【第五章】まもるとこわす 家づくり|大手家づくり企業と戦う300日の記録|ことの解像度を上げる
いよいよ2025年も終わりですね(もしかしたら読んでくださっているころには新年かも)。皆さんは、どんな年末年始をお過ごしでしょうか?今年はどんな一年でしたか?

少しだけ私のことをお話しします。私は2021年春に、21年暮らしていた沖縄を私的な事情で離れ、実家のある神奈川県川崎市に移り住みました。そして2024年春に、夫と再婚し夫の住む家を、友人の大工さんの手を借りながらリフォーム。2024年夏からこの家で新たな家族としてのスタートを迎えました。2025年は、新しい環境に少しずつ慣れ始め、長女は高校の最終学年を迎え、次女は沖縄から越してようやく慣れた川崎の学校から、横浜の中学へ通うことになりました。2025年初頭は、新しい家族としてのコミュニケーションを探りながらも、この家で子どもたちと共に成長し、家族の場作りをしていました。

私たちがこの家に引越しをしてから数ヶ月後、隣家の建て替え工事が始まり、窓際から見える大きなショベルカーに、「息子が小さい頃なら楽しんで見ていただろうなぁ」と呑気な想像まで膨らませていたくらいです。
この連載では、隣の建て替え工事に伴うトラブルに巻き込まれている夫と私が、編集やデザインの視点に加え、生成AIを「分析ツール」として駆使し、問題に立ち向かうプロセスを公開します。
相手は大手ハウスメーカー。立場は弱い「隣人」。それでも理不尽な力から愛する家族を「まもる」ために、具体的に何をしたのか?
まだ解決していないからこそ書ける、綺麗事ではない思考と行動のプロセスをすべて公開します。
住宅トラブルに悩む方、これから家を建てる方へ。泣き寝入りせず家を守るための「実践的なノウハウ」として役立てていただければ幸いです。
今回は年末の大整理として、この問題の解像度を上げるため「序章」でお伝えしたことをもう少し深掘りしてお届けしたいと思います。序章からお読みになりたい方はこちらからぜひ。
土地の歴史に目を向ける
元々隣家とは、両親の時代からのお付き合いがありました。夫の父と隣家のお父様は、同じ会社に勤めていた経緯もあり、それぞれの両親が高齢になり、両家ともに家を受け継ぐ世代になっていました。だからこそ、空き家になったままで放置されるよりも、長く続いているご縁を大切に、この地で新たなコミュニティが育まれることを期待していました。
私たちが住む夫が受け継いだ家は、50年ほど前、東急沿線が広がると同時に開発された宅地造成地にあります。多摩丘陵と呼ばれる自然の起伏が激しいエリアでしたが、造成工事によって宅地化が進んだ山坂の多い場所です。

自宅は昭和52年(1977年)に建てられたもので、地上から2.6メートルほどの高台にありますが、新建築基準法(1981年)の法改正前だったため、斜めに勾配がつけられたブロック積みの擁壁の上に建っています。お隣もまた、同じ時期に建てられたものだったため、建て替えをするためには、新建築基準法に沿った擁壁を造成する必要がありました。
タマホーム株式会社平塚支店の営業担当と施主の方が、我が家に訪れたのは2024年夏ごろの出来事です。新築工事に伴い、これまで同じ高さにあった地盤を60センチ掘削すること、さらに新しい擁壁を作り直すために、隣接していた私たちの家の擁壁の一部を壊し、新しい壁に作り直させて欲しいと依頼されました。
後になって思い返せば、隣家との長年続く関係性ゆえの気の緩みがあったのかもしれません。どのような方法で壊し、それをどう復旧させるのか、またその時期はいつ頃なのかという情報や、書面の交わしなどが全くないまま、解体、造成工事が開始されました。やはり、親しき中にも、書面でのやり取りの大切さをここで学びました。
そして、解体開始から5ヶ月後の造成工事中2025年2月に自宅の物置が倒れました。まぁまぁ大型のものでしたので、この物置が倒れていることを発見した朝は、とても驚きました。

