メンヘラ彼女と別れるために、女装した話第3話:500時間のナツキ
※ 実話です。登場人物の一部は脚色しています。
付き合っていた期間は、三週間ほどだった。
映画「500日のサマー」は、運命の女性だと思っていた相手に振り回され続けた男の話だ。別れた後にその映画を見て、笑えるほど共感した。ただ僕の場合、500日ではなく500時間だった。密度は負けていなかったと思う。
彼女の名前は、ナツキといった。
当時僕は松戸に住んでいた。最寄りのコンビニまで徒歩五分かかる場所だった。ナツキはそれが不満だった。
「コンビニまで五分って、遠すぎる」
その割に、僕のアパートに毎日いた。
ナツキは上野の松屋にある4℃で働いていた。ジュエリーショップだ。ただ、付き合い始めた最初の二週間、彼女はほぼ毎日バイトを休んだ。毎朝、僕のアパートから店に「今日も休みます」と連絡を入れていた。どういう神経をしているのか当時も今も謎だが、クビにはならなかったらしい。
ある朝、フレンチトーストを作ってほしいと言われた。作って出すと、泣き出した。

「甘い。しょっぱいのが食べたかった」
フレンチトーストというのは甘い食べ物だと僕は思っていたが、そうではないらしかった。しょっぱいフレンチトーストを作り直しながら、何かが少しずつ削れていく感覚があった。
一度だけ、彼女の実家に呼ばれたことがある。南千住の公営住宅だった。
具合が悪いと言うので行ってみると、ナツキはフリルのついたミニスカートとハイソックス姿で出てきた。普段は地味な服ばかり着ている人だったので、面食らった。三十を過ぎた女性が、自分の実家でお姫様の格好をして待っていた。具合が悪いとはとても見えなかった。

服のセンスが悪いわけではなかった。ただ一つだけ、どうしても気になるものがあった。
ナツキはコンバースのスリッポンをよく履いていた。マーブルチョコレート柄だった。どんな服に合わせても、その靴だけが妙に浮いていた。おしゃれなのか、そうでないのか、判断がつかないまま、なんとなく気持ち悪かった。今でもあの靴のことを、たまに思い出す。

別れた後、レンタルショップで同僚のオススメで「サマーウォーズ」を借りた。
見ていたら、だんだん腹が立ってきた。ヒロインの一族が権力を使って個人データを勝手に閲覧する場面で、特に嫌な気持ちになった。公私混同の権力者っぷりが、どこか既視感のある不快さだった。
そして最後まで見て、もう一つ気づいた。
ヒロインの名前が、ナツキだった。見るまで知らなかった。

エンドロールを眺めながら、なんとも言えない気持ちになった。怒りなのか、笑いなのか、自分でもよくわからなかった。
500日のサマーと違うのは、僕の場合は500時間だったことだ。三週間で十分だった。ナツキ。夏希、と書くのかもしれない。確認したことはなかった。
(第1話・第2話をまだ読んでいない方は、そちらからどうぞ。)
