【挿絵小説】タックスキングダム 第二章
1 スリーピースバンド
「兄貴、法人成りについて教えてくれ」
現実世界に戻った俺は早速、兄の桜太郎にレクチャーを求めた。無論、魔霊界で設立したばかりの魔法法人たる召喚獣・エンタープライズの運営のためだ。
魔霊界における魔法制度は現実世界の法律、特に税法制度と裏付けが酷似しており、その理解が大いに役に立つと考えた訳だが、いきなり知恵熱を帯びた俺の急変ぶりに兄貴は戸惑いを隠せない様子である。
「いきなり何だ、澪桜。お前、頭でも打ったのか?」
「いいから、この俺にでも分かるように説明してくれよ」
じれる俺に兄貴は首を傾げつつ、本質からズバリと切り込んだ。
「澪桜、〈人〉って何か分かるか?」
「生き物だろう」
「それは一般の解釈だ。法的には権利義務の主体を指す。〈法〉によって〈人〉と同じような資格が認められるから〈法人〉だ」
「そこなんだよ兄貴。法人格を一定の目的を持つモノに対して与える訳だよな。それって人間の集まりじゃなくてもいいのか?」
「あぁ、財産でもいい。その場合、社団でなく財団と呼ばれるがな」
そこから兄貴は俺に法人の概念を説いた後、個人にかかる所得税との違いについて説明した。特に株式会社の設立――いわゆる法人成りについては、必要な届出、累進税率からほぼ一律の実効税率になる点、十年の繰欠、役員報酬の損金計上などかなり幅広くレクチャーを受けた。
一度、火がつくと止まらないのが俺だ。エンタープライズの運営にまつわる知識を乾いた砂が水を吸うように理解していった。
魔霊界に首ったけの俺だが、バンド活動の方も進行中である。懸案事項だったボーカルの目処が立ったのだ。
言わずもがな、サクラだ。ダメ元で声をかけたのだが、快く受けてくれた。和馬など感極まって涙まで浮かべたほどである。
「これでスリーピースバンドが組める」
もっともこれには狙いがある。どうもこちら側の世界で復活しつつある魔王は、ミュージシャン絡みらしいのだ。
「そんな事、あり得るのか?」
首を傾げる俺だが、サクラは本気だ。その在処を探るには、実際にバンド活動をするのが一番だという訳である。
「バンド名は、どうする?」
和馬の問いに俺は「また名付けか」と唸った挙句、閃いた名前を告げた。
「タークス、とかどうだ?」
「何それ、税金のタックスをもじってるの?」
苦笑する和馬に俺はうなずく。多分、皆が反対するだろうと予測し、半分ウケ狙いでつけたのだが、意外にも語感がいいとかで通ってしまった。
――おいおい、本当にこんなんで大丈夫なのか?
やや不安を覚える俺だったが、まずはスタートだ。半ば素人で作ったバンドである。徐々に進めていこうと大した期待はしていなかったのだが、その思いは初めの音合わせで見事に吹き飛んだ。
サクラのボーカルが驚くほど綺麗にハマったのだ。普段から呪文を誦じているのもあるのだろうが、それを差し引いてもなかなかの歌いっぷりである。

「サクラさん。凄いっ!」
驚く和馬に「えー私、分かんない」と例の猫をかぶったぶりっ子キャラを演じている。
一方で俺は密かな野心を燃え上がらせた。
――案外、これで食っていけるんじゃねぇか。
無論、学生の本分は学業であり、さらに課外活動は剣道がメインなのだが、それでも開けつつあるロックへの道に期待は膨らむばかりである。
そんな中、何を思ったか和馬がカバンから一枚のリーフレットを取り出し、皆に見せた。
「ショッピングモールの音楽フェス?」
覗き込む俺に和馬が捲し立てる。
「そうなんだ。今ならまだステージ募集が間に合う。これに皆で出よう!」
「おいちょっと待てよ和馬、確かにロックバンド・タークスは発足したが、まだツギハギだらけの未熟バンドだぜ。そもそもこのイベント、来週じゃねぇか」
「大丈夫。やろう!」
すっかり舞い上がった和馬に俺は呆れている。ただ、その一方でいよいよバンド活動を本格化出来ることに興奮を覚えたのも事実だ。
――剣道に魔霊界にバンド活動、ここは一気呵成にいってみるか。
