SNSの文字制作カルチャーは、なぜ「作字」を名乗ったのか
みなさんは作字というコンテンツをご存知でしょうか。
作字とは、図形や色彩を組み合わせてオリジナルの文字を制作する創作活動の一種です。それはそれは楽しいコンテンツで、SNSでは毎日のように作家たちがわいわい盛り上がっています。
①「作字」にまつわる言葉のズレ
と、作字を紹介しておいてなんですけど、少し前にちょっとした騒動がありました。発端は、とある団体のこんな説明です。
「作字って知っていますか?フォントではなく、一文字一文字デザインして作られた“文字”のこと。」
この一文に対して、印刷業界に関わる方々からは、かなり強い反論の声が上がりました。
なぜなら「作字」という言葉は、もともと印刷業界でフォント制作に関わる用語として使われてきた背景があるためです。
「フォントではなく」と原義を外したうえで、「一文字一文字デザインして作られた文字」として定義されている点に違和感が示されたという流れになります。
うーん、このあたりは案の定というか、色々ツッコミが入るのは自然な展開だった気がしますね~~
とはいえ現在、「作字」という同じ言葉が、異なる文化圏で別々の意味を持ったまま使われているわけです。今回の騒動は、そのズレが表面化した出来事だったように思います。
ただ、個人的には、この話を単なる「誤用」や「世代間対立」で片付けるのは少し違う気がしました。というのも、ここで起きているのって、言葉の意味が別の文化へ移動しながら変化していく過程そのものに見えるんですよね。
現代語でも、別の場所で使われていた言葉が、新しい意味をまとって定着していくことがありますよね。今回の「作字」も、それに近い現象なのではないか?そんなことを考え始めたのが、この記事を書くきっかけでした。
というわけで今回は、「どちらが正しいか」を決める話ではなく、「なぜ『作字』という言葉が、印刷業界の専門用語からSNSの表現文化へと接続されたのか」という点を、自分なりに整理してみようと思います。

②組版作字と表現作字
まず前提整理です。
ここまで「作字」という言葉をかなりフワッと使ってきましたが、実際には大きく二つの意味で使われています。
1.印刷現場における「作字」(以下、組版作字)
2.文字表現としての「作字」(以下、表現作字)
今回の騒動は、この二つの意味が同じ言葉の上で衝突したことで起きたんですよね。辞書を引いてみるとこんな説明が載っています。
・「印刷で、必要とする活字がないときに、既存の活字の部分を合成したり削ったりして新しい活字を作ること。また、その作った活字。」
・「パソコンなどで、内蔵・登録されていない字体を作ることにもいう。」
前者は完全に組版作字ですね。一方、後者はかなり広い定義で、表現作字も一応含められそうです。
ここで重要なのは「辞書に載ったから正しい/間違い」という話ではなく、既に「作字」という言葉自体の意味が拡張され始めているという点です。
そしてその変化を追っていくと、単なる誤用というより、「別の文脈へ移動する中で、少しずつ意味が変わっていった言葉」として見えてくるんですよね。

③表現作字はどこから来たのか
では本題です。
そもそも、なぜ「作字」という言葉が、創作ジャンルの名前として使われるようになったのでしょうか。
以前の私は、「SNSの中で自然発生した呼び名」くらいの認識でした。ただ、過去の投稿や書籍を遡っていくと、それだけでは説明しきれない連続性が見えてきます。
少なくとも私が確認できた範囲では、
①印刷・組版業界の「作字」
②商業デザインでの「作字」
③SNSの自主制作文化としての「作字」
という流れで、少しずつ意味を広げてきたように見えます。もちろん、これはあくまで自分が追えた範囲の話なので、ミスリードや別ルートの流れも全然あると思います。

印刷・組版業界の作字
まず原点としての「作字」です。
これは前章でも触れた通り、印刷・組版の現場で使われてきた専門用語で、必要な活字が存在しない場合に、既存の文字を加工・合成して新しい文字を作ることを指します。
個人的には、この「既存に存在しない文字を作る」というニュアンスが、後の意味の広がりに影響を与えていたように感じています。
商業デザイン文脈での作字
Web上で辿れる範囲では、2010年代前半頃には既に「作字」という語が、組版領域の外側(主にロゴ制作・文字デザイン周辺)でも使われ始めている形跡が確認できます。
例として挙げられるものの一つが、2014年に頒布された同人誌『作字手帖β』です。ここではロゴ制作の工程やテクニックが紹介されていて、現在の表現作字に近い文字表現も多く載っています。

