の給料など必要なかった。
「武井はん、すんません。」
「気にしないでください。
どうせ辞めるつもりでした。」
「今度、メシ行きましょう。」
それが、吉田との最後の会話だった。
翌日、めぐみが飛び込んできた。
「吉田さん、ケガしちゃって」
病院へ行った。
吉田の姿。
見ていられなかった。
次の日、
めぐみが吉田の見舞いから戻った。
「吉田さんね、襲われたとき
荷物はどこだって聞かれたみたい。」
若い客がいた、とも言った。
ナマハゲの連れていた男だ。
その瞬間、思い出した。
【ありがとう。名前は?】
【吉田です】
あのとき、とっさに出した名前。
俺のせいだ。
ナマハゲを調べた。
会社を食いつぶす男だった。
その夜、また電話が鳴った。
「君の友人が襲われたらしいな。
我々の仕事とは無関係だ。」
「辞めるよ。
仕事、面白くなくなったんだ。」
初めて、こっちから切った。
身体が熱くなっていた。
ナマハゲの
若い男を見つけるのは簡単だった。
二日見張るだけで見つけられた。
毎週金曜、必ず二人で飲む。
鉄パイプを持った。
使う日が来たと思った。
___そして今だ。
血は爪でこすると、ぽろぽろ剥がれた。
服も鉄パイプも川へ投げた。
誰にも見られていない。
人を殺してきた。
眠気がひどかった。
ドアを叩く音で目が覚めた。
めぐみにしては遅い時間だった。
開けると男が二人いる。
手帳を見せて刑事だと言っている。
「吉田幸平君、知っているね?」
迷ったが、とぼけた。
「リッチの吉田なら知ってるぜ。名前までは知らねぇ。」
「ケガをしてるのも知っているな?」
「俺を疑ってるのかい?」
「仲が良かったそうじゃないか。」
「今は失業中でね。
それどころじゃあねぇんだ。」
閉めようとすると、片方が言った。
「噛みつくのは、目だけにしてくれんかね。
怖いお兄さんにはモテるだろうがな。」
あの男と同じ事を言っている。
刑事が帰ったあと、カローラワゴンを見た。
異常はない。
室内にも血はない。
念のため洗車もした。
帰り道、
小さなジュエリーショップが目に入った。
【じゃあ、指輪】
めぐみの声を思い出した。
どれも同じに見えた。
分からないので一番高いものを買った。
35万円。
その夜、またドアが鳴った。
「昨日来ないと思ったら、
もう来たのかよ。」
開けると、刑事だった。
「その様子じゃ、まだ知らないな。」
「知らねぇよ。」
「君がいま間違えた女性のことだ。
階段で転んでケガしたらしい。」
すぐ病院へ向かった。
医者が言った。
「ひどい傷です。口の中を裂かれていて。。。切れ味の悪いナイフのようなものを使われたようです。。。」
熱くなった。
ナマハゲが俺を探している。
病室に入ると、めぐみは顔中包帯だった。
「話、できるのか?」
「階段で転んじゃってさぁ。
ドジよね。。。」
嘘だとわかった。
指輪と金を枕元に置いた。
「元気でな___。」
「どうしたの?
お見舞いに来てくれたんでしょ?」
「さよならだ。」
「ダメっ。行っちゃダメっ。」
「私、言わなかったよ___
何されても-___
秘密のお仕事のことも___
アパートが何処かも___
だから行かないで___。」
「言っちまえばよかったんだ。。。」
「もう一緒に歩けねぇ。
ドライブもできねぇ。だから終わりだ。」
振り向かなかった。
「行くな! 殺されちゃうよ!」
バカだ。俺のために___。
ナマハゲの自宅は調べてあった。
途中の金物屋で、鋭いナイフを買う。
帰りを待った。
後ろから声をかける。
「久しぶり___。」
振り返ったところへ、ナイフを差し込んだ。
するりと入った。
1つ、2つ、3つ、4つ、5つ。
ナマハゲの力が抜けていくのがわかった。
終わった。
めぐみ___。
一瞬、浮かんだ顔を振り払う。
もう関係ない。
俺は2人も殺した___。
そう思った瞬間、電話が鳴った。
「君は素晴らしい。最高だよ。
私の目に狂いはなかった。
退職金はドアポストに入れておく。」
一方的に切られた。
ドン。
衝撃。
倒れたのか?
殴られたのか?
何が起きたのか分からない。
視界が揺れる。
膝が折れる。
もう一度。ドンっ。
頭に、重い何か。
倒れている、殴られている、認識した。
地面が近い。
冷たい。
なのに___。
やけに、熱い___。
視界の端に、光が差し込む。
赤い。
夕日だ。
あの時。
めぐみが鹿島で言った。
【見てっ!きれいっ……!】
同じ色だ。
きれいだ。
眩しい。
サングラス、買うの忘れたな___。
何かが、流れている。
温かい。
ゆっくりと、
広がっていく。
目の前が、
赤く染まっていく。
動けない。
動く必要もない。
殴られている数を数えようとした。
ひとつ___。
うまく数えることができない。
意識がちぎれていく___。
夕日が沈んでいく___。
(終)
■創作大賞2026応募作品
(ホラー小説部門・サイコホラー)
・この短編「夕日」をもとに、創作大賞応募の「夕日 」を書きました。物語は大きく異なります。
・創作大賞2026応募作品なので、こちらも読んでいただけると巨大なエネルギーになります。
→「夕日」第1章へ
![夕日[第1章]へ](https://assets.st-note.com/img/1779504586-iarOAYwz8gUkj6ZeomxPTBJS.png?width=1200)
応援よろしくお願いします。
■この短編「夕日」はノンフィクションの狭間の記憶です。
この物語が少しでも残ったなら
【人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。】シリーズも読んでください。
(ノンフィクションです。最下部にリンクあります。)
■ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
もし何か1つでも残ったら、
【スキ】で教えてください。
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■はじめての方へ
→プロフィール
■以下連載
人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。
【第一章・失踪編】
→目次から読む
→第1話から読む
【第二章・新聞配達編】
→目次から読む
→第1話から読む
