泰夢(たいむ)のお話:41
手を振って華恋を見送る泰夢。長い一日もようやく終わるようです!
それでは、どうぞ!!
===============
バリボリというタイヤが石をふむ音と、赤く光るテールライトが夜の中に消えていくまでのあいだ、泰夢(たいむ)は、去っていく車にうでがちぎれてしまうのではないかという勢いで、思いきり手をふっていた。
もちろんそれは、都市部にある自分の家からいなかの祖母の家に来て、初めてできた友だち━━それも、いつもの友だちよりももっと近い感じがする、とくべつな友だち━━が帰っていくのを見送ろうと思った気持ちもあったのだけれども、車の助手席に乗った華恋(かれん)が、車のルームランプをつけっぱなしにして、ずっとこっちを見ているのが分かったからだった。
泰夢にも心当たりがある。
祖父母や親せきの家から帰るときに、そのまま別れるのがどうにもさびしくて、だんだんと小さくなっていく人たちをいつまでもずっと見ていて、そして、自分から見えなくなるまでの間ずっと見送り続けてくれるのがとてもうれしかった。
だから泰夢も、華恋がこっちのことが見えなくなるまで、ずっと手をふって見送ってあげようとそう思ったのだ。
ところが、すぐに消えるとふんでいた車のルームランプはなかなか消えず、そのうちに泰夢もムキになって、全身を使って思いっきり手をふるようになっていった。
そうしてそれはいつのまにか、よく電話やメッセージで楽しく会話をする時にその最後にわき起こる毎回のイベント、『どっちが先に話を終わらせるのか対決』のようになっていき、けっきょく泰夢は、車が祖母の家にいたる坂道をすべて下り終え、バスの通っているほそうされた道路に入り、そうして川上の方へ走っていくまでの間ずっと、手をふり続けていたのだった。
(━━よっしゃ、見えなくなった!
わかんないけど、たぶんオレの勝ちー!)
体を前にたおしてひざに手を当てて、ゼイゼイと息をする泰夢だったが、その顔にはびっしょりのあせといっしょに大きな笑顔があった。
華恋を最後まで見送ったという満足感に包まれながら、体をのばして空を見上げると、そこに天からふって落ちてくるような星空が見えた。
昨日の夜に、父に連れられて祖母の家についた時は、落ちこんでいたのとねむたかったのとで、夜空なんてろくすっぽに見ていなかった。
(これが天の川ってヤツ……?)
いつも自分の家で見るただ黒いだけの空ではなくて、白や赤や黄色の光る点がそこら中に見え、白くて長いモヤっとした光のかたまりのようなものが、その大きな空の一番上の真ん中あたりから地面のはしっこへ向かってのびていて、そしてこっちの方がよっぽど暗く見える夜の山の上へと、まるでつきささっているようにして、ぐーんと広がっているのがわかった。
ちょっと前に学校の授業で先生のオバジイが『おりひめ星とひこ星』の話をし、そのときに天の川の画像を見せてくれたけれども、それとはくらべものにならなかった。
「キレイだなぁ……」
さっきまでのつかれもわすれて、ぽかんと口を開けたまま広くて大きな夜空を見上げていた泰夢だったが、ふいに、キレイっていうのはこういう時に言うもんなんだと、ついさっき華恋のことを『キレイ』と言ってしまったことを思い出し、こっちが本当の使い方なんだからなと、ウンウンと一人うで組みをして大きくうなずく。
じゃあ、華恋のことはどう言えばいいんだろうか……と考え、かわいいとか美人とか、泰夢としては『口に出すのはちょっとはずかしい』と思う言葉がたくさん頭の中にうかんでしまって、ぐるぐると頭を回してそういったものをあわてて追い出す。
(……つまり、華恋ちゃんはお母さんと似てるってコトで、
だから、それでヨシってことにしとこう)
自分が出したその『かわりの答え』に大いになっとくし、おふろができてるから入りなさいねぇという祖母に元気な返事をすると、かけあしで家の中にもどった。
おふろから上がってさっぱりとし、体をふいてかみをかわかして、歯みがきもバッチリと終わらせた泰夢は、家から持ってきたパジャマに着がえると、台所で用事をしている祖母へ、おやすみなさいと言ってそのまま二階の部屋へと階だんを上がっていく。
階だんのつきあたりで立ち止まり、さっきまで華恋といっしょに勉強をしていた部屋を見た。
(…………?)
