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【第七章|年始号】まもるとこわす 家づくり|大手家づくり企業と戦う300日の記録|家をまもるということ。

2026年、明けましておめでとうございます。みなさまはどんな新年を迎えられましたか?

大晦日からお正月にかけて、私は毎年、年に一度の「お節づくり」をし、ハレの日の料理を、沖縄の大好きな木漆工作家のお重に収めて楽しむのが恒例行事でした。私自身は特段料理が上手いわけではありませんが、伊達巻や昆布締め、えびのうま煮など、出来合いのものを買うのではなく1年に一つずつ作れる品を増やしていくという、密かな自分の楽しみでもありました。

沖縄の木漆工作家の工房を訪れて買った「お重」。つくり手の思いに触れ購入したもの。

根を育むもの

おそらくそれは、私の幼少期の思い出に所以するのかもしれません。私の祖母は正月に自前で懐石料理を作り振る舞うほどの料理好き、かつ勉強熱心な女性でした。還暦を過ぎて茶道の裏千家の師範免許を取得し、着付け、茶道の作法、料理の仕方などを孫にも体験させることで、楽しみを教える達人だったように感じます。インターネットがまだない時代に、ほぼ文字だらけが並ぶ料理本や茶道の本を読み解き、実践してきた亡き祖母を、私は今でも尊敬しています。

お正月というのは「家」や「家族」の大切さや在り方を改めて認識する時間ともいえます。私が21年間暮らした沖縄では、「家」が続くことへの意識が根強く残っています。先祖への感謝や思いを大切にする文化の中で、「今」は過去から未来へと続く一つの点であり、今の行ないが未来の結果につながると、私は解釈しています。これに加え、「ゆいまーる」という言葉に代表される人と人の繋がりを大切にする文化の中で暮らしを育めたことは、私にとって大切な宝です。

この連載では、隣の建て替え工事に伴うトラブルに巻き込まれている夫と私が、編集やデザインの視点に加え、生成AIを「分析ツール」として駆使し、問題に立ち向かうプロセスを公開します。
相手は大手ハウスメーカー。立場は弱い「隣人」。それでも理不尽な力から愛する家族を「まもる」ために、具体的に何をしたのか?

まだ解決していないからこそ書ける、綺麗事ではない思考と行動のプロセスをすべて公開します。

住宅トラブルに悩む方、これから家を建てる方へ。泣き寝入りせず家を守るための「実践的なノウハウ」として役立てていただければ幸いです。

『まもるとこわす 家づくり』

今回は2026年の最初の号。今回は「家」や「家づくり」について考える回にしたいと思います。序章からお読みになりたい方は下記のリンクからぜひ。


家をつくること、まもること

前回の章でお伝えした私たちの疑問について、振り返りたいと思います。

施主のご夫婦はおそらく私たちよりも少し上のご年齢で、ご夫婦おふたりのご家族。同じようにご両親の代から受け継いだ土地をまもるために、自身災害などにも耐えうる新しい擁壁で、新たな住まいをつくり、穏やかな老後の時間を過ごしたいと願っているはずです。

一生に一度の家づくりは、希望や夢と費用バランスが難しいもの

家づくりの大変さは、私たちも一昨年のリフォーム時に痛感しました。たくさんの憧れや夢が膨らむ一方で、限られた予算、あと何年働くかという人生設計と資金計画、希望と予算の現実的なすり合わせ...。短い期間で間取り、外構、内装、設備などを一つ一つ吟味していくことは、まさに一生一度の一大プロジェクトです。

それなりの予算をかけて行なうプロジェクトの頼みの綱は、ハウスメーカーや施工業者などのプロの意見。素人だからこそ「プロに頼る」という行為は決して間違いではなく、それこそが「指針」であったのだろうと、考えました。

施主との面談で感じた違和感

9月後半に造成業者を交えた施主との面談後、夫は施主ご夫婦の違和感を察知していました。なぜなら、私たちが施主の座る後の壁に発生した隙間について話した時、ご夫婦は後を振り返り、見ようとさえしなかったからです。その行動からは、新たな問題点が出ていることを認めると、さらに補修金額がかさんでしまうことを恐れているようにも感じました。また、交渉時に話すことや注意点について、誰かにアドバイスをされているのではないかとも感じました。

