泰夢(たいむ)のお話 その二:2
大きな図書館でミハシロさんとお話する泰夢……妙にかしこまってます。
それでは、どうぞ!!
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街の図書館の自習室で、いつまでも立ったままでいる泰夢(たいむ)に、じゃまをしちゃってゴメンなさいね、とミハシロさんが声をかける。
「いえ、そんなことないです。だいじょうぶです。
ボクもいま、休けいをしようと思って……
えっーと……そう、のどがかわいたから、お水を飲みに」
かたにはおっていたカーディガンをぬぐと、自分のイスのところに━━もちろん、いつものように雑にグシャグシャっとするのではなく、決してきれいにとは言えないけれども、泰夢なりにキチンとたたんで━━おいて、つくえの上に置いてあった水とうのフタを外す。
水とうの中には、泰夢の祖母が作ってくれた温かくてあまくてトロっとしている美味しいショウガ湯が入っている。
飲めば体が温まるし泰夢も大好きなのだけれども、ずっとこればかり飲んでいると、あまくてのどがかわく気がする。
そういう時は、水とうのフタのコップで、図書館にあるとびきり冷たい水が出る給水機のお世話になるのだ。
さっきのカーディガンもそうだけれども、この素晴らしい図書館でもし一つだけ注文をつけたい所があるとしたら、泰夢たちにとってほんのちょっとだけ空調が効きすぎることだ。
何度かこの図書館で自由研究の勉強をするようになって、長い時間自習室にいると、どうしても体が冷えてきてしまう。
今が夏だから空調は少し強めになっているかもしれないし、もちろん外から来る泰夢たちがうす着をしているというのもある。
そうであっても寒いものは寒くて、最初のころは華恋(かれん)と二人で時々外に出ては日向ぼっこをしてもどってきていた。
図書館に入るときには、あんなに熱くていやだと感じていた屋外のムワっとした暑さも、空調で冷え切った体には、温かい毛布で全身を包まれているように感じて、少しほっと安心する暑さに変わる。
そうして、図書館や市役所のある広い公園で太陽の光をたくさん浴びて、また自習室にもどるのだけれども、もちろん泰夢と華恋なのでそのままでは終わらず、備え付けてある遊具でどっちの方が遠くまで飛べるかや、公園の広場の真ん中にある、地面から水がふき出るふん水のところで引っかかって遊んでしまって━━だいたいはヒラリヒラリとにげる華恋に対して、にげおくれた泰夢がふん水のえじきになってずぶぬれになり、服がかわくまで公園にいることになるのだ━━かんじんの自由研究が完全にそっちのけになり、そのうちに陽がかたむいてきて、その時になって二人してとても後かいすることになるのだ。
そんな事が二日ほど続いたので、泰夢と華恋は図書館帰りの電車とバスで話し合い、どうやら体が寒くなってしまうのが原因だろうということになって、そうして泰夢の祖母に相談をして温かいショウガ湯を作ってもらい、上にも一まい、寒くなりすぎないようにカーディガンかなんかの上着を持ってきて着ることが決まったのだ。
「━━ねぇ、泰夢くん。
今日は、華恋ちゃんは来てないの?」
「華恋ちゃ━━じゃなくて、
寺田さんは、今日はあとで来ます」
本をたくさん乗せたカートをおすミハシロさんと横にならんで歩きながら、水とうのコップを手の中でクルクルと回して泰夢が答える。
「寺田さんのお母さんは、駅の向こうの方で働いていて、
ちょっと用事があるからそこに寄って、
それから図書館に来るんだって言ってました」
図書館のある街の電車の駅の周りは、そこに走る線路を間にはさんで市役所や図書館がある行政地区と、デパートやえい画館、飲食が出来るようなお店がある商業地区とに分かれているらしい。
これは、泰夢がミハシロさんから教えてもらったことで、この図書館に来た最初の日に、自由研究で調べるものを何にしようかと華恋と二人でなやんでいた時に、分からない事があればお手伝いをしましょうか? と声をかけてくれたメガネの図書館のスタッフさんが、この図書館司書さんのミハシロさんだった。