俺は苦笑しつつ、サクラとともに和馬の提案に同意した。
「つまり、その音楽フェスで魔王出現の痕跡を探る、と」
帰宅後、携帯で連絡を入れる俺をジャックが問いただす。俺はベッドに腰掛け説明した。
「まぁな。エンタープライズの召喚獣化にあたって魔法局の登記も済んだし、徴収局に必要な手続きも進行中だ。設立届にブルー申請、サラリー開設届に納特申請……魔霊界でこれだけ動けば、こっちの現実世界でもマークされるだろう?」
「そこで獣主のサクラに歌わせ、向こうから動くように仕向ける作戦ですね。いいと思いますよ。僕の方も当日、観客席から監視しておきましょう。ただこれだけは言っておきます。くれぐれもサクラには、気をつけて」
圧のこもる声で念を押すジャックに、俺は逆に問いただした。
「なぁジャック。お前ら一体、何があったんだよ?」
「何もありませんよ。些細なことです。彼女にとってはね。では」
それだけ言い残すや、ジャックは一方的に通話を切った。
――相変わらず謎の多い奴らだ。
俺は素性を明かしたがらないジャックやサクラを不審に感じつつ、スマホを充電器に差し込むやベッドに横たわった。
ちなみに剣道部仲間の剛にも声をかけたのだが、その日は「彼女とデート」と実にツレない。
――ふんっ。所詮、友情なんてそんなもんさ。
俺は憤りを覚えつつ、天井を眺めながら今後の人生の展望に思いを馳せた。勉学や税務について食わず嫌いを見せていた俺だが、エンタープライズを通じ、新鮮味を持って学ぶ癖がついたことは大きな変化だ。
俺は将来に繋がる大きな潮流らしきものを感じつつ、いつしか眠りについた。
どれほどの時間が経過しただろう。眠りの中にいた俺は、はたと目を覚ました。
「何だ、今のはっ!?」
額にビッシリかいた汗を拭いながら、俺は高鳴る胸を抑える。そこで場所が自分の部屋であることを確認し、ほっと安堵のため息をついた。
――夢、か……。
それは、音楽フェスで爆弾テロが起き、一帯が火に包まれ血の海と化すという、まさに悪夢である。だが、ただの夢で片付けるには、あまりにリアル過ぎた。
――何かの前触れを察知したのかもしれない。
そう感じた俺は、深夜にも関わらずスマホを取った。連絡先は、サクラですぐに通話が繋がった。声を出そうとした俺だが、サクラが先だった。
「澪桜、お前もか?!」
サクラの緊迫した声に、俺も問い返す。
「と言うことはサクラ。お前もなんだな?」
「あぁ、おそらくこれは魔霊界の同志が送ってくれた予知夢だ。このままでは大変なことになるぞ」
事態の深刻さを共有した俺達は急遽、突貫ながらも事前の策を練った。とにかく事態を現実世界から魔霊界に止める――それが双方の共通認識である。
「澪桜。万全な策ではないが、ないよりはマシだろう」
「同感だ。お互い気をつけよう」
そう語り合った後、通話を切った俺は頭を押さえつつ、独り言を吐いた。
「どうやら開ける未来は、綺麗事だけではないらしい」
2 作戦開始
「いよいよロックバンド・タークスの始動だ。緊張するよ」
ステージの裏側で和馬が武者震いを見せる中、俺はサクラとうなずき合う。
――対魔王テロ防止作戦、発動だ。
概要はこうだ。ジャックが観客席で待機する。俺とサクラがステージ上からテロ犯と思しき人物を見つけ出し、伝達する。その手段として使うのが歌詞だ。
マス目で区切った会場の場所に応じ、それぞれに割り当てた歌詞を歌うことでジャックに伝え、テロ犯を摘発させるのである。
――果たして目論見通りにいくか……。
不安と緊張が入り乱れる中、遂に俺達の出番が来た。すでに会場のボルテージは、最高潮だ。熱気溢れる中、ステージに登場した俺達は有無を言わさず演奏を始めた。
ギターで曲を追いつつ、観客席に目を走らせる離れ業を演じる俺だが、ふと奇妙な動きを見せる男性に気がついた。
顔をフードで隠し、明らかに挙動不審である。
――サクラっ!
目配せを送る俺にサクラは、うなずき歌詞を変えた。どうやら上手く伝わったようである。あとはジャック次第である。
――頼む。ジャックっ!
