京都の時間、東京の時間(万城目学と京都の怖さ)
しばらく京都に滞在してから、ミャンマーに帰ってきたせいであろうか?
それとも、京都で購入した本を、わざわざミャンマーに持ってきて、その本が机の上にあるために、本を見るたびに、京都を思い浮かべるからであろうか。
最近、無性に京都が恋しくなってきました。
私、桐島は、東京にあるいわゆる男子中高一貫の進学校に通っていました。
6年間、それなりに勉強して、浪人する人も多いのですが、みんなかなり勉強していました。
そんな、東京は、情報も多く、人々の歩くスピードも速く、スーツを着たサラリーマンが多く、社会人との距離が近い。当たり前のことです。
何となく、せわしない。
京都で過ごした4年間は、時間がゆったりと流れました。
京都市内の高低差のない鴨川のように、ゆったりと、流れていないようで流れているという感じで、ゆったりと流れました。

ゆったりと時間が流れるということは、気づけば、あっという間に4年が経っていたということです。
体力があり、覇気があり、野望がある、若い人にとっては、きっと、京都は物足りないのでしょう。
万城目学
万城目学さんという作家がいます。
2006年に鴨川ホルモーが出版され、2009年に映画化されました。
京都を舞台にした青春ファンタジー小説という新たなジャンルを築きました。

私が、大学生の時に、万城目さんは、確かアエラかなんかの記事に、こんな内容のことを書いていました。
僕が大学生活を送った京都です。きわめて完成された学生街で、本当に居心地がいい。友達は徒歩圏内に住んでいて、モラトリアムが充溢していて、学生は馬鹿げた事件ばかり起こして。多感な時期に地方でひとり暮らしをして、周囲と距離を保ちながら孤独と付き合うことで、自分の中に大きな柱ができたと思います。半面、「ここにいたら本当にダメになる」とも感じました。
私も、京都で3年が経過したあたりから、「ここにずっといたら本当にダメ人間になる」と恐怖を感じていました。
京都の怖さ
京都の怖さだ!!!
京都は、ぬるっと、人を包み込む「ぬらりひょん」のような掴みどころのない怖さがあります。学生にとって変に居心地がいいのです。
京都の内情に踏み込んでいかず、学生というお客さん的な立場だと、京都に包み込まれるという感覚を抱いてしまいます。
私は、自分を律することができない、典型的な「自分に甘い人間」なので、社会人になってから、再度、東京に戻って正解でした!
京都に残れるほどの意志の強さや、京都の内情に入りこもうとする大人の決心のようなものはありませんでした。
少し話が飛びますが、今、京都が懐かしくなるわけは、学生時代に慣れ親しんだ万城目学さんが、再度、京都を舞台にした本を出版してくれて、タイムワープしたような気持ちになるのも、理由の一つでしょう。
「八月の御所グラウンド」と「六月のぶりぶりぎっちょう」
時をまたぐファンタジーの要素が盛り込まれた「八月の御所グラウンド」と「六月のぶりぶりぎっちょう」の2冊が、2023年と2024年に出版されました。
「鴨川ホルモー」と、「ホルモー六景」が、2006年と2007年に出版されてから、17年の時をまたいでいます。
京都を舞台にした小説がこうやって時をまたいで出版される。
この事実こそが、ファンタジーです。

東京は、若くて、体力・エネルギーに満ち溢れていて、覇気があり、野望がある人には良いと思います。
でも、あまりに忙しすぎて、物事をじっくり考えるのには向かない場所です。
京都の時間の流れはゆったりで、東京の時間の流れはささっとしています。
京都の時間の流れと、東京の時間の流れについて、
これ以上、思考が深まらないと思っていたところ、
なんと、万城目学さん以外に、学生時代から慣れ親しんでいる、phaさんが大事なことを教えてくれました。
日本一有名なニートのphaさんは、私が住んでいた寮の先輩にあたるような寮で、学生時代を過ごし、その寮体験で、人生が変わった人です。
次回、ゆったり、phaさんから得た気づきを紹介します!