それからずっと、何かにつけてミハシロさんが声をかけてくれるので、泰夢はすっかりミハシロさんを信らいしていて、何かにつけては相談に乗ってもらったり、アドバイスをもらったりしているのだ。
「泰夢くん…
ひとつ聞いてもいいかしら?」
「……はい」
カートをおしながらゆっくりと歩くミハシロさんの声が、いつもよりも少し低い感じになった。
気になった泰夢は返事をし、顔を上げてミハシロさんの方を見るけれども、ミハシロさんは前を向いたままだった。
「泰夢くんはさ、わたしとお話をする時に、
華恋ちゃんのことを『寺田さん』って言うでしょ?」
「…………」
「それはどうしてなのかなぁって、ちょっと気になっていたの。
━━よかったら、なぜ華恋ちゃんを上の名前でよぶのか、
わたしに聞かせてくれるかしら」
ミハシロさんが泰夢の方へ、やさしく笑いながらふり向いた。
バッチリと目が合った泰夢は思わず目をそらす。
さっきまでちょっと寒かったのに、急に体が熱くなって耳やほっぺたの辺りがホワホワとするような感じがした。
それがニッコリとするミハシロさんと目があってしまったからなのか、華恋の事を聞かれたからなのか分からなかったけれども、どうにもむねがドキドキとしてしまって、そのまま下を向いてしまう。
「……ごめんね。泰夢くんをこまらせるつもりはないの。
でもね、これはわたしの予想なんだけど……華恋ちゃんは、
泰夢くんに上の名前でよばれるの、好きじゃないんじゃないかしら」
「……え、そうなの?」
「うん……もし、わたしが華恋ちゃんだったらって思うと、
ほかの人の前で、急にいつもとちがう風に名前をよばれたら、
ちょっとだけ━━さみしいかもな、って思うの」
「……さみしい?」
思ってもみないことだった。
泰夢としては、大人の世界と子どもの世界はちがうので、ミハシロさんは大人なんだからその前ではちゃんとみょうじでよんで、自分と二人だけ……つまり子どもだけになったら、いつものあだ名や親しいよび方をした方が、良いだろうと思っていたのだ。
ミハシロさんが言っているのは、泰夢が自分のことを『他の人や大人の前で、どういう関係だと伝えるのか』ということ、他人を間にはさんで泰夢が自分をどう思っているのか、泰夢の頭の中の『どの箱』に自分が入れられているのかを華恋が知りたがり、気にしている……ということだった。
泰夢がもう少しだけ大人になり、いろいろなグループやたくさんの人たちの中で行動するようになる時には、とても重要で必要になることなのだけれども、いまの泰夢にはそれはまだよくわからなかった。
「…………」
むずかしい顔でうで組みをし、まるで頭からけむりを出すような勢いで、はげしく首をかしげる。
その場で立ち止まってすっかりだまってしまった泰夢に、あら、まだ早かったのかな……と、ミハシロさんがこまった顔しながら、それでもしんけんに考えこんでいる泰夢の真面目な表情に、思わずクスリと笑う。
(華恋ちゃんがさみしいって……いったい、どうしてだ?
別に悪口なんて言ってないしさ、それにさ、オレ、
ふつうに名前をよんだだけじゃん━━なのに、なんでだ?)
頭が完全にこんがらがってしまい、大きな声でうおーっとさけびたくなるのを必死にがまんしていると━━
「━━ちょっと、泰夢くん!
なんで、こんな所でなまけてるの?
昨日決めたところまで、ちゃんと終わったの?」
と、トートバッグをかたにした華恋が、両手をこしに当ててグッとむねをそらし、外の熱気でほてった真っ赤な顔で、こっちをにらんで立っているのが見えた。
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ようやく華恋ちゃんの登場! ミハシロさんとの関係も気になります……
では、次回もお楽しみに!
小林るい
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