ただ、この時点ではまだ「ジャンルや作品そのもの」を指して「作字」と呼んでいるわけではありません。使われ方としては、
・成果物・ジャンル=ロゴ
・その制作行為=作字
という形で、「ロゴ制作のプロセスを指す言葉」としてのみ使われているんですね。
同時期、グラフィックデザインやWebデザインを扱う専門メディアであるMdN社の記事の中にも、「作品世界に合わせた作字と手書きロゴ」という表現が見られます。
さらにX上を2011〜2014年頃まで遡ると、「ロゴを加工する」「文字を独自にデザインする」といった意味で「作字」が使われている例も確認できます。
ただ、この時点ではまだ現在のような「SNSの創作ジャンル」としての作字はほとんど見られません。使われ方としては、あくまで商業デザインや実務文脈の中で、「文字を制作する行為」を指す言葉に近い状態です。
個人的には「作字」という言葉が、印刷業界の内部用語から、距離の近いデザイン実務の現場へと広がっていったのではないかと考えています。
少なくとも自分にはそうした連続性があるように見えました。組版作字の「既存にない文字を作る」というニュアンスが取り出されて、デザイン実務で自然に転用されたとしても、それほど不自然ではないように思います。
SNS創作文化としての作字へ
ではなぜ、「作字」がそのままSNSの創作ジャンル名として残ったのでしょうか。
前提として、2014年前後から、SNS上では「自主制作としての文字表現」が徐々に現れ始めます。ロゴ制作や商業案件とは別に、個人の表現として文字をデザインする動きですね。
ここで面白いのは、「作字」という言葉の役割が変化していることです。
商業デザインの文脈では、「ロゴ=成果物」「作字=制作行為」というように、ある程度整理されていました。ところがSNSの文脈に入ると、この分離が少しずつ崩れていきます。
ここから「作字をする」という行為だけではなく、「この作字好き」「作字クリエイター」という用法も、SNS上ではより強く定着していったんですね。結果として、
・成果物・ジャンル=作字
・その制作行為=作字
というように、制作行為だけでなく、成果物やジャンル全体まで含めて「作字」と呼ぶ使われ方が、SNS上では広がっていったということです。
ではなぜ、そんなことが起きたのでしょうか。

④既存語では説明できないSNSの作字文化
ここで重要になってくるのが、「既存のデザイン用語では、この文化をうまく整理しきれなかった」という点です。
実際、文字表現に関わる領域には、タイポグラフィ、ロゴデザイン、レタリング、グラフィティなど、異なる前提を持つ複数の用語が既に存在していました。
ただ、それぞれが持っている前提は少しずつ異なっています。タイポグラフィは情報設計寄りで、ロゴデザインは用途や機能を前提とし、レタリングは技術的な描写や職人的な側面が強く、グラフィティは文化的背景が別にあります。
一方、SNS上の文字表現は、どれか一つの枠にきれいに収まるというより、それらの要素を少しずつ横断するような形で成立しています。
タイポグラフィ的な要素を持つものもあれば、ロゴ的に見えるものもあり、レタリングに近いものもあります。そのため、一つの基準だけで全ての作品を説明するのが非常に難しいのです。
例えば、「文字なのか図形なのか曖昧な表現」や、「読みやすさよりもビジュアルとしての印象が優先される作品」など、既存の分類では扱いづらいものも多く見られます。
こうした状況の中で、既に「文字を作る行為」を指して使われていた「作字」という言葉が、その曖昧さごと受け止める形で用いられていくようになったように感じます。
つまり、SNSにおける「作字」という言葉は、「既存の分類体系から少しずつはみ出してしまった文字表現」をまとめて呼ぶためのラベルとして機能していた、という構造として整理できそうです。

まとめ
ここまで見てきたように、「作字」という言葉の変化は、単なる誤用や意味のズレというより、異なる文脈をまたぎながら少しずつ対象を変えていった結果として捉えることができそうです。
そして現在では、その用法自体がSNS上の創作文化と強く結びつきながら、ひとつのジャンル名としてかなり広く定着しています。
一方で、もともと「作字」という言葉が、印刷・組版の現場で培われてきた専門用語である以上、現在SNSで広く使われている意味に対して、違和感や複雑さを感じる方がいるのも自然なことだと思います。
ただ、一度カルチャーとして広がった言葉の使われ方は、基本的には元に戻るものではありません。そのため、「別の呼び名へ整理し直すべきなのか」という話も含めて、今後どうなっていくのかはなかなか難しい部分があるように感じています。
だからこそ、「どちらが正しいか」を単純に決めるというより、それぞれの文脈や歴史の違いを踏まえながら、「同じ言葉が別の場所で別の意味を持つようになっていった」という経緯そのものを共有していくことが大事なのかもしれません。
少なくとも今回の記事が、「作字」という言葉の背景にある流れを考える、小さなきっかけの一つになれば嬉しいです。作字最高!!