心の中で祈る俺だが、そこは如才ないジャックだ。観客席の人混みを掻き分け、何かを起動させようとする不審人物に飛びつき押し倒した。
だが若干、間に合わない。完全にではないものの、不審人物は手に持つ起動装置らしきものの一部を作動させた。その瞬間、凄まじい轟音が響いた。
「テロだっ!」
誰かの掛け声をキッカケに会場がカオスと化す。その混乱に乗じ、不審人物がジャックを振り切って逃げ始めた。

――逃すかっ!
折角のデビューをぶち壊しにされ怒り心頭の俺は、ステージから飛び降りる。ジャック、サクラと不審人物を包囲し、逃げ道を断った上で吠えた。
「もう逃げられないぜ、魔王の手先!」
だが、不審人物はなおも脱出を試みる。それを阻止すべく、俺達は三人がかりで取り押さえた。
「観念しろ」
俺は不審人物を抑えこみながら、顔を隠すフードをひん剥いた。そこで晒された顔を見て思わず声を上げた。
「お前は剛っ!?」
なんとテロ犯は、剣道部仲間の剛だった。愕然とする俺に剛は、吐き捨てるように言った。
「ふん。魔王は復活した。せいぜい今のうちに楽しんでおくんだな」
その後、会場の混乱が収まり警察が駆けつける中、俺は連行されていく剛の背中を呆然と見送った。
「どうやら魔王一派の影響力は、僕らの近辺にまで及んでいるようですね」
俺に語りかけるのは、ジャックだ。ちなみに和馬は運悪く爆発の影響を受け、病院に運ばれている。ただ、大事には至っていないようである。
「まぁ、この程度で済んだのは不幸中の幸いか」
安堵のため息にくれる俺に同調するのは、サクラだ。ちなみにこのテロ事件は、あっという間にネットに晒され、会場のザル警備がプチ炎上となっている。
厄介なのは、テロ犯を取り押さえた俺達がヒーローとなってしまったことだ。それもボーカルのサクラによる歌声と共にである。
すでに俺達タークスの動画投稿サイトには、凄まじい量のアクセスが殺到している。俺達は望む望まないに関わらず、たった一日でメジャーに上りつめてしまった。
――何と言うか……意図せず、人生が動き出してしまったな。
警察の事情聴取と親からの詰問から解放された俺は部屋のベッドに転がり、時代のうねりに飲まれつつある己の環境を振り返っている。
不意に兄貴に教えられた電通の有名な〈鬼十訓〉が脳裏をよぎった。
――周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる、か……。
今、俺達タークスは、このソーシャルメディア全盛時代において大衆を引きずり回す位置にある。
以前と違い、組織でなく個人でもメディアを持てる時代だ。やりようによっては、いくらでも世間の耳目をかき集めることが出来よう。
だが、それは炎上と隣り合わせの諸刃の剣でもある。当然、摩擦も生ずる。
「果たして、この俺に出来るかどうか」
ちなみに先に記した鬼十訓は、摩擦を進歩の母と捉え、卑屈未練になるなかれと説いている。俺は複雑な心境のまま「まぁ、なんとかなるか」と達観し、深く考えることをやめた。
3 ゴーイングコンサーン
インターハイが迫っている。剣道部に属する俺は、例年にない熱気を感じている。
一つはジャックの参入だ。底知れぬ実力を持つだけに、団体戦でもどこまでいけるか期待は高い。
もう一つは俺に浴びせられる視線だ。テロ事件を通じ、全国区となってしまった俺に対戦校の部員も意識せざるを得ない。
「調子が狂うよ」
練習を終え着替えながらぼやく俺に同情を示すのは、ジャックだ。
「いいじゃないですか。注目されてナンボですよ」
「お前は、それでいいかもしれんがな。俺はやりにくいことこの上なしだ」
「そうですか? 僕には君がまんざらでもなさそうに見えますが」
冷やかすジャックを俺はジトっと睨みつつ、かつて部活仲間だった剛について考えた。
聞くところによれば、かなり大規模な組織的関与が疑われるらしい。その背後では当然、魔霊界の魔王とも繋がるのである。
――魔王か……。
俺はまだ見ぬ強敵に脅威を覚えつつ、それに対抗する手段が育ちつつあることを実感している。
