【挿絵小説】タックスキングダム 第一章
【あらすじ】
税理士を親と兄にもつ高校生の佐々木澪桜は、ひょんなことから剣と魔法のファンタジックな異世界へ飛ぶ。驚くべきは魔法の成り立ちだ。税法に立脚しているのだ。
この一風変わった異世界で澪桜は氏神のサクラや転校生のジャックの協力を仰ぎつつ頭角を表していく。法人を設立するが如く召喚獣を生み出し、税金の如く八百万の神から霊力を徴収するなどファンタジー世界を通じ、これまで毛嫌いしていた現実世界での税法にも興味を抱く様になる。
そんな中、この異世界を統治するジパング王やその双子である魔王を知り、なぜ税法が魔法の前提となっているのか、その謎と己の使命を悟り、皆と正義の戦いに赴くのだった。
1 神社にて
俺は佐々木澪桜――親と兄を税理士にもつ高校生だ。「いずれはお前も」と勧められてはいるが、いかんせん学業が芳しくない。
授業中も常におつむがお留守で、最近では担任にすら諦められつつある俺なのだが、ハマっているものが二つある。
一つは剣道だ。小学生の頃、ファンタジーゲーム好きがこうじて始めたのだが、竹刀を突き合わせたときの興奮は、今でも覚えている。
重なる竹刀から相手の息遣いを感じ取り、先の先を読んで仕掛けていく――勝負師の俺はその醍醐味に魅了され、のめり込んだ。いつしか腕も上がり、インハイの常連である。
もう一つは軽音だ。ツレに誘われ最近、始めたのだが、どハマりした。今では「この道で食えないか」と真剣に考えてしまう程だ。

「とにかく苦手な勉学は税理士の兄貴らに任せて、俺は別の楽な道へ……」
そんな現実逃避めいたことを考えていた俺なのだが、そうも言っていられない事情が生じてしまった。
あれは、部活を終え帰路についていたときのことだ。いつもは気にならない神社に目を止めた俺は「たまには賽銭でも」と軽い気持ちで鳥居をくぐった。
今思えばこれが全ての始まりだったのだが、ポケットの小銭を放り込みこう願を掛けた。
「えー神様、佐々木澪桜と申します。どうか一生勉強せずに済む俺好みの楽な人生をお願いしまーす」
何とも不謹慎な願いを恥ずかしげもなく晒した俺だが、突如として神社の本殿に物凄い力で吸い込まれ、訳の分からない世界に放り込まれてしまった。
「なんだここは!?」
訳が分からないまま上体を起こし一帯をうかがうも、そこは現代日本ではない。
薄暗い周囲を何だかよく分からない獣が取り囲み、こちらを付け狙っている。
「一体、どうなってんだよ!?」
俺は困惑しつつ竹刀を手に取るや、襲いかかる獣を次々に薙ぎ倒した。だが、いかんせん多勢に無勢は免れず、倒し損ねた一匹が襲い掛かろうとしている。
――しまったっ……。
観念した俺だが、はたと目を開けるとその獣は倒れ、俺を庇うように一人の娘が立っている。見たところ俺と似た年頃か、同じ褐色の肌を持ち、何やら西洋風のファンタジックな装束をまとっている。
困惑を隠せない俺の心中を察したのか、その娘は言った。
「私はサクラ、お前が足を踏み入れた神社の氏神だ。一生勉強せずに済む楽な人生が欲しいって言っただろう。その願いを叶えてやったぞ。感謝しろ」
「はぁ!? ちょっと待ってくれ。これのどこが楽な人生だよ。大体、ここはどこだ?」
「魔霊界。お前達の世界と対極の位置にある異世界だよ」
サクラ曰く、この魔霊界では水や石、森など自然の万物に八百万の神が宿り、いかに公平に霊力を徴収し魔術化するかというまさに税を模したような世界だという。
そもそも税の道から逃れたくて祈願したのに、転入した異世界でもその根底は税――その現実に頭を抱える俺だが、サクラは構うことなく森の奥へと誘った。見ると一本の剣が地面に突き刺さっている。勇者の剣といった風体だ。
「徴霊の剣だ。澪桜、お前の適性を試したい。抜いてみろ」
サクラの命令を受け、俺は興味本位にその剣に手を触れた。すると凄まじいエネルギーが体内に流れ込んできた。それは俺という人間の肉体を乗っ取らんとするが如くだ。
――この感じ、覚えているっ! 剣道で初めて相手と対峙したあの感じだ。
俺は徴霊の剣のエネルギーに負けまいと、これまで剣道で培ってきたあらゆる技巧で対峙した。時に強引に、時にしなやかにいなす。
そんなやりとりを続けた俺を前に遂に徴霊の剣が、なびき始めた。
――よし、今だ!