その予想は、後日造成業者との電話で確信に変わることに。

造成業者は、擁壁に開けた穴について「あんなに土が流れるとは思わなかった」と、施工時のミスを認めつつ「雨によって流れた水は、地中にどのような水の道をつくっているかはわからない」と話されたと同時に、「本来の復旧予算の二倍の金額を施主が支払っている」事実を教えてくれたからです。

この言葉から「なぜその費用を施主が支払う必要があったのか?」という疑問が生まれました。私も会社を運営していく中で、いくつもの失敗を重ねてきました。人は失敗する生き物ですし、その失敗から学び成長することもできます。自分の失敗や責任を認め、償い、信頼関係を築く。それがビジネスの基本だと思っているからです。それなのに、なぜ業者は自分たちのミスを棚に上げて、施主にその費用を請求するのか。
もし、施主に計画外の金額的な負担が強いられているのであれば、これ以上不具合について触れられたくない…と思うのは、防衛本能からかもしれないと、考えました。

また、今回の場合でいえば、新たな擁壁をつくるために、私たちの擁壁を撤去する必要性があるなら、下記の対応をするのが、プロとしてあるべき姿と考えました。

⚫︎設計者の責任

  • 古い擁壁を撤去することによる影響の検討や安全対策

  • 復旧方法に要するる現実的な見積もり

  • 分離業者の連携を図る指揮管理

  • 施主への適切な指導やアドバイス

⚫︎施工者の責任

  • 誤って開けてしまった穴の責任を認めること

  • 自社および先行業者のミスについて即座に対応策を図る

  • 施主ではなく業者のミスであれば施主や関係者への報告

  • 責任に応じた保証金額の検討

さらに法的解釈でいえば、施主の直接発注による責任のリスクは「素人だから」「知らなかった」という言い訳が通用しないということも学びました。

1. 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。

民法第717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)抜粋

この法律は「施主」だけではなく、家を持つ私たちにも同様に当てはまる、家主としての厳格な責任です。

今回の場合に当てはめるなら、「物置の倒れた原因が故意ではなかったとしても、それによって生じた責任は家の持ち主(私たち)にある」と同時に、原因が工事にあるのであれば、その責任は業者だけでなく、施主にもあると捉えることができます。

また、「家をつくる」ということは、その時点だけの問題ではなく、数年後または数十年後にその影響が徐々に表れてくるもの。建築診断協会の理事からは、建築後数年〜数十年を経てから住宅の不具合が発覚し、素人には原因究明が難しい係争案件(設計図面と仕上がりの相違、異なる建材の使用など)があることを伺いました。
この話を聞き、今この時点で、問題の真の原因を究明し解決することこそが、将来の世代に確かな「家」を残すものの責任であり、親として当然果たすべき使命であると感じました。

「家」の役割を考える

さて、みなさんは「家」についてどんな思いを抱いていらっしゃいますか?実家に帰るたびに、幼い頃に遊んだ場所や、変わらない実家の風景に、どこか心がホッとします。なぜならそこには「景色」だけでなく「人のつながり」があるから。同郷であることの絆の強さは、沖縄に暮らしていた21年の間に身に染みて感じました。大切な思い出を育んだ故郷だからこそ、守りたいという思いが芽生えるのだと思います。

家や家族という単体が「地域」となり「町」となる。そしてその小さな意識が自分たちの故郷の景色をつくっていく。そんな風に、時間軸だけでなく横のつながりを意識してみると「家」の持つ役割はとても大きなものだと感じさせられます。
私の家族は、毎年1月3日に母や妹そしてその家族たちと、年始のお食事会を開いています。

昨年正月の家族の集まり。私はまたお重いっぱいの唐揚げ担当です。そして意外と楽しい福笑い。

少しずつ大きくなっていく甥っ子たちの成長を見ることや、最近のこと、そしてこれからのことを話す時間が本当にありがたく幸せだと感じます。
そして、家族とともに過ごす温かい時間は、安心できる家があるということが大前提。ぜひ、お正月に「家」について考えるきっかけを持てたらと思います。皆様もどうぞよいお正月を。

そして、私たちはいよいよこの問題の最大の局面を迎えます。この小さな声が届くよう、シェアやスキで応援をお願いします。

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