言わずもがな、魔霊界に設立した召喚獣・エンタープライズである。サクラの話ではかなり調教が進み、うまくゴーイングコンサーンの軌道に乗りつつあるらしい。
その成果を確認すべく、剣道の早朝稽古を終えた俺達は魔霊界へと乗り込んだ。
「おーエンタープライズ。会いたかったぜ」
俺は思わず声を上げ駆け寄った。容姿は相変わらずなメタボぶりだが、雰囲気が明らかに変わっている。
――目が死んでない。戦う目になってる。
俺はサクラの調教に満足しつつ、言った。
「これだけデカいと上に乗って飛べそうだな」
「出来るよ」
「え、マジか!?」
サクラの返答に俺は目を見開く。論より証拠とばかりにサクラはエンタープライズにまたがるや、俺とジャックに手招きした。
恐る恐るあとに続く俺達だが、皆が完全にまたがったところで、サクラが命じた。
「よし、飛べエンタープライズっ!」
エンタープライズは、翼を広げ一気に羽ばたく。たちまち俺達は空の人となった。
――凄ぇ……。
魔霊界を見下ろしながら、俺は興奮を抑えることが出来ない。

だが、眼下の光景はやがて異様なモノへと変化していく。
魔物が大群となって村々を略奪しているのだ。
「おいサクラ、あいつらは何だ?」
「魔王軍だよ」
サクラの返答に俺は表情を歪めた。説明によれば、俺が引き抜いた徴霊の剣が魔王復活の引き金となったとのことである。
複雑な心中の俺だが、ふと大群の真ん中でマントを翻す男に目を止めた。明らかに放つオーラが他を圧倒している。ジャックが言った。
「澪桜、あの男が魔王ゾーラだ。僕らが倒すべき相手だよ」
――あれが魔王ゾーラ……。
俺は、距離を取りながらも、その姿をまなこに焼き付けた。
その後、急旋回した俺達は魔王軍と対峙する王国軍の本拠へと向かった。見えてきたのは、宙に浮かぶ島にそびえ立つ城である。王国の危機を救うべく勇士が集結しているらしく、自分達もそこに合流しようとのことだった。
「大丈夫かサクラ? こうなった原因は俺が抜いた徴霊の剣なのだろう」
「確かにそれも一因だが、事情はそう簡単じゃない。何にせよジパング王が澪桜を是非、連れてこいとのご指令だ」
「ジパング王?」
「この世界の創造主だよ」
ジャックが笑みをたたえながら応じた。
やがて、城内に降り立った俺達は、エンタープライズを降りジパング王の元へと向かった。城内の長い廊下を歩きながら、俺は頭をフル回転させている。
――そもそもこの魔霊界自体、謎が多い。何か秘密があるはずだ。
その謎を突き止めるべく王の間に入った俺だが、一礼の後、ジパング王の顔を拝むや思わず目を見開いた。そこにいるのは、つい先ほどエンタープライズから確認した魔王そのものなのだ。
――一体、どういうことだ!?
困惑する俺だが、その心中を察したらしいジパング王がうなずき言った。
「澪桜とやら。私は魔王と関係を深くするものだ」
「え、それはつまり……」
「双子なんだよ」

サクラの答えに俺は唸った。そこで傍らに控えるジパング王の側近・リー将軍が発言した。
「王よ。この者が此度の魔王復活の原因でございましょう。すぐにひっ捕え牢に放り込むべきです」
「まぁ、そう申すでない。原因は他にもある。それよりこの者を勇者として、我が軍のゲリラ兵に組み込むべきだ」
「お言葉ながら王よ。この者は必ず我が国に災いをもたらします」
「ほぉ、根拠は?」
「長年の勘にございます」
頑として俺を受け入れないリー将軍は、不服とばかりに他の臣下を引き連れ、この場を途中で去ってしまった。
辺りが俺達のみになったところでジパング王は、深い溜息とともに説明を始めた。
「さて何から話そうか。まずは先日、そなたらが見た予知夢からかの。あれは、魔王の動きを察知したワシが、この世界の同志に頼んで見せたのだ。そなたらなら何とか出来ると見込んでな」
俺は例の音楽フェスで起こったテロ事件を思い出す。実際、あの予知夢がなければ、大惨事に発展していた。
謝意を示す俺にジパング王はうなずきつつ、核心に迫る一言を述べた。