ここぞとばかりに攻めに出た俺を前に、遂に徴霊の剣が地面からその姿を完全に晒した。安堵のため息とともに徴霊の剣をかざす俺に、サクラが拍手で応じた。
「澪桜、見事だ。これは私からのプレゼントだ」
氏神はパチンッと指を鳴らす。その途端、俺の身なりが制服からファンタジックな鎧装束へと変わった。それは昔から憧れていたゲームの世界のそれだ。

満足げに剣を鞘に戻す俺にサクラが手を差し伸べた。
「澪桜、ともにこの世界を遊び尽くそうではないか」
俺はサクラをじっと観察する。確かによく分からない世界ではあるものの、ここには昔から恋し焦がれた少年の心を鷲掴みにする魅力があった。
――ここは一つ、サクラが担ぐ神輿に乗ってやるか。
俺は満足げにうなずき、サクラの手を取り固く握った。
その後、サクラは俺にこの世界における魔法について説き始めた。八百万の神から魔力を徴収する鍵の公平性には、二つの考えがあるという。
一つは垂直的公平だ。応能原則とも呼ばれ、各々の負担能力に応じて〈超過累進的〉に魔力を徴収する。
もう一つは水平的公平で応益原則の下〈一律〉に魔力を徴収する方法である。さらに負担者と提供者が一致する直接法と一致しない間接法に分かれるらしい。
――要するに所得税と消費税の違いみたいなものか……。
俺はにわか仕込みの税法に置き換え理解した。
「ま、座学はこんなところだ。実戦に移るぞ」
サクラは立ち上がるや、己を指差し言った。
「澪桜、その徴霊の剣でかかってこい」
「え……や、でも……」
「いいからやれ。今のお前如きにやられる私ではない。親の仇の如くかかって来るんだ」
サクラの命令に従い、俺は徴霊の剣を引き抜いた。曲がりなりにもインハイ常連者の俺だ。剣の道には多少、自信があるだけに戸惑いもしたが、言われるがままに対峙した。
――先手必勝っ!
間合いを踏んで一気に襲いかかった俺だが、その思惑は大きく外れることとなる。剣がまるで言うことを聞かないのである。
「澪桜、その剣は魔剣だ。うまく魔力を徴収して使うことを忘れるな」
サクラは俺に教示しつつ挑発する。
――くそっ……。
憤りを覚えた俺は、必死に徴霊の剣を御すべく、あらゆる技能を試したが、サクラにはまるで敵わない。逆に魔術で俺を返り討ちにする有様だ。
痛みと苦痛をその身で味わう俺は、すでに満身創痍である。肩で荒い息を吐き、最後の一刀とばかりにサクラに襲いかかった。
まるで力の籠っていない一撃だったのだが、余計な力が抜けたその一刀は、これまで歯牙にもかけなかったサクラの防御魔法を打ち破った。
――出来たっ!
俺は興奮のあまり声を上げた。その手には、これまで形にならなかった徴霊のコツらしき感覚が残っている。
「よくやった澪桜。合格だ」
そう笑顔で囁くサクラの声を最後に、俺は力尽き眠りに落ちた。
はたと目を覚ました俺が辺りをうかがうと、そこは元いた神社である。
「何だ。俺は夢でも見ていたのか?」
首を傾げる俺だが、全身に走る痛みが異世界にいたことを思い出させた。さらに右手には〈お前を待っている。合図は鈴――サクラ〉との文が、握られている。
「分かったよサクラ、また来るぜ」
俺は人気のない神社の本殿に向かって手を振るや、そのまま帰路へとついた。
2 転校生
「受験資格の緩和?」
翌日、自宅で朝食中の俺に兄貴の桜太郎が語りかける。曰く、これまでより税理士を目指しやすくなったらしい。

「剣道やバンド活動もいいが、学生の本分は勉学だ。お前もちょっとは将来を考えとけ。親父がうるさいからな」
そう言い残すや、ペライチのパンフを渡し去っていった。その背中を見送った俺は、ため息とともにパンフに目を通す。
――税理士、かぁ……。
これまでなら見向きもせず速攻で捨てていたであろうパンフを、俺はマジマジと眺める。頭にあるのは昨夜の記憶だ。サクラは言った。
魔法と税法は酷似している、と。
「まぁ、参考程度に取っておくか」
俺は一人うなずき、パンフを鞄の奥に押し込むや、時間に追われるように家を出た。
やがて、登校途上で俺は二人のクラスメイトと合流する。一人は部活仲間で刈り上げと細目がトレードマークの武田剛、もう一人は俺を軽音へと導いたボサボサ頭とメガネの川田和馬だ。
「おい澪桜、湿布なんか貼って筋肉痛か? 部活のしごきなんていつものことだろう?」
笑う剛に和馬がかぶりを振る。
「澪桜、キミはそっち側の野蛮な人間じゃない。こっち側のクリエイティブな人間だ」
「おい和馬、それはどう言う意味だよ?」

和馬に噛み付く剛を制しながら、俺は強引に話題を変えた。今朝、SNSで交わした同級生とのやり取りによると、二人の留学生が来るらしい。
「この時期にか?」「珍しいね」
二人の反応に俺も同意する。
「まぁ、親の急な転勤とかじゃねぇかな」
俺は二人に切り返しつつ、想像を膨らませた。母方に若干、海外の血をもつ俺だけに、留学生の気持ちは多少、分かるつもりだ。
それだけにどんな奴が来るのか、若干の興味と親近感を覚えた俺だが、その期待は見事に裏切られることとなる。
学校に着くやホームルームで、担任の岡林が留学生を紹介したのだが、入ってきたその顔に俺は思わず我が目を疑った。
――げ……サクラじゃねぇか。
何と昨夜、魔霊界で俺に魔術を仕込んだ張本人が、この世界で教壇に立っているのである。
「カイン・ユマ・サクラと申します。ヨロシクですっ!」
キャピキャピの猫撫で声でウィンクまでして見せるサクラに俺は絶句し、空いた口が塞がらない。
その後もアイドル顔負けに人気者となるサクラに俺は別人かと疑ったが、一瞬、目が合ったところでアイコンタクトを見せられ俺は確信を得た。その後、休憩時間を見繕って密かに接触した俺はサクラに囁く。
「おいサクラ。一体、どう言うことだよ!」
「澪桜、少し事情が変わった。とにかく今はこれでいってくれ」
「あぁ、構わんが……」
俺はどんな事情があるのか、首を傾げつつ一旦はうなずいた。もっともその事情を俺は放課後、身をもって知ることとなる。
授業が終わり、道場に入ったときのことだ。顧問の賀川が金髪青眼で上背のある青年を手招きした。
「ジャック・ライアンです。アメリカでケンドーをたしなんでました。よろしくお願いします」
自己紹介を済ませたジャックは、早速、俺達と乱取りに入った。その強さたるや半端ではない。
同級生が次々にやられていくのである。その惨状を愕然と見届けながら、順番が回ってきた俺は、前に出た。
ジャックと対峙した俺は、まずその異様な雰囲気に圧倒され、あっという間に一本を取られてしまった。
――確かに強い……。
俺はジャックの実力を認めつつ、二本目に入った。俺は竹刀を合わせながら捨て身の一刀を放ったのだが、この賭けが見事に決まった。主審の旗が上がるのを確認した俺は、思わず「よしっ!」と心の中でガッツポーズを作る。
さて、勝負の三本目であるが、これが大いに揉めた。互いの意地とプライドのぶつかり合いに場の空気は、大いに盛り上がっている。
そんな中、時間切れ間近で互いの竹刀が同時に双方の面を打った。
どちらが先に打ったのか――その判定が割れる中、ジャックが面を取り自ら言った。
「今のは、ボクの負けデス」
その後、ジャックはコテを外し、穏やかな微笑をたたえながらも俺に手を差し伸べる。その手を取った俺は、同時にジャックの目に潜む、ただならぬ雰囲気に心の中でつぶやいた。
――コイツ、おそらくサクラ絡みだ。どうやら一癖ありそうだな。

部活が終わった俺は剛と別れ単身、赴くべき場所へと向かった。言わずもがなあの神社である。サクラが残した文言に従い、神社の鈴を鳴らすと例の如く、凄まじい勢いで異世界へと引き摺り込まれた。
転移した先で待っていたのは、完全に武装状態にある魔女・サクラと戦士・ジャックである。
「やっぱりいたか。サクラ、ジャック。一体、どう言うことか説明してもらおうか?」
俺の問いにまず答えたのは、サクラだ。
「澪桜。今、世界は崩壊寸前にある」
「崩壊? どっちの世界がだ?」
「両方ですよ。表裏一体ですからね」
今度はジャックが穏やかに返答した。微笑を称えてはいるものの、その目は静かに据わっている。
ここで俺は二人から現実世界と架空のファンタジー世界が織りなす仕組みについて、懇々と説明を受けた。
何でもゾーラと名乗る魔王が復活したらしく、そのキッカケは俺が引き抜いた徴霊の剣にあると言う。いわばパンドラの箱を開けてしまった訳だ。
無論、それは俺が望んだことではなく、サクラがそう仕向けたからなのだが、むしろ本人はこれを機に魔王ゾーラを討ち取り、名を上げ覇を勝ち取りたいと息巻いている。そこで、かつてコンビを組んでいたジャックを呼んで、三人でパーティーを組もうとの話だった。
――随分と都合のいい勝手な奴だ。
俺は呆れつつ、素朴な疑問を投げかけた。
「あらかたの話は分かったが、何で現実世界にまで来たんだよ?」
「それは双方の世界が繋がっているからさ」
ジャックの返答にサクラが補足した。
「澪桜、こちらの世界で魔王ゾーラが復活したってことは、お前の世界でも同様の何かが復活したはずなんだ。その芽は早急に摘む必要がある」
「そんな奴、いたか?」
「間違いない」「賭けてもいい」
首を傾げる俺に、二人が太鼓判を押す。やむなく俺はうなずき、肩をすくめながら問うた。
「分かったよ。お前らを信じる。で、俺は何をすればいいんだ?」
「経験値。確かに君は現実世界で剣の名手だが、こちら側の世界では、まだまだ荒削りの新人だ。取り敢えず魔物狩りでレベルを上げよう」
ジャックは地図を広げ、説明を続けた。
「先に言った通り、魔術や魔剣は万物に宿る霊から魔力を徴収して使用する。ただそれは場所によって偏りがあるんだ。君はタックス・ファイターとして、それを見極めながら霊力を魔力に変換し、その魔剣のコツを掴むんだ」
「ふむ。丁度、明日から四連休で親も出張で留守だしな。いいだろう」
俺はうなずき徴霊の剣を、手にかけた。トリオでタックスユニットを組んだ以上、俺達は勇者だ。倒すべき魔王に向け研鑽を積むべく、冒険の旅へとついた。
3 魔法法人エンタープライズ
「広く浅く――これが魔力徴収の基本だ。万物の霊たる八百万の神に意識させない程度にやらないと、霊活動を歪めてしまうからね」
旅先の荒野でサクラのレクチャーに俺はうなずく。
――現実世界の税法で例えるところの〈うなぎの寝床〉か。
これは京都に多く見られる現象で、間口の広さに応じて賦課金が決められたことに起因し、その税金対策が実経済を歪めてしまった中立性の失敗例と言える。
俺はサクラとジャックの指導の下、魔物狩りで魔剣たる徴霊の剣のポテンシャルを次々に引き出していく。
無論、駆け出しの域を出ないものの、それでもかなりのレベルに達することは出来た。
「どうやらコツは、つかんだようですね」
その夜、魔物狩りで得た肉や素材を捌きながら、ジャックが焚き火の前の俺に話しかけてきた。俺は「根が勝負師だからな」と返答しつつ、ふとジャックとサクラに問うた。
「しかし、お前らは以前、同じパーティーを組んでいたんだろう。なぜ解消しただよ?」
素朴な疑問だったのだが、どうやらこれは、まずかったらしい。お互い黙ったまま目すら合わさないのである。
見たところこの二人には以前、何かあったようだ。
――まぁ、人間関係なんて壊れるのは一瞬だからな……。
俺は質問に後悔を感じつつ、焚き火を前に横たわった。ちなみに明日はダンジョンを探索することになっている。噂では、強力なドラゴンが潜んでいるらしい。
明日の戦いに備え、俺はそのまま眠りについた。
翌朝、俺達は早速、目的のダンジョンへと向かった。薄暗い中をゆっくり進んでいく俺達だが、ここでの戦いは大いに苦戦した。
魔術の根源たる八百万の神々が、ほとんど霊力の徴収に応じないのである。俺は困惑気味に問う。
「おいサクラ。一体、ここはどうなってるんだ!?」

「澪桜、ここはな。租霊回避地の一角なんだ」
サクラによれば、この世界には八百万の神が霊力の徴収を免れるスポットが何箇所かあり、そこでは低率の霊力しか期待できないという。
――要するにタックスヘイブンって訳か。
俺は嘆きつつも、ひたすら二人とダンジョンの最深部へと進んでいく。
だが、ある場所まで来たところで先頭を行くサクラの足が止まった。不審を感じる俺にサクラは一言、つぶやいた。
「トラップだ」
見ると足元に魔法陣が敷かれている。その直後、光が一帯を包み中から縄張りを陣取るドラゴンが現れた。
「お出ましか……」
俺は徴霊の剣を引き抜く。白刃を見せる俺に案の定、ドラゴンは威嚇の咆哮を轟かせた。
「よし、いくぜ!」
俺の合図にサクラとジャックが散った。実は、このバトルに備え、あらかじめ作戦を立てていたのだ。
〈俺が囮となり、徴霊の剣で極力注意を引くから、その間にドラゴンの弱点を探ってくれ〉
二人は反対したが、俺は押し切った。
リスクは大きいが、これしか勝てる方法がないのである。案の定、ドラゴンは俺の挑発に乗り、ひたすら襲ってきた。
まずは炎だ。口から凄まじいファイヤブレスