泰夢(たいむ)のお話:37
おばあちゃんの声に、大急ぎで部屋を片付ける泰夢たち!
それでは、どうぞ!!
===============
祖母の声に最初に気づいたのは泰夢(たいむ)だった。
「━━あれ、ばあちゃんがよんでるかも」
そう言って頭をくるくると回す泰夢に、華恋(かれん)もおどけるのを止め、同じようにして耳をすませる。
「むかえにきた……って、言ってる?
あっ、もしかしてさ、華恋ちゃんのお母さんがさ、
仕事終わってウチに来たんじゃん?」
「えーっ、もうそんな時間?
━━うわ、ホントだ! 早く行かなくちゃ!」
かべにかけてある時計に目をやると、もう夜の11時を回っていた。
いつもだったら、1階の広間で母が来るのを待っている━━大体の場合は、すっかり待ちくたびれて、ちょっとねむってしまったりする━━のだけれども、泰夢と二人で宿題をして、話をして、といろいろしているうちに、すっかりと時間が過ぎてしまったようだった。
(なんだか、いつもより早かったような気がする。
泰夢くんといっしょだったからかな……)
あわてた様子で、テーブルの上の学習帳やらふでばこやらを自分のデイパックにおしこむ泰夢を見ながら、華恋がふとそう思う。
それは華恋にとってはとてもうれしいことで、今そう思っただけでもむねのあたりがホワっとあたたかくなるような感じがする。
おばあちゃんの家で母を待つのはきらいではない。
というか、だれもいない自分の家で一人でいるよりはずっと安心だし、おばあちゃんから料理やおさいほうを教わったり、学校の図書室から借りてきた本を読んだりするのは、華恋にとっては楽しいことだった。
華恋の住んでいる家は一軒家(いっけんや)ではなくて、アパートとよばれる二階建ての集合住宅(しゅうごうじゅうたく)だった。
集合住宅はいくつもの家族が同じ建物にくらすことができる建物のことで、華恋と母が住んでいるのは、建物のわきについている鉄の階だんを上がった二階の一番おくにある部屋だった。
三方ある部屋のまどのうちの一つは川側に面していて、そこからは昼間であれば、泰夢の祖母の家を見ることもできる。
そんな華恋の家だが、夜に一人で家にいると下の階やとなりの家の話し声やテレビの音が聞こえてきて、母がいない時にはそれが余計に大きく聞こえるような気がして、どうにも落ち着かなかった。
時々、外でさわぐような声や音が聞こえると、それだけで華恋は不安になってしまい、入口のドアにカギをかけたか何度も確にんし、そうしてげんかんから一番遠い部屋にある父のお仏だんの前で布団に丸くなるのだった。
(それにあの人……)
と、そこまで考えて華恋は首をふった。
今は泰夢といっしょにいて、とても楽しい時間をすごしている。だから、頭の中をそれでいっぱいにして、考えたくないイヤなことは一切考えないようにしておけばよいのだ。
テーブルのわきにおいてあったレッスンバッグ代わりに使っている大きめのトートバッグを手にとって、宿題の道具を入れるついでにそのイヤなことも放りこんでしまう。
「━━泰夢くん、自分のかたづけちゃんと終わった?
なにかわすれ物とかしてない?」
「たぶん……ってかさ、
オレ、となりの部屋でねるんだしさ、
華恋ちゃんだって明日もここに来るんだから、ベツに平気じゃん?」
「それはそうだけど……
でも、このひょうしに何か失くしちゃったらこまるでしょ?
いまちゃんと見ておけば、そういう事もなくなるんだよ」
「ふーん、そっか。
オレ、そんなの考えたことなかったなぁ。
それだったらさ、わすれ物とかもしなくてすむじゃんね」
遊びに行くときでも、学習スクールに行くときでも、そしてもいまでは学校でも、いつでもどこでもてきとうに、何でもデイパックにつめこんでしまい、アレがない、コレがどこかにいったと、カバンの中を引っかき回すことが多い泰夢にとっては、なるほどなぁと思うやり方だった。
小学校の1年や2年生の時はランドセルで通っていた。
そのころは、かならずねる前に母と明日持っていくものを確にんして、わすれ物が無いようにしていたけれども、まいにち放課後の学校や公園なんかで遊んでいるうちに、あちこち放り投げられて━━もちろん、わざとランドセルをきずつけるような事はしなかったけれども、すな場や植えこみやコンクリートなど所かまわずにドカンと投げ出されるのだから、たまったもんじゃない━━置きっぱなしにされたランドセルは、もちろん当たり前のようにズダボロになってしまった。
そうこうしているうちに学習スクールへ通うようになり、そのために新しくデイパックを買ってもらってからというもの、もっぱらそっちが泰夢の荷物入れになった。
そのうちに小学校の教室でもランドセルから、大きめのかたかけかばん、軽くてたくさん物が入るせおいかばんなどに変える生徒も目立ちはじめ、もちろん泰夢も愛用のデイパックに教科書やノートや体そう着なんかも全部つめこんで持ち歩くようになっていた。
「オレ、今日一日でいろんなコトを教わった気がする。
華恋ちゃんって、やっぱスゴいよ」
そう、ウンウンと一人で深くうなずきながら、テーブルの上にある空になった水ようかんの容器をゴミ箱にすてて、麦茶のコップをおぼんにうつすと、それをひっくり返さないように一歩ずつ確かめながら、しんちょうに階だんをおりていく。
「わたし、別にスゴくないよ。
それだったら、さっきもそうだったけど、
ちゃんとコップとか食器をかたづけてくれる方がスゴいと思う」
「あー、これは母さんにおこられるからやってるだけ。
食べたらかたづける、それがルール!━━ってさ、
マジにうるさいし、で、やってるうちにクセがついただけ」
「ふふふ…
泰夢くんのお母さんって、ちょっと面白そう!
わたし、いつか会ってみたいなぁ」
「いやぁー、それはヤメた方がいいんじゃない?
うちの母さん、ホントうるさいし、いっつもガミガミで━━」
そこまで言いかけて、泰夢の言葉と動きが止まった。
せまい階だんの最後のところで泰夢が急に立ち止まったので、後ろに続いていた華恋が思わずぶつかりそうになる。
「ちょ、ちょっと━━どうしたの?」
華恋の言葉は、泰夢の耳にはとどいていた。
けれども、階だんをおりた先、げんかんに立っている女の人のすがたにくぎづけになってしまっていて、頭の中まではとどかなかったのだ。
泰夢と華恋の気配に気づき、その女の人はスマートフォンから顔を上げてこちらにふり向くと、ニッコリと笑ってこちらに手を上げた。
「━━華恋、むかえに来たわよ!」
===============
ついにお迎えが! そして華恋のお母さんが登場です!
では、次回もお楽しみに!
小林るい
