泰夢(たいむ)のお話:40
おもしろかった今日の出来事は、その日のうちに誰かに話したくなります!
それでは、どうぞ!!
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車の助手席から後ろをむき、いつまでも手をふっている泰夢(たいむ)のすがたが暗い夜の中に消えるのを最後まで見とどけた華恋(かれん)は、そのまま前にしせいを正そうとしてせなかにゴツゴツと物が当たるのを感じ、自分がまだトートバッグをかたがけにしていたことに気が付いて、シートベルトとバッグの取っ手のヒモにからまりながらようやくそれを外すと、ひざの上に置いて両うででしっかりとかかえこんだ。
(━━泰夢くんって、ホントにおかしい!
こっちは車なんだもん、いつまでも手をふらなくていいのに……)
さっき見えた、走っていく車に手をずっとふり続けて見送る泰夢の、その笑顔が華恋の頭の中にふわりとうかんできて、自然と優しい気持ちになる。
「ふふふ……ずいぶん楽しそうじゃない。
今朝まで本当に文句ばっかで、うかない顔をしてたのに━━
それもこれも、もしかしたら泰夢くんのおかげ?」
「……そ、そんなことないってば!
泰夢くんがヘンな人じゃなくて、そこはホント良かったけど……
それだけ、ホントにただそれだけ!」
母にそうくってかかり、そんなんじゃないから……と小声で言ってほほをふくらめる。
「えー、だって泰夢くんってカッコいいじゃない?
身長は華恋よりもちょっと小さいけど、
あいさつもしっかりできるし、顔だってシュッとしてるし……」
「もう、そんなんじゃないって言ってるでしょ!
それって、泰夢くんが周りには『いい顔するタイプ』だからだよ。
ホントはワガママだし、すぐにひとりになろうとするし━━」
夜の川ぞいの曲がりくねった道を、見事なハンドルさばきで車を走らせていく母の横で、華恋が次々と今日一日の泰夢の行動と、それに対するコメントをつけていく。
「━━コンビニでわたしがとなりにすわっても全然気付かないし、
だからわたし、わざと声をかけないで待ってたら、そのまま二時間も一人でゲームしてるんだもん。
もう、ホントにヘンなんだよ、びっくりしちゃう!
あとね、泰夢くんって意外によく泣く━━」
そこまで話して、華恋は口をつぐんだ。
本当は泰夢が男の子なのによく泣くんだ……と、言おうと思ったのだけれども、それをぐっと飲みこんだ。
それは、男の子が他の人に泣き虫だみたいに言われるのは、いやがるんじゃかと考えたことともうひとつ━━これは華恋が自分で勝手にそうなんだろうと思っただけのことなのだけれども━━泰夢が二回も泣きそうになったことを知っているのは自分だけのような気がして、そのことは他のだれも知らない『自分だけの泰夢のひみつ』で、それをたとえ母親でも話してしまえばもう、自分だけが知っているひみつにしておくことができなくなってしまうので、そして、なぜだかそれを話さなければ、自分が泰夢の一番近くにいられるような気がして、そうでなくなってしまうのが華恋の中でとてもイヤな事のように思えて、だから、華恋はそこで言葉を飲みこんだのだった。
「…………?
急にだまっちゃって、どうしたの?」
「ううん、なんでもない!
━━とにかく、泰夢くんってホントにヘンな子なんだよ!」
そこまで言って、自分が母に対して泰夢がいかに変わっているのかを話したのに、なぜだかむねの辺りがほんわりとあたたかい感じになっていることに気がつく。
「ふーん、なるほどね。すっかり泰夢くんにくわしくなっちゃって……
でも、仲良しになれて本当に良かったわね」
「……うん」
いつもだったら、車のまどの外に見える暗くてさびしい感じがする帰り道の景色も、今日よりもきっと楽しい一日に続いているように感じる。
(明日も、泰夢くんといっしょなんだ…)
そう考えると、早く朝にならないかな、そしてあのバス停のところで、一番前の席でこっちを見ている泰夢くんに会えるんだ、と自然と心がはずんでくるような気がした。
「━━でね、華恋。
今度のお休みのことなんだけど……」
「…………」
ハンドルをにぎる母の声が少し変わった。
それを感じ取って、華恋もまどの外を見るのをやめて、バッグを抱えてうつむく。
「もしよかったら、三人でいっしょに出かけない?
ほら、あの人もちゃんと一度、華恋に会いたいって━━」
「…………」
母が言う『あの人』とは、母の知り合いで━━本当の事を言えば、ただの知り合いではなくて、お付き合いをしている人なのだけれども、華恋は絶対にそれをみとめない━━華恋は母がその人と近づくのがイヤだったし、自分もその人とあったり話したりするのをさけていた。
お父さんが家にいるのに、なぜお母さんはあの人と会うのだろう、といつも華恋は思う。
もちろん、父はなくなっているし華恋もそのことはわかっている。
だけれども、父と母と自分とがいた世界に、何も知らない他人が入ってこようとするのは絶対にゆるせなかった。
父がいて母がいて自分がいて……それだけでいい。
どこのだれだか分からないような人間、自分の大好きな父の場所をうばおうとする人間、そして、自分のことをいつもジロリジロリとしつこく見てくる『あの人』とよばれている人間……。
「━━行かない」
そう一言だけいい、バッグにしがみつくようにして顔をうずめる。
(わたしが……お父さんを守るんだ。
今日、泰夢くんが『好きだ』って言ってくれたもの。
だからお父さんは、わたしと泰夢くんの中にいるんだから……!)
首を横にして、まどの外を見る。
いつもの暗くてさびしい夜の景色の中に、華恋と父と母の住んでいたアパートが見えてくる。
ぼんやりとにじんでいるその『華恋の世界』に、泰夢のすがたがかさなって、そしてやがてそれは、熱いなみだといっしょになってゆっくりと流れていった。
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楽しいことも哀しいことも、折り重なるように心に沁みていくのです……
では、次回もお楽しみに!
小林るい
