好きだからこそ離れた。私が渋谷を去った理由
2025年9月25日、7年3ヶ月住んだ渋谷の家を出た。
住み始めた頃はすぐに渋谷なんか嫌だと言って逃げ出すと思っていた街。気づけば自分の性格や資質と相性がよすぎて大好きになっていた。もう渋谷が自分のアイデンティティのひとつと思うくらいに馴染みすぎていた。
渋谷を離れる理由
街を歩けば知り合いに会うし、好きな行きつけの店もたくさん。街は日々広告が入れ替わり新しい建物がどんどん増えていく。初めのうちはそれがおもしろくて仕方なかったけど、そんな街で生活を続けていたらいつしかそれが当たり前になってしまって、おもしろいと思えなくなってしまった。こんなにも刺激で満ち溢れているのに、こんなにも大好きなのに、自分がもうこれ以上この街から何かを得られる気がしなくなっていた。
街に飽きてきた頃、外は暑いし、仕事もリモートワークで自宅でできる。気づけばコロナの時以上に家にいる時間が長くなっていてこれは引きこもりでは?と思うくらいに家にいた。夜は飲みに出ればかろうじて人と話せるけど、もうコレジャナイ感に満ちていた。これまでやりたいことにまっしぐらで来たのに、もうやりたいことがわいて来ない。これまでの仕事も飽きたし、したい仕事も特にないし、一緒に働きたいと思う人もいない。何か打ち込んでいることもないし、チャレンジしたいこともない。義務も責任も何もない。無!だった。
自分が一ヶ所にとどまって停滞していると感じる退屈な日々を過ごしていたけど、今年の春、ついに海外に出ることを決めた。もうここにいたらダメだ。自分の今の状況を変えて成長するには今いる場所を変えることが必要だと思った。ズルズルと付き合ってしまったマンネリカップル、ついに破局。でも嫌いになったからじゃない。好きだから別れようと思った。
海外に行くことにした理由なんかはこっちに書いてあります。
「人生を変えたければ、付き合う人・住む場所・時間の使い方を変えろ」
有名なフレーズだけど、まさに今がこれを実行するタイミングだと思った。
この3つはすべて環境に直結していて、
人=価値観に影響を与える
場所=思考や気分を左右する
時間の使い方=人生の方向を決める
ずっと同じ場所にいたら思考も気分も変わらない。移動しようと決めた。
住んでいた家のこと
私が住んでいたのは渋谷駅そばのミヤシタパークの向かいにある渋谷キャストというところ。渋谷駅徒歩5分。よく渋谷キャストに住んでいると言うと「あそこに住める場所なんてあるの?」と聞かれた。大きなビルでとても家のようには見えない。下にはレストランやオフィスが入っていて広場があり、上の方に少しだけ住宅があるのでほとんどの人が住めることを知らない。でも、その非日常的なところを私はとても気に入っていた。

入居した頃はまだミヤシタパークも建設中でコロナに入った2020年に完成した。公園と商業施設とホテルができると聞いていたのでてっきりスポーツとかアウトドア系のブランドが入ると思っていたら、ある日いきなり自分の家の前にルイヴィトンとGUCCIとBALENCIAGAとPRADAができていた。意味がわからない。でも、おもろいと思った。家の前にハイブランドができるなんて経験ができる人なんてほんの一握りというか、ほぼいないから。

