桜善戦
約800字・ショートショート
フェンスの向こう側――隣の家のカワヅザクラが、満開のドヤ顔でこっちを見ていた。
風に乗せて「ヒラリ……」と、ピンクの花びらを俺の庭に撃ち込んできやがる。
(お前のところ、まだ咲かないの? )
という、無言の挑発。これは完全な領空侵犯だ。
俺の庭の隅に立つ「シダレザクラ」は、いまだ冬の呪縛に凍りつき、沈黙を守っている。
俺はこいつの幹に拳をぶつけ、その眠れる魂を呼び起こした。
「目覚めろ! 陽光のパワーをチャージして、世界を塗り替えろ!」
その時、雲の隙間から増幅された陽光が、レーザーのように庭を直撃した。
エネルギー充填、120%。
だが、その熱量が、地底に潜む「巨大なネットワーク」のスイッチを入れてしまったことに、俺は気づいていなかった。
突然、街中のスピーカーが耳を裂くようなアラートを鳴らした。
『緊急警告! 関東全域、ソメイヨシノに異常反応! これは通常の開花ではありません、繰り返す、これは――』
直後、大地が震えた。
隣家のカワヅザクラが、悲鳴を上げる暇もなく淡いピンクに飲み込まれていく。
街中の至る所に潜伏していたクローン連隊――ソメイヨシノ。
同一の遺伝子を持ち、ひとつの巨大な意志で繋がったあいつらが、一斉にその殺戮的な増殖を開始したのだ。
パパパパパパパンッ! どっかーん!
そんな軽快な破裂音を置き去りにし、ソメイヨシノのつぼみは物理的な圧力となって街を粉砕していく。
一瞬で数億の花弁が噴出し、空を、太陽を、そして人々の悲鳴を塗り潰した。
舞い散る花弁はもはや風情などではなく、肺の奥までこびりつき、呼吸を奪う甘ったるい粉塵だ。
「やめろ……止まれ……!」
逃げ場はない。視界のすべてが、美しくも残酷な淡いピンクへと回帰していく。
人類を、この文明を、跡形もなく塗り潰す――。
それはソメイヨシノという名の、美しい終末だった。