部屋の中は明かりが消えていて真っ暗だったけれども、ドアの空いているところから階だんの照明の光がさしていて、その光は白いこたつのテーブルを照らし、そのおかげで、テーブルの上にポツンとなにかが乗っかっているのがわかった。
部屋に入って見てみると、それは青と黒の厚紙につつまれた使いかけの消しゴムだった。
(━━なんだよ、華恋ちゃん。
オレに『わすれものない?』なんて言っといてさ、
自分が消しゴムわすれちゃってんじゃん)
消しゴムを取って、手のひらの中にぐっとにぎりこむ。
なんていうことのない、学校でもみんなが使っているようなふつうの消しゴム━━もちろん泰夢も同じような消しゴムを使っていて、ただ泰夢のそれは包み紙なんかはとっくの前にどこかに行ってしまっていたし、マジックでいろんな落書きがされて、えんぴつであちこちさされて黒い点々だらけできたなくて、その上いつも力いっぱいに消しゴムをかけるものだから、すっかり折れたりちぎれたりして、三個ぐらいになってしまっている━━だったけれども、なんとなく手の中にしっかりと『それがある』という感じがし、そこから泰夢の全身へと、今日の楽しかった時間がぶわっと一気に広がっていくような気がした。
ベランダのあるまどの方を見ると、うすく反しゃしてうつっている自分のすがたとかさなって、あの大きな夜空と黒くて暗い山のかげと、そして、たぶん川があるだろう向こう側に、ポツリポツリと小さな明かりがあった。
(華恋ちゃんの家って、ここから見えるのかな……)
まどの向こうの明かりの一つが華恋の家で、もしかしたら華恋ちゃんのお母さんが運転する車が見えるかもと、しばらく外をながめていた。
(━━しょうがない。
明日、朝のバスで華恋ちゃんにわたせばいいか)
勉強をしていた部屋のドアをしめて、自分の使っている部屋へ入り、華恋の消しゴムをいつものようにポイっとデイパックに放りこもうとし、ちょっと考えてから、デイパックの横の部分についている小さなチャック付きのポケットの方にいれる。
そこに消しゴムを入れたのは、華恋の言葉を思い出したからで、何でもかんでもデイパックにつっこんでおくと、そのままわすれてしまうかもしれないと思い、ちゃんと分けて入れておこうと考えたからだった。
「ちぇ……
オレって、なんで華恋ちゃんの言うとおりにしちゃうんだ?」
口の中で小さくそう言いながら、明日華恋といっしょになったら真っ先に消しゴム取り出して、あれーわすれ物しちゃったんじゃない?とひとしきりからかってやろうかなと考えると、それに華恋がどんな風に言い返してくるのか、顔を赤くしておこるのだろうか、それともよゆうの感じで逆に何か言い返してくるのかと、あれこれ思いうかんで、自然とむねのおくのほうからワクワクがもり上がってくる。
部屋の学習づくえの照明だけを小さく点けてベッドにもぐりこみ、さみしさと不安でいっぱいだった昨日の夜のことをちょっと思い出し、そして今はそれをすっかりとわすれていた自分に少しおどろき、バスからの広い景色やボロっちい学習スクール、コンビニで食べたばあちゃんの弁当とおかしの味、華恋につめ寄られて、でもその後で仲良くなっていろんな事を教えてもらったこと……今日一日で体験したぜんぶを頭の中にたくさん思いうかべながら泰夢は、そのまま自分でも気が付かないうちにヘトヘトにつかれてしまっていた体に引っ張られるようにして、深いねむりの中へと落ちていったのだった。
===============
祖母の家での一日を終えた泰夢。いよいよ新しい生活が始まります!
では、次回もお楽しみに!
小林るい