「澪桜。この魔霊界の魔法だが、そなたのいる現実世界の税制と酷似しているとは思わんか」
「え、はい。思います」
俺は即答した。実際、魔力を万物の神々の霊力から徴収するくだりなど、この世界は現実世界の税制とあまりに似過ぎている。
ずっと疑問に感じていた俺だが、ジパング王はこれにズバリと切り込んだ。
「それはな。この魔霊界の創造主たるワシと魔王が、かつてそなたのいる現実世界でともに税務立法に関わっていたからなのだ」
「え……」
俺は思わず言葉を失う。王曰く、この世界の創造主たる自分達は、魔法の法整備にあたり、万物に宿る霊を徴収するシステムをそのまま、税法から持ってきたらしい。
――どうりで酷似しているはずだ。
大いに納得しつつ、俺は問うた。
「お二人で一から魔法の世界を作られたとのことですが、なぜお兄様は魔王に?」
「魔力が持つ妖しさに取り憑かれ、人が変わってしまったのだ。挙げ句の果てに兄ゾーラはさらなる力を求め、禁忌に手を出してしまった。そなたの世界でいう脱税だ」
ジパング王の説明に俺はうなずき、まとめに入る。
「つまり魔王を王様自ら封印された、と」
「いかにも。だが此度復活を許してしまった。確かに引き金を引いたのは、そなたの徴霊の剣だが、元々バランスが崩れ復活は時間の問題だったのだ。そこで頼みがある」
ジパング王の合図を受け、一人の娘が現れた。俺と歳の似通った、青き衣を纏う娘である。
「我が娘、ジュリアだ。魔王討伐の鍵を握ると言われておる。その護衛を任せたい。ジュリア、ご挨拶を」
ジパング王に促され、ジュリア姫は俺達の前に出て頭を下げる。その容姿を見た俺は、思わず心の中でつぶやいた。
――暗っ……。
表情からして根暗さが滲み出ているのである。

さらに痛感したのが、ジュリア姫の卑屈っぷりである。王の間から引き下がった俺を案内するのだが、ことあるごとに自嘲して見せるのだ。
「澪桜さん。どうせあなたも心の中では、私を無才の姫と蔑んでいるのでしょう」
「や、そんなことは……」
「いいんです。事実ですから。私は魔王討伐の鍵と言われながら、その能力を発揮出来ない情けない姫なんです」
思いつめた表情で語るジュリア姫に俺は戸惑いを隠せない。そんな彼女だがいざ自分の部屋に入るや、その表情を一変させた。
そこは書籍が積まれ至る所に研究材料らしきものが並ぶ、アトリエ兼ラボといった部屋なのだが、人が変わった様に捲し立てるのだ。
「これ、見てください。凄いでしょう!」
目を輝かせて研究資料や成果物を晒すジュリア姫に俺は困惑しつつ、同時に納得もした。
――どうやらジュリア姫は、魔王討伐の術を託されつつ、それが出来ない反動を己の研究に向けているらしい。
それは親から税理士になることを託されつつ、勉学から逃げ剣道やバンド活動にうつつを抜かす俺と相通ずるものだった。
4 ジュリア姫
翌日、俺達はジュリア姫と荒野へと繰り出した。この世界を救うとされる力を覚醒させるべく、パワースポットを巡るのだ。
「もし私に力が潜在しているのなら、必ずその兆候が現れるはずなのですが……」
ジュリア姫はそう語るものの、表情は冴えない。これまでいくら努力しても、得るものがなかっただけに諦めが先行してしまうのだ。
実際、この日もそうだった。各地を手当たり次第に散策したものの得られるものは、皆無だった。それがジュリア姫をさらに悲壮にさせていく。
そうこうするうちに天気が崩れ、雨が降り始めた。俺達は雨宿りすべく近場の洞窟に駆け込んだ。
「しばらく様子を見ましょう」
雨空を仰ぎながら話すジャックに、俺も異論はない。しとしとと降り注ぐ雨を眺める俺だが、不意にジュリア姫が呟いた。
「雨っていいですね。癒されるというか、心が安らぎます」
ジュリア姫は、ほっとした表情でを外の景色に目を向けている。どうやら世界の救いを求められつつも、それに応えることができず相当なプレッシャーを感じているようだ。
――この姫も真面目だからなぁ……。
適当に抜くことを知る俺から見て、姫の持つ重苦しさがもどかしい。試しに言ってみた。
