見出し画像

泰夢(たいむ)のお話:34

← ◆前のお話へ


いきなり部屋の真ん中に立った華恋……緊張が走ります!
それでは、どうぞ!!

===============
 目をとじた華恋(かれん)は、自分の前にすわっている泰夢(たいむ)を感じながら、ゆっくりと息をすったりはいたりして、少しずつ気持ちを落ちつけていく。
(━━華恋ちゃんのお父さんのこと、スキなんだと思う!)
 しんこきゅうをした時と同じように、頭の中から全身のすみずみまで、さっき泰夢が華恋に言った言葉が広がっていく感じがした。
 華恋の父は二年前になくなった。
 交通事故にあってしまい、本当にとつぜんのことだった。
 道路に飛び出した小さな子どもを助けようとしたという話だったけれども、華恋はくわしいことは知らない。
 それは二年がすぎた今でも同じで、そのことは聞きたくないのだ。
 父が死んだという事実だけでも、華恋の中で受け止めていくのがやっとなのに、そこにどんな理由があっても、これ以上は父が死んだということは変わらないからだ。
 華恋は今でも父が好きだ。
 家のお仏だんにある写真には毎日話しかけて、その日のこれからすることと、その日にあったいろいろなことを報告する。
 だから華恋の中では、父がいつでもそばにいる様に感じていた。
(泰夢くん……)
 でもそれは、もちろん華恋の心の中だけのものだったけれども、今日のつい今さっきで、それが変わった。
 父のことを全然知らない泰夢が、父の教えてくれたことをやってくれて、そして、会ったことがない父のことを好きだと言ってくれたのだ。
 華恋の中で、ずっと止まっていた父が、写真の中でいつも同じ笑い顔しかしない父が、泰夢と出会ったことで、再び動き出したのだ。
 父の教えてくれたことが、自分だけではなく泰夢という、華恋のいちばんに新しい友だちを通じて、もう一度この世界に、華恋が今いるこの世界に、はっきりと生き返ったのだと感じた。
 それが、華恋にとって何よりも思いがけなくて、そして心から本当にうれしかった。
 これからはきっと、華恋の父は華恋の中だけではなく、泰夢の心の中にもずっとしっかりとつながって、そして生きていくような気がしたのだ。
(泰夢くんにもっと見せたい……
 わたしのお父さんを━━!)
 両足をそろえ、体をまっすぐにのばす。
 両うでの力をぬいて前に出し、指先をそろえて手のこうが上になるように重ねる。
 そのままゆっくりとこきゅうにあわせてうでを下げて、手を体の横にすると━━、
(━━うわっ! な、なんだっ?)
 両手を体の横にした華恋が急に大きな声を出したので、泰夢はおどろいてテーブルにひじをぶつけた。
 けれども、そのひじのいたさをわすれるぐらい、華恋のすがたに目をうばわれてしまった。
(こ、これって、もしかして━━!)
 こしを低く落とし、両足を前後に開いて、かたほうの手を前に、もうかたほうの手をむねの辺りにする。
 足と手の指の先の、さらに先の先までしっかりと気持ちを行きわたらせると、父がそうしていたように、そしてその父をすぐそばに感じながら、華恋が体の動きを止める、そこから━━、
 一気に足を入れかえ、体の向きをいっしゅんで変えると同時に、開いた手先を今度はにぎって、空中にそれを打ちこむ。
(ス、スゲーっ! これって、空手じゃん!)
 泰夢の耳に、華恋のにぎりこぶしやひじ、けりあげた足がたてる、ブォっという風を切る音が聞こえた。
 体をすばやく入れかえ、そのままゆっくりと動きを整えたと思うと、次のしゅんかんにまた、目にも止まらない早さで、手先が、こぶしが、足が、くり出される。
(マジかよ……!
 格ゲーのヤツとホントにいっしょじゃんか!!)
 華恋が見せる空手の型に、最初はおどろいていた泰夢だったが、その動きのかっこよさ、美しさにすっかりと引きこまれていく。
(もっと……ていねいに。
 そしてもっと、力強く━━)
 空手は華恋と父との間にある、いちばん強いきずなだ。
 他の人のいたみをしっかりと感じて、声をかけてあげることができるように、そして、自分のいたみもしっかりと感じて、ちゃんと声を上げることができるようにと、父が華恋に空手を教え、二人でいっしょに道場にも通っていたのだ。
 あの日に父がなくなってからは、もう道場には行っていない。
 行けば父を思い出すし、父とは二度といっしょに空手ができないということを改めて知ることになるのが分かっているからで、父をわすれないために、自分の家やこの泰夢の祖母の家でおさらいはするけれども、それ以外はずっとだれにも見せていなかった。
(……でも、泰夢くんには見せたい。
 わたしのお父さんのことを、知ってほしい!)
 むねの中にある強い思いを、気合の声出しと共にはきだし、にぎりこぶしをついて、そして引く。
 ━━ゆっくりと息を整えて、両足をそろえて、まっすぐにしせいを正し、部屋の真ん中に立つ。
(…………)
 うっすらとおでこにあせを光らせる華恋のそのすがたに、自分でも分からない気持ちに動かされた泰夢は、目の周りが熱くなるのを感じながら、手のひらがジンとかゆくなるぐらい夢中になってはくしゅを送った。
===============

なんと、華恋は空手少女だったのでした!
では、次回もお楽しみに!

小林るい


◆次のお話へ →