大手ハウスメーカーとの最初の攻防
さらに驚いたのは、我が家に訪れたタマホーム株式会社の平塚支店にことの経緯を説明した時の対応。
敷地内にある物置の転倒は、敷地管理者の責任であり、因果関係は立証されていない。
それが彼らの最初の返答でした。
因果関係が立証できないとはいえ、原因要素の一つとも捉えられる工事の影響を全く鑑みず、隣人への寄り添いの気持ちがないこと。その悲しさを支店担当者に伝えると、その場では「ひとつひとつ対処方法を相談させてほしい」と歩み寄りの姿勢を見せてくれました。
しかし、その淡い期待は翌日に裏切られます。 支店長が出てきた途端、話は「敷地管理者の責任」という主張に逆戻り。事実をSNSに掲載することは名誉毀損にあたるので弁護士をたてるといった、法的措置をちらつかせる強硬な姿勢へと一変しました。
この日を機に、夫は持病を悪化させ、精神的に病み、私が矢面に立ち、夫は戦略を考えるという役割分担が生まれました。また夫はこの頃からこの問題を「銭金の問題じゃない」と捉え、大手企業としての企業体制やあり方を疑問視していました。
編集視点での物事の捉え方
第一章でもお伝えした通り、私はこの日から施主と直接やり取りをすることに決め、問題解決の糸口をつかむために、電話やSMSを通して交渉を始めました。お隣の擁壁再設置にあたり、我が家の古い擁壁を壊す際に誤って我が家の擁壁に開けた穴を早急に直して欲しいことも伝えました。

擁壁の一部を撤去した際に開けられた隙間のような穴が約半年もの間放置されたままでした。
とても穏やかそうな方でしたので、問題はすぐに解決するであろうと思っていたのですが、交渉の最中の5月の大型連休のある日、60センチ地盤を下げたお隣との境界線沿いが奥行き約11メートル・幅約30センチほどの地盤が沈下すると同時に、造成したばかりのお隣の敷地も沈下していました。

造成業者曰く「土の締め固め」が十分でなかったと伝えられましたが、大量の雨により、擁壁に開けられたままになっている穴から土が流れ出ていることは、素人の私にでも理解できる初歩的なミスだったのではないかと感じ始めていました。
建物の解体が始まったのが9月だとすると、10月もしくは11月初旬には擁壁が壊されていたと予測できます。ようやく穴の修復がなされたのが、翌年の5月ですから、少なく見ても半年程は穴が空いたままで放置されていたと推測されます。
沈下した地盤は埋め戻しされ、穴は閉じられましたが、半年もの間、穴が放置されることにより、地盤にどんな影響が生じるのか不安になった私は、施主にもその心配ごとをお伝えしました。
ところが、隣家とのSMSから帰ってきた返答は、下記でした。
「地盤工事の内容については、横浜市の専門家による地盤のチェックや、設計、広報と工事内容の妥当性のチェックなど行政の許可をいただくことで進めています。ご懸念の点については安心いただいて良いかと思います。」
私は編集者という仕事柄のせいか、与えられた返答を鵜呑みにするのではなく、一時的に疑う癖がついているような気がします。隣家の施主による「全て行政の許可を得て進めている」という言葉は、私たちの地盤の安全を保証するものではないと思いを抱えたまま、工事の振動によって破壊された駐車場床面のモルタル剥がれや、古い擁壁を強固にするための復旧工事についてやり取りを進めました。
復旧工事についてもいくつかの疑問がありました。造成業者からは「○日から工事をさせていただいても良いか」という問い合わせは届くものの、どのように復旧するのかの提案がされておらず、その仕事の進め方にも疑問を抱いていました。また、造成業者はとても人当たりの良い方でしたが、業者を通じて施主の意見を聞くという板挟み状態にさせていたため、双方の意見が食い違うようであれば「調停」という手段を取るしかないのかもという気もちも芽生えていた頃でした。
穴の復旧、駐車場床面の修復、古い擁壁の復旧工事の目処がたった頃、造成業者の計らいで施主とお会いしたのが9月の出来事。
「自分たちの工事で、隣人同士が揉める姿を見るのはとても悲しい」
という言葉に、ものづくりの一旦を担うデザイナーとして、自分が作ったもので不和を生じさせることの悲しみを理解し、造成業者が仲介に入り施主のご夫婦とお会いすることにしました。
9月のある日、造成業者の仲介で、施主ご夫婦、私たち夫婦を交えた対面での話し合いの場を迎えることになりました。私は、問題が解決するのではという少しばかりの期待を抱いていましたが、その期待は大幅に裏切られることになりました。(続く)
【修正記録】
2026年2月17日|関係各社の名前を表記いたしました。
