泰夢(たいむ)のお話:111
ついに、アロハシャツを退けた泰夢。怯える華恋の手をにぎります。
それでは、どうぞ!!
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にぎった手をやさしくひっぱりながら、華恋(かれん)の顔をじっと見つめて、それから深く大きくうなずく。
差しこんでくる太陽の光が当たり、泰夢(たいむ)の顔が、ひとみが、キラキラとかがやいて見えた。
華恋もひとつ大きくうなずいて、おそるおそる足を前に出す。
最初の一歩は足がガクガクフワフワするような気がして、へんな感じがしたけれども、泰夢がだいじょうぶだから、とそう目で言ってくれているのがわかって、そこから先はちぢこまっていた足も、手も、体もいつものように動けるようになった。
そうなって初めて華恋は、自分でも信じられないぐらい、体がカチコチになっていたことを知った。
「さあ━━行こう」
「う……うん!」
もう一度泰夢が言い、今度は少し強く華恋の手を引いた。華恋もそれにこたえるように泰夢のあとに続く。
土間をふみこえてげんかんの外へ出ると、真夏の昼下がりの強い日差しが二人の目にはいり、そのまぶしさにぎゅっとまぶたに力が入る。
アパートの二階の通路の手すりにせなかをもたれかけさせて、アロハシャツが立っていた。
けれども、さっきまでのような勢いはもうなくて、ただそこに立っているだけだった。
泰夢がその前をぬけて通路に出て、続けて華恋も同じように外に出る。
アロハシャツの方は見ずに、大きなトートバッグからげんかんのカギを出すと、カギあなに入れてクルリと回す。
カチャリ━━と小さな音がした。
それは本当に小さな音だったけれども、泰夢と華恋にとってはとても大きな、そして安心の音だった。
ドアのカギはかけた、なので、もうここにいる必要はない。
「━━━━」
泰夢がアロハシャツにちょっと頭を下げ、そうしてそのまま通路をゆっくりと歩き出す。
華恋も泰夢の手をしっかりにぎり、その後についていく。
外の空気は暑かったけれども、まるできも試しでもしている時みたいに、スーッと体が冷たくなっていくように感じる。
もしかしたら、アロハシャツは自分たちのことを追いかけてくるかもしれない……。
そんな気がして、だから二人ともなるべく静かにそーっと歩いて、まるでちょっとでも急いだりする気配がしたら、それに気付いたアロハシャツがまたさっきみたいにせまってくるのではないかと思って、グッと息をつめて通路を進んでいく。
(…………)
ようやくアパートの真ん中にある階だんの所にたどり着く。
げんかんのドアからここまでのきょりだから、そんなに時間はかかっていないはずなのだけれども、ずいぶん長かった気がする。
はやる気持ちをおさえようと、二人で顔を見合わせてゆっくりと下りていくけれども、鉄の階だんからカコンカコンと音がして、そのたびに泰夢と華恋の体がビクッとなり、にぎっている手に力が入る。
そうして階だんを下りながら、一度チラリとアロハシャツをふり返ってみたけれども、まだ手すりの所に立ったままで動く様子はなかった。
一階の通路をぬけてアパートの入口の門から道路へと飛び出す。
そのころにはもう、二人の足はすっかりと速くなって、道路から『カーサ・はしらのごう』と書かれているアーチ型の門を見た時には、完全に早歩きになっていた。
「━━泰夢くん!」
「華恋ちゃん!」
そう言って、走りながらおたがいに顔を見合わせる。
こわいけれども、なんだか楽しいような、そんな不思議なソワソワヒリヒリが体の中からわきあがってくる。
どちらからともなくにぎっていた手をはなして、早歩きから小走りへ、小走りから本気のダッシュへ━━。
泰夢が前に出れば華恋が追いぬき、華恋が引きはなせば泰夢が顔を真っ赤にしてそれについていく。
息が切れて苦しいけれども、走るのを止められない。
こわいはずなのに、口元がゆるんで笑ってしまう。
そうして二人、華恋の家に来る時に登ってきた坂道を、全速力で下って走っていく。
「━━泰夢くん、急いで!
バスが、もうすぐ近くまで来てるから!」
「うん、わかった!
よーっし、オレのターボスピードを見せてやるぞ!」
言うが早いか、手足を風車のようにグルグルと回しながら、泰夢が華恋を追いぬいていく。
「あーっ!
泰夢くん、ズルい!」
追いぬかれた華恋も、かたのおくにしっかりとトートバッグを食いこませると、まるで川辺をふきぬける風のような見事な走りで泰夢にならぶ。
そうして二人して息せき切ってバス停まで走り、ちょうどやって来たバスに飛び乗った。
「……ま、間に合ったね」
「うん……よかった」
ゴトゴトとゆれながら走るバスの、いつもの一番前の席にならんですわって、泰夢と華恋が顔を見合わせる。
ハアハアとする息が整い、空調のすずしい空気が熱くなった体をやさしく冷やして……そうして、どちらともなくクスッと笑って、そのまま声を上げて、ひざをたたいて、苦しくなるまで笑う。
アロハシャツはここにはいない。
たぶん、もう追ってはこないだろう。
(…………)
泰夢と華恋の笑い声が、午後の車内にひびく。
暑い夏の青い空の下、バスは大きな車体をのっそりとゆらしながら、濃い緑のとうげをぬけてふもとの駅へと走る。
そうして、二人の小さなぼうけんは━━続いていくのだ。
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……第一章、ここに終了。長らくのお付き合いをありがとうございました!
では、次回もお楽しみに!
小林るい