「姫様、あまり思いつめない方がいいですよ。どうせなるようにしかなりません」
「えぇ……分かってます。でも私にこの世界の救いがかかっているかと思うと、とても……」
そこで言葉をとぎらせ、ジュリア姫は黙り込んでしまった。気まずい沈黙が流れる中、困った俺は、空気を切り替えるべく言った。
「姫、先日拝見した姫の部屋での研究ですが、どこまで進んでいるんですか?」
「あれですか? フフッ、実はかなり進んでいるんです。澪桜さんもご存知の通り、この浮島は重力から解放されています。それはこの浮島の中枢が浮遊石で構成されているからなんです」
「浮遊石、ですか?」
「えぇ、それをうまく抽出できれば理論上、あらゆるものを宙に浮き上がらせることが出来る。物質だけでなく情報ものせる事が可能なんです。凄いでしょう」
実に楽しげに話すジュリア姫を眺める俺は、心の中でつぶやいた。
――この姫は学者肌だな。本当は研究者にでもなりたいんだろうが、運命がそれを許さないってとこか。
そんな最中、サクラの声が響く。
「澪桜、まずい。魔王軍だ」
「何!?」
俺はジュリア姫に人差し指を立て静粛を促すや、サクラが指差す方角を眺めた。そこには確かに魔王軍と思しき魔物達が行軍している。
「運悪く鉢合わせちまったようだな。サクラ、ジャック、どうする?」
「彼らは僕らが引き受けましょう。サクラ、エンタープライズを呼んで」
「今、召喚してる。私らが囮になるから澪桜と姫は洞窟を進んで逃げて」
「分かった。頼む」
俺は二人に謝意を示すや、ジュリア姫を連れて洞窟の中へと進んでいった。微かな明かりを頼りに歩いていく俺だが、妙な胸騒ぎを覚えている。
いきなり現れた魔王軍のタイミングのよさだ。
――情報が漏れている可能性がある。
この俺の不安は的中する。洞窟の中に出来た大空洞で魔物達の待ち伏せを受けたのだ。
「姫、下がってて!」
俺は徴霊の剣を引き抜くや、襲いかかる魔物達を逆に追い込んだ。幸い洞窟内には霊力が満ちており、万物に宿る神々は徴収に応じてくれた。
これを魔剣に取り込んだ俺は、あっという間に全ての魔物を返り討ちにしてみせた。
「ふん、たわいもないもない奴らめ」
満足げに鼻を鳴らす俺だが、そこへ拍手が響く。何者かと振り返った俺は思わず息を飲んだ。なんと魔王ゾーラ本人がそこに立っていた。
「小僧、なかなかの腕だな。それを見込んで相談だ。ジュリア姫とともに我ら魔王軍に下れ。将として迎えてやろう」
「お断りだ。お前こそジパング王の軍門に下れ!」
提案を即座に蹴る俺を魔王は、肩をすくめながら鼻で笑う。
「小僧。その方は、あんな弟やそこにいる無才の姫に誑かされておるのが分からぬのか。まぁいい。この私が直々に相手をしてやろう」
魔王の目が赤く光る。鼻息荒く徴霊の剣を構える俺に前に何を思ったか、自らの剣を放置し、拳でファイティングポーズを取った。
「魔王、どういうつもりだ?」
「サービスだ。貴様如きに剣などいらぬ。素手で十分だ。かかって来い」
「上等だ!」
吠える俺は、先手必勝とばかりに徴霊の剣で一気に攻め込むものの、魔王はまるで俺の動きを読むが如く絶妙なフットワークでこれをかわし、全く歯が立たない。逆に手招きで挑発までされる始末だ。
「ほらどうした小僧、私はここだ」
――クソっ……。
熱くなる気持ちを抑えられない俺に対し、魔王はどこまでもクールだ。冷徹に俺の剣を見切るや、大ぶりになってきたところで逆に懐に潜り込んできた。
――しまったっ……。
慌てて防御を試みるものの時すでに遅し、魔王の固い拳が俺の頬を捉えた。その凄まじい威力に体勢を崩す俺だが、魔王は間髪入れずに強烈なパンチをボディに叩き込んできた。
「うっ……」

苦しさのあまり息すらままならずよろめく俺は必死に足を踏ん張るものの、劣勢は明らかだ。
「澪桜さん、しっかり!」
叫ぶジュリア姫の応援も虚しく、魔王の拳を連打で浴びせられた俺は、徴霊の剣と共に地面に膝から崩れ落ちた。
――こんなところでくたばってたまるかっ!
