商業出版したあと、初めて会う女性2人と新宿の朝を迎えた理由。
新宿に湘南の波がある理由。
早すぎる女性、遅刻する女性。そして、着ぐるみ。
新宿に降り立つと、そこに湘南の波はなかった。
土曜日の新宿。前日から雪予報が出ていた。
思わず、「寒い」とつぶやく。
そういえば、学生の頃。
「湘南に行くと、いい波があるよ」
そんなふうに誘われたが、行かなかった。
当時の私は、
「絵を描きたい」と、渋谷の片隅でひたすら絵を描いていた。
家に帰っても、Macを開いて、また何かを作っていた。
あの頃は、そうやって決めていた。
人生はチャンスが満ちていると思っていた。
翌年、湘南の誘いは、もうなかった。
そして、二十一歳のとき、うつになった。
人生は終わったと思った。
それでも月日は流れ、
四十代になったとき
名前を、『よりみち』として
商業出版
【発達障害のよりみちが、それでも生きる理由。】
を出すことになった。
人生は、わからない。
2026年2月の、新宿の朝。
普段とちがって朝食を取らずに、
厚着をして家を出て、
少し早めに着いたカフェの扉を開く。
新宿のオシャレなカフェ。
店内にはパンが並び、思わず見入ってしまう。
そして、幕は上がる。
その女性は、四十五分前に到着していた。
名を、卯岡若菜。
一方、
宮崎から来たホリミホは、
東京では珍しい雪の影響で、少し遅れていた。
店内では、店員さんがにこやかに対応している。
そのなかで、まだ会ったことのない三人が、会おうとしている。
「私、列の先頭にいます。どこですか?」
卯岡さんのDM

「三番目です!」
私が返す。
「えっ、いるの?」
もう、そこにいた。

そして

三人の接点。
特に、よりみちはない。
「ボールペンの中に、鉛筆はありますか?」
と聞かれても、ないものは、なかった。
共通の目的があるとすれば、
何かのご縁を拾い集めながら歩いている、
旅人であることだけ。
それでも、ここ最近、
私のまわりは、なぜか賑やかだ。
その日、
戸田恵梨香のドラマを見ていた。
すると、賑やかな人から
「よりみちさん、ミホさんに会ってみるといいよ」
という声が届いた。
その言葉は、心にすとんと落ちた。
ドラマの音が、聞こえなくなった。
素直さという美徳
これは自慢していいと思っている
を持つ私は、
スケジュールを見て、
「会えそうだな」と思い、そのまま会うことにした。
素直さというものを、
持てるようになった今だから思う。
以前の私は、
こだわりの強さで、人とのコミュニケーションを
どこかで拒んでいた。
こうしたご縁が重なっていくなかで、
私は、素直でいたいと願うようになった。
考えすぎる前に、
心の針が向くほうへ、
少しだけ従ってみる。
そんな選び方が、
できるようになってきた。

会った瞬間、
慣れた友だちが集まり、
ポーカーのカードを配り、切っていくように、
会話が自然と弾みはじめた。

夢中に会話した。
この会話は記事にはできない。

記事にしたら
その絵の具が薄まるから。
そして…
「あの……お時間です」
店員さんの声で、
ふと現実に戻る。
まわりを見渡して、はっとした。
誰もいない。
話し込んでいて、気がつかなかった。
そこにいたのは、
私たち三人だけだった。
「また会う日まで」
歌のフレーズのように告げて、
三人はそれぞれの舞台へ戻っていった。
書いたからといって、
完成したわけではなかった。
新しい話を書くために、
人に会い、刺激をもらう。
今は、笑顔しか返せないときもあるけれど。

帰り際の新宿駅。
ホリさんが書籍を購入してくれた。

雪の降る新宿駅で、サインをする。

ふと、
遠くでうつむく青年が見えた。
二十一歳の、私だ。
私は、そっと笑顔を送る。
安心してほしい。
人生は終わらなかった。
今、私は、新宿に立っている。
遠い昔のあの学生。
一歩を踏み出せなかった私も、
相変わらず、よりみちをしながら、
いろいろな人とのご縁のなかで、生きている。
新宿に、湘南の波はなかった。
それでも、
この朝、確かに、波は立っていた。
