[15]【誤配は許された。それでも苦しかった】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-新聞配達編-
■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしています。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指しています。
【誤配は許された。それでも苦しかった】
午前1時。
コーヒーをいれる。
昨日より少し濃いめにしたのに、
やっぱり味がしない。
熱いだけだ。
まるで白湯みたいだ。
口に含んでも、
飲み込んだのかどうかさえ
よく分からない。
頭の中では、
一昨日の朝が
まだ終わっていなかった。
転倒した場所。
泥だらけの新聞。
破れた新聞。
散らばったチラシ。
誤配___。
思い出したくもないのに、
勝手に浮かんでくる。
社長は
「気にすんな。」と言ってくれた。
宮本さんも
「最初は誰でもある。」と
慰めてくれた。
ありがたい。
本当にありがたい。
なのに___。
全然、楽にならなかった。
むしろ苦しかった。
責められた方が
まだマシだったかもしれない。
優しくされるたび、
自分の情けなさだけが
はっきりしていく。
もう終わったことだ。
そう思おうとしても、
身体の方が一昨日を覚えていた。
地図を開く。
契約が切れた家に入れてないか。
新しい家を飛ばしてないか。
確認する。
閉じる。
また開く。
目で追っているのに、
頭に入ってこない。
配る順番を
頭の中でなぞってみる。
だめだ___。
転倒した場所まで来ると、
そこで全部止まってしまう。
僕はコーヒーをもう一口飲んだ。
苦いのか、
薄いのかも分からないまま、
ただ喉に流し込んだ。
販売所に着く。
皆、いつも通りだった。
一昨日、
あれだけ迷惑をかけたのに、
誰も何も言わない。
それがありがたいのに、
それがまた苦しい。
「おはよう。」
社長が普通に言う。
僕も
「おはようございます。」
と返す。
それだけだった。
一昨日のことを
蒸し返されるわけでもない。
説教されるわけでもない。
それなのに、
僕の中だけが
まだあの朝に取り残されていた。
新聞を揃える。
チラシを挟む。
手元が気になって仕方ない。
一枚ずつ、
妙に丁寧になる。
これで合ってるか。
本当に合ってるか。
何度も見直す。
そんな僕を見て、
宮本さんが言った。
「そんなに固くなるな。
余計ミスするぞ。」
軽く笑いながらだった。
きつい言い方じゃない。
気を遣ってくれているのが分かる。
「はい___。」
返事をした自分の声が、
自分でも驚くほど弱かった。
配達に出る。
まだ暗い。
静かだ。
昨日までは、
転倒するのが怖かった。
でも今日は違う。
今日は、
間違えるのが怖い。
一軒目の前で止まる。
表札を見る。
番地を見る。
地図を見る。
もう一度、表札を見る。
合ってる___。
そう確認してから、
やっと新聞を入れる

次の家でも止まる。
また確認する。
また止まる。
進まない。
とにかく進まない。
自分でも分かる。
遅い___。
でも、
怖くて雑にはできなかった。
昨日の誤配が、
まだ指先に残っているみたいだった。
この家だったか?
いや、違うか?
ここはもう契約切れじゃなかったか?
そんなことばかり考える。
一度入れかけた新聞を、
引き抜きそうになる。
落ち着け___。
表札を見ろ。
地図を見ろ。
確認してから入れろ。
頭の中で
何度も言い聞かせる。
新聞を一部入れるだけなのに、
息が詰まる。
情けない。
でも、
止まるしかなかった。
昨日みたいになる方が、
もっと怖かった。
問題のないはずの一軒で、
僕はまた立ち止まった。
昨日も不安になった場所だ。
暗くて見えにくい。
表札も少し分かりづらい。
ポストの前で、
新聞を持ったまま固まる。
ここで合ってるか___。
手が止まる。
冷たい。
でも、
昨日と同じことはしたくない。
一歩下がる。
街灯の明かりで、
地図をもう一度見る。
番地を確認する。
表札を見る。
深く息を吐く。
鼻から吸って口から吐く。
そして、
新聞を入れた。
ガタン___。
小さな音がした。
たったそれだけなのに、
胸の奥が少しだけほどけた。
うまくいった、
なんてほどじゃない。
ただ、
逃げなかった。
それだけだった。
配り終えて、
販売所へ戻る。
クレームが来てるかもしれない___。
その考えが、
最後まで頭から離れなかった。
戻ってからも、
社長の顔色をうかがってしまう。
電話が鳴るたび、
身体が反応する。
でも、
誰も僕を呼ばない。
社長がパソコンを見ながら言った。
「今日は大丈夫そうやな。」
それだけだった。
宮本さんも
「少しずつやな。」
と、いつもの調子で言った。
僕は
「はい。」
と返した。
返しただけだった。
安心したのかと聞かれたら、
そうでもない。
嬉しかったのかと聞かれたら、
それも違う。
ただ、
今日は昨日より
少しだけマシだった。
胸のつかえは、
まだ残ったままだった。
自分を許せたわけでもない。
もう大丈夫だと
思えたわけでもない。
それでも___。
今朝の僕は、
途中で逃げなかった。
それだけで十分だと
思えるほど、
まだ僕は強くなかった。
でも少なくとも、
昨日と同じ朝ではなかった___。
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4/20更新。
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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】
→目次から読む
→第1話から読む
【第二章・新聞配達編】
→目次から読む
→第1話から読む