必死に徴霊の剣に手を伸ばす俺だが、魔王は容赦なくその手を踏み潰す。さらに無防備に晒された俺の腹にえげつない蹴りをめり込ませてきた。
「がはぁっ……」
あまりの苦しさに俺は、地面に丸まってもがき足掻く。まさにボロ雑巾のようにズタボロにされた俺は魔王に足で転がされ、崖に向かって蹴り飛ばされた。
崖の下には冷気を帯びた水溜りが広がっている。何とか腕一本で崖につかまる俺に魔王は歩み寄るや、ニンマリ見下ろしながら言った。
「小僧、もう一度聞く。我が軍門に下れ」
「黙れ、魔王……」
「ふんっ、そうか。よかろう。ならば死ね!」
魔王は必死に崖につかまる俺の手を踏みにじる。
「そいつを待っていたぜ。魔王!」
俺は反対側の手に隠し持っていた短剣を魔王の足の甲に突き立てた。完全に油断していた魔王は、たちまち悲鳴をあげる。
「おのれ……小僧が!」
足を押さえながら魔王は「覚えておけ」と捨て台詞を残し、よろめきながらも洞窟から姿を消し去った。
安堵した俺は力尽き、そのまま崖から底に広がる冷たい水溜りへと落ちていった。
どれくらい時間が経っただろうか。完全に冷え切った俺は何やら柔らかい温もりを感じ目を覚ます。
見ると上半身を真っ裸に晒す俺の体に、同様に裸体となったジュリア姫が張り付き温めていた。
「姫っ!?」
「澪桜さん、まだ動いてはダメ。いいからじっとしていて」
耳元で囁くジュリア姫に俺は、かけるべき言葉が見つからない。確かに魔王ゾーラは追い払ったものの、ジュリア姫自身が俺を助けてくれるとは思ってもいなかった。
困惑を隠せない俺だが、献身的なジュリア姫を前に何かが芽生えつつのを感じている。
――俺は何としてもこの姫を守ってやらねば。
密かに忠誠を立てた俺は、そのままジュリア姫の肌の温もりの中で柔らかい胸に包まれながら眠りについた。
やがて、完全に体温を取り戻した俺は、ジュリア姫と立ち上がり周囲を見回す。見たところかなり下まで落ちてしまったようだ。
「さて、どうやって上に戻るか」
悩む俺にジュリア姫は、思わぬ返答を返した。
「澪桜さん、何とかなるかもしれません」
「え……しかし、どうやって?」
「これです」
首を傾げる俺に姫は、一帯に広がる鉱石を手に取り続けた。
「以前、私の部屋で見せた研究を覚えていますか?」
「あぁ、確か浮遊石がどうとか」
「えぇ、見たところここは浮島を重力から解放する浮遊石が結晶化しているんです。ほら、この様に」
ジュリア姫はそっと近辺の鉱石を手に取るや、宙に浮かせた。それは俺にとって衝撃的な事実だった。
「つまり、浮遊石を束ね浮力を得て上に昇ろうと?」
俺の問いにジュリア姫は、うなずいた。そこからは完全にジュリア姫のペースだ。己の研究を実証すべく浮遊石をかき集めるや、独自の製法でその濃度を凝縮させた。
「澪桜さん、いきますよ」
ジュリア姫は、浮遊石が持つ反重力作用を生じさせた。たちまち浮遊石に浮力が発生した。
「さ、澪桜さん。しっかりつかまって」
ジュリア姫に促され、俺は浮遊石につかまる。かくして俺達は奈落の底から地上へと脱出できた。
「やりましたね。姫」
「えぇ、成功です」
互いにハイタッチを交わす俺達だが、その間には確実に何かが芽生えている。恋愛感情というよりは、むしろ戦友の絆に近いものがあった。
第一章:https://note.com/donky19/n/n6a87f6c20e46
第二章:https://note.com/donky19/n/n175b331ac0be
第三章:https://note.com/donky19/n/n6199cdd1e360
第四章:https://note.com/donky19/n/n70a31a9e2439
第五章:https://note.com/donky19/n/n08deeb2c8c0e
第六章:https://note.com/donky19/n/nfb081e9f520d
第七章:https://note.com/donky19/n/n44e254e5823c
第八章:https://note.com/donky19/n/ne685072a0b7e
第九章:https://note.com/donky19/n/n6a0c4d9d38d6
