泰夢(たいむ)のお話:25
泰夢と華恋が夜のバスに揺られて帰宅します!
それでは、どうぞ!!
===============
今朝、学習スクールに向かうためにバスに乗った時とちがい、帰りのバスは泰夢(たいむ)にとって楽しいものではなかった。
それはもちろん、後ろの方の席にすわっているはずの華恋(かれん)のこともある。
しかし、それはそれとしておいて━━そして何より、泰夢はちょっと苦手な感じの華恋を、うまく遠ざけたことに満足していたのだ━━朝の光がたくさん差しこんでいた朝のバスとはちがい、陽の落ちた暗い駅前からいよいよ山の方へと差しかかっていくのが、泰夢には少しこわいように感じた。
一番前のシートの、バスの前の大きなガラスで景色が思いっきり見える特等席とはちがい、前の方ではあるけれどもこのニ列のシートでは、バスの横についているまどからしか外の様子は分からなかった。
しかも、バスの中の照明をはね返すガラスには、ぼんやりとした自分のすがたや車内の様子が、黒いはいけいにうすくすけて見えるようで、なんだか自分がゆうれいにでもなったような感じがする。
もちろん、まどに顔をおしつけて両手でかこって照明の光をさえぎれば、外の景色も見えるには見えたけれども、街灯も少なくて田んぼや畑や牧草地、あとは雑木林ばかりしかなく、それもほとんどが夜の暗さの中にあって、泰夢にとっては何も見えないのもいっしょだ。
(……なんか、つかれちゃった)
イヤホンから流れるアニメのエンディング曲が少し悲しい感じで、それが心にもしみるようだった。
父に連れられて一人祖母の家で過ごすことになり、昨日の夜からどうしたら少しでも楽しく夏休みを過ごせるのか色々と考えて、今朝になってバスに乗って駅前の街にでて、慣れない場所で授業を受けて、そうしていま帰りの路についている。
本当に目が回るような一日だと思った。
どうしてオレばかりがこんな目にあうんだろう……と、昨日、父の運転する車に乗って思ったことを、いままた改めて思う。
全ては、母に新しい命が宿って、そして自分に弟━━それか、妹━━ができるということにあった。
それさえなければ、自分はこうして不安な気持ちで山道を進むバスにゆられることもなかったし、知らない場所の学習スクールで知らない連中に文句を言われたり、なれなれしく話しかけられたりもしなかった。
(ちぇっ、弟なんて……)
不安といかりとが混ざったなんとも言えない気持ちになり、泰夢はシートの通路側においてあったデイパックを━━それは、万が一に華恋がこっちにやってきても、自分のとなりにすわれないようにするために置いたものだったが━━むねにかかえると、そのモヤモヤとしたものをどうにかしようと、強くだきしめる。
デイパックのかたい生地の感しょくと、中に入っている空になったお弁当箱やノート、教科書、筆記用具とゲーム機の重みが、すこし泰夢を安心させてくれる。
ねむくはなく、逆に頭の中はさえざえとしていたけれども、泰夢はそのままずっとちぢこまるようにしてバスのせもたれに寄りかかって、右に左にとバスがカーブする動きに身を任せる。
何度か車内のアナウンスが聞こえ、何度かバスが停まり、何度か乗客たちがおりていき、バスの中はあのせきこむようなエンジンの音と、大きな車体を支えてきしむような音しか聞こえなくなった。
泰夢のおりる停留所が近くなってくる。
それとなしに……という感じをよそおって、一度ちらりとふり返ってバスの中の様子を見ると、後ろの方のシートにすわっている華恋が見え、そしてそれ以外の客は、もうだれもいなくなっていた。
朝のバスでは、泰夢が乗った次のバス停が華恋の乗った停留所で、その間に大きな橋があり、そこで折り返すようにして川の対岸の道路へと移っていった。
いまこのバスも同じ道を通ってきているので、次の停留所で自分がおりれば、華恋はそのままバスに乗って橋をこえ、自分の家へと行くはずだ。
「次は、はしらのごう、はしらのごう。
おりるお客さまは、足元にご注意ください」
そうバスの車内アナウンスがあり、泰夢がうでをぐっとのばしてこう車ボタンをおそうとしたその時━━ピンポーン、という高い音とともに、ボタンのランプが光った。
「……えっ? なんで?」
思わず泰夢が声を出す。
ゆっくりと速度を落としていくバスの通路を、トートバックをかたにして華恋が歩いてくる。
「…………」
泰夢の方をちらりとも見ずに、その横を通り過ぎていった。
しせんをまっすぐに前にし、キリッと引きしまったその横顔を見て泰夢は━━ヘンな話ではあるのだけれども━━ちょっとカッコイイと思い、そしてほんの少しの間、華恋に目をうばわれた。
「ちょ……なんで、おまえが━━」
バスのおり口に向かっていく華恋の後ろすがたをみて、自分もここでおりるのだとわれに返った泰夢も、あわててデイパックをせおってシートから立ち上がる。
停留所からバスがはなれていくと、一気に辺りが静かになった。
夜の山は、暗い空の色よりももっと黒く暗くちょっとこわい感じがして、朝に見たあの清々しい景色と同じものだとは泰夢には思えなかった。
(こんなに暗くなっちゃうのか、明日はもっと早く帰ってこよう。
━━って、それどころじゃなかった!)
先におりた華恋のことが気になり、あたりを見回す。
どうして自分と同じ停留所でおりたのか、それがなぞだった。
もしかしたら、例の大きな橋を折り返して、泰夢の乗った場所と華恋の乗った場所は同じくらいなのかもしれない。
例えば、バスは大きいから川をわたるのにあの橋しか使えないけれども、もしかしたらその間に人が通れるような小さな橋があって、ここからその橋をわたって帰った方が近い……ということであれば、華恋がこの停留所でおりたのもなっとくができる。
しかし、華恋は川の方へは向かわず、逆に山の方に向いて歩き始める。
祖母の家は停留所から少し上がったところにあり、そこまではじゃりをひいてならした細い道を歩いていくことになる。
その道を、華恋がスタスタと少し早歩きでのぼっていく。
道の先に目立ったものは祖母の家ぐらいしかなく、道は家のわきを通っておくの森の中へと続いていて、そのまま山の中で無くなってしまっているはずだから、ますますなぞが深まっていく。
(こいつ、どこに行くつもりなんだ……)
自分でも分からないうちに、泰夢も早歩きになり、最後は小走りになって華恋の後を追っていく。
その泰夢を知ってか知らずか、華恋は道を外れ、温かな明かりが灯る家のげんかんへと向かう。
「おばあちゃん! ただいまーっ!」
そう元気よく声を上げると、勢いよく玄関の扉を開ける。
あっけにとられる泰夢の目の前で、華恋が祖母の家に入っていった。
===============
知らない人が自分の家に入っていくのはちょっと怖い……
では、次回もお楽しみに!
小林るい