これが現れた時、興奮したなぁ!
家賃はそれなりに高かったけど、この家賃がきちんと払えるくらい頑張ろうと思って稼いで年収を増やすことができたし、結局家賃は1500万円近く払った。この数字は自分の大きな自信になった。すごいぞ!えらいぞ!がんばったね!って自分を讃えた。自分で決めてそれを貫き通せたことがうれしいって話。
入居のきっかけと拡張家族Cift
入居のきっかけはたまたまスマイルズの遠山さんやクリエイティブ系の社長との食事帰りにタクシーに乗っていた時にクリエイティブの社長が「うちおもしろいから見に来ませんか?」と誘われて見に行ったことだった。渋谷キャストの上にある家の中には世界中から集めた神様グッズが所狭しと置かれていた。キリスト教とヒンズー教とイスラム教の神様が向かい合っている。。ヒィッ。なんというセンス…。神様同士喧嘩してないといいんだけど…。まぁその人の趣味は置いておいて、その時に他の部屋の中も夜中だというのに開けて見せてくれた。鍵をかけている家もほとんどなく、部屋にいた住民もみんな「こんばんは〜」とか言って普通に対応してくれた。
聞けばCiftという拡張家族というコミュニティだという。東急株式会社が仕掛けているプロジェクトだった。家族でなくとも家族のように生きるというのがおもしろそうだったし、その時ちょうど一部屋空いて入居者を募集していたので勢いで入居してみることにした。ここは一般募集をしておらず入居者の完全紹介制なので面談なんかもあったけどなんとかクリア。
Ciftに入ったら初日から他の住民トラブルが勃発して家族会議が開かれたりとカオスなことがたくさんあった。宗教を始める人がいたりシャーマンやパーマカルチャーがどうとかの話が多くてそれを否定するつもりはないけど超合理主義の私にはようわからんわ…と思ったので加入から半年で組織を抜けた。でも家は気に入っていたのでそのまま住み続けた。
人との距離感やどういう人と付き合って住めると自分が幸せなのか、この家と組織でたくさん学ぶことができたと思う。生ごみと燃えないゴミとペットボトルを一緒に捨てる人とは家族になんかなれん。ご近所さんでも勘弁だ。病気になって稼げず家賃が払えないから助けてという人もいた。家族以前の話だ。払えないなら出ていけばいい話やんって思った。私は全く拡張家族に向いてなかった。笑
ただ、ここには本当に多様な生き方をしている人がたくさんいたので、サラリーマンで一生を終えたくない、もっと自由に生きたいと思ってフリーランスになったタイミングで入居できたのは本当に良かったと思う。尊敬&信頼ができる仲間も何人かはいて、近くに住んでいるというのは刺激がとても大きかったしこれからも仲良くしてほしい。
渋谷は案外住めます
渋谷って住めるの?という質問も本当によくされたけど、
結論:住めます
住めるし、なんならむちゃくちゃ便利すぎて困るくらい。だって家の周りにマクドナルドが4軒、ニトリ、東急ハンズ、無印、PARCO、スタバ10軒以上(行かないけど)、飲み屋も遊ぶところも死ぬほどある。電車も9路線あるし、みんな打合せやランチといえば渋谷に来てくれる。
家の周りも朝と夜は静かで人が少ない。うるさいのはワールドカップで日本の試合がある夜とかハロウィン、正月くらいかな。北関東からよくブォンブォンと大きな音の鳴る車やバイクが来るけど限られた日しか来ないのでそのくらいはもう許してる。
私が好きだったのは朝の誰もいない原宿を歩くこと。明治神宮の中にある広場で朝6時半からラジオ体操をする明治神宮おはよう体操会にも入会して代々木八幡や原宿に住むご老人たち(たぶん金持ち)と仲良くなったりも。代々木公園も近いし去年からは原宿交差点にできたハラカド地下の小杉湯に朝7時に入りに行くのが日課だった。
買い物は家の下の東急ストアと渋谷駅前の西武百貨店、東急フードショー、成城石井、北野エース、KALDI、スクランブルスクエアや青山のKINOKUNIYAに行っていたのでエンゲル係数はそれなりに高かったけど、まぁここら辺は元三越の外商・Oisixでマーケをやっていた私にとってはいい食材がたくさんでむちゃくちゃ楽しかった。たまにLIFEやオオゼキに行くとそれはそれで大興奮できるし。
渋谷カルチャー
渋谷カルチャーいえばスケボーとかいう人がいるけど、私は本当に人に迷惑をかける系のスケボー男子が心の底から嫌いだったので、夜中酔っ払って家に帰る時にはよく注意をしたし、何度も警察に通報したし、なんなら一列に並ばせて説教したこともある。(ほんと酔った私怖い…) 聞けば沖縄や栃木なんかの地方からわざわざ渋谷でスケボーをするために来たという。本当に親の顔が見て見たいわ…と、この話を知り合いにしたら「それ俺の息子かもしれないわ笑」と言われた。それからあの子たちにも親がいるのだと思ってあまりケンカをしなくなった。
渋谷といえばクラブもたくさん。私は渋谷のATOMという若者が多くいるクラブに42歳から通い始めて週2で行くくらいハマってしまった。夏と冬の年に2回クリスピードーナツをお中元お歳暮をし続けたら最終的に謎のVIP扱いをしてもらえるようになり、行列はセキュリティにごぼう抜きしてもらえて、エントランスでは免許確認も手荷物検査もされず、中に入るとドリンクが勝手に出てくる。DJのキャリア相談にも何度かのった。何より私みたいなスタッフたちに贈り物をするお客さんなんて他に全くいないとスタッフに言ってもらえることが自分がユニークな存在でありたいと思っている私にとっては最高の褒め言葉だった。にしても、40代でこんなにクラブに通うなんてね。笑
海外旅に出ようと思った理由の一つに渋谷はもう日本人より外国人の方が多いと感じるようになったことがある。3年前くらいから急激にインバウンドの波がやってきてセンター街にもスクランブル交差点にもあらゆる国籍の人が。せっかく異文化を知る機会があるのに私は日本語しか話せない。目の前にいるのにコミュニケーションが取れないジレンマを打開するのは今しかない。そんな気持ちもあって英語を学びに世界に出ることにした。海外に行ったら英語だけではなく、中国語やアラビア語、フランス語にイタリア語にスペイン語など挨拶程度だけでも話せるようになりたい。ひと言日本語で"ありがとう""おはよう"と言われるだけでもうれしかったりするじゃん?それを世界の人と言い合いたいから。
ありがとう渋谷
荷物を残して家をそのままの状態で帰って来れる場所があるようにして海外に行くこともできた。でも、そうしなかったのはもちろん冒頭に書いた環境を変えて人生を変える目的もあったけど、渋谷に満足したというのも大きいと思う。未練が全くない。大好きな気持ちはあるけれども、いつかまた住む選択肢だってあるしね。本当にたくさん遊んだし、お金も落としたし、いい友だちもたくさん作った。ありがとうで満たされるとこんなにもスッキリするのか。
この感覚は出ていくと決めなければ感じることができなかったと思う。
こう思えて本当に幸せだ。
お世話になったたくさんのみなさんにありがとうの気持ちでいっぱいだし、家はなくなっても気持ちはあるのでこれからもよろしくお願いしますね。
大好きだよ、渋谷。
バイバイ、渋谷👋

でもまだ、道玄坂の百軒店にある風俗案内所の人と仲良くなって毎日案内所に遊びに行ってたら辞める人の送別会にまで呼ばれた話とかカラオケ嫌いを克服するために円山町の92歳のママがやっているスナックに通い詰めていた話とか書きたいと思ってるから渋谷の話はまたしますからねw
家具家電から洋服まで、家財道具を全て処分した話も書かないとだ。
ほいではまた!
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