見出し画像

泰夢(たいむ)のお話:110

← ◆前のお話へ


勇気を出して大声を上げた泰夢。アロハシャツにむかっていきます……
それでは、どうぞ!!

===============
 両方の足にしっかりと力を入れて、右手も左手もギュっと固くにぎりこぶしを作って、顔はまっすぐにアロハシャツの方に向けて、泰夢(たいむ)はげんかんの土間に立った。
 せなかのデイパックが少しゆれた。
 そこにしがみついている華恋(かれん)も、きっと自分と同じように力をこめているんだと思った。
「やめてくださいっ!」
 もう一度言った。
 不思議なことだけれども、なんだか自分の体がとても大きくなったような気がした。
 それは大人にも負けないぐらいの大きさで、まるでアロハシャツを見下ろしているみたいな感じだった。
 すると、本当に不思議なことが起こった。
 アロハシャツがかた方の足を後ろに引いて、小さく下がったのだ。
「━━━━!」
 泰夢の中にピカッと光が走った。
 迷いは一つもなかった。
 まるで朝起きてまだ頭がボーっとしている時に、ねむい目をこすりながらゆかの上にぬぎ散らかしたパジャマのシャツとパンツを器用に足の指でつまんで━━これを母親に見つかると、またこっぴどくおこられるのだけど━━そのまま、クローゼットの中にポーンと放り入れるみたいな、そんな風になにも気にしたり迷ったりすることもなく、毎回の決まりきった動きをするみたいに泰夢は自然に『それ』をやった。
 泰夢は、アロハシャツが後ろに引いたのと同じ分だけ、自分の足先をスッと前に出して、間のきょりをつめたのだ。
(格ゲーといっしょじゃん……!)
 ゲームの中では、それぞれのキャラクターにこうげきがとどく長さが決められている。
 相手との勝負に勝つには、いかに相手のこうげきをよけたり防いだりしながら、自分のこうげきを当てることが必要になる。
 だから、おたがいのこうげきの長さをしっかりと理解して、前後に細かく動いたり、当てるつもりのないこうげきをわざと出したりしながら、相手との間のきょりの取り合いをするのだ。
 友だちとみんなでワイワイさわぎながら遊ぶんだったら、そんなことまで考えずに、適当にコントローラーをガチャガチャとやっていればいい。
 でも、ネット通信で世界中にいるたくさんのプレイヤーを相手に戦う時はそうは行かない。
 そして、そのネット対戦でも何度も連勝して、ちょっと名前が知られているほどのうでを持っている泰夢は、そうしたおたがいのきょりの取り合いには十分に慣れていた。
 それはもちろんゲームのことだけれども、ネット対戦では相手のキャラクターを使っているのはその通信の先で自分と同じようにコントローラーをにぎっている人間だから、取り合いの時の感じやタイミングは顔を合わせているのと変わらない。
 もっと言えば、通信対戦で相手の顔が見えないから、その人が子どもなのか大人なのか、男なのか女なのかもわからない。
 ゲームの中で何度も何度もコテンパンにやられて、その後に仲良くなったら自分よりも年下でちょっとはらが立ったり、逆に大人の人でビックリして急にこわくなってしまうこともある。
 けれども、ゲームをやっている最中は大人でも子どもでも、その先にいるのがどんな人であっても、どっちが上手くてどっちが下手というのは全く変わらないのだ。
(……たぶん、これなら平気じゃん)
 だから、泰夢にはわかった。
 さっき泰夢が出した大きな声に、アロハシャツはびっくりしたのだ。
 びっくりして、そして次にどんな事をしてくるのかと、こっちのことを見ているのだ。
 格ゲーでこうなれば、大きなミスでもしない限りこっちが有利に進めることができる。
「━━━━」
 もうかた方の足を引いて、アロハシャツが後ろに下がる。
 合わせて泰夢も進む。
 そうして、もう一歩……。
 泰夢はもう一度声を出した。今度はさっきのように、大きな声ではないけれども、しっかりとアロハシャツに自分の言葉を伝えようと思って、ハッキリとした声で言った。
「ここを通して下さい……
 あなたは華恋ちゃんのお母さんの友だちだから、
 ボクたちに何かあったら、すぐにわかると思います」
「…………」
「ボクたちは、ここを出たいだけです。
 もしじゃまをするなら、
 ボクは、さっきよりも大きな声を出しますっ!」
 アロハシャツの目をジッと見て言う。
 言いながらもう一歩、今度は泰夢の方から先に足を前に出すと、それに合わせてアロハシャツがジリっと後ろに下がった。
 下がるごとにげんかんに光が入り、泰夢と華恋を白く照らし出す。
「…………」
 アロハシャツはもう、完全にアパートの通路へと出てしまっていた。
 深くきざまれていたおでこのシワもすっかりとしょぼくれて、下がったまゆ毛といっしょに無くなってしまっていた。
 赤黒い顔はいつも顔色を通りこして、いくぶん青くて血の気が引いているように見えた。
「……ご、ごめんな」
 アロハシャツの口がそうモゴモゴと動いた。
 それは聞こえるか聞こえないような小さな声だったので、アロハシャツにせなかを向けていた泰夢には届かなかったかもしれない。
「華恋ちゃん━━行こう!」
 そう言い、後ろをふり向いた泰夢は華恋の手をギュっと強くにぎった。
===============

大人だって、子どもに詰め寄られることって結構あります。
では、次回もお楽しみに!

小林るい


◆次のお話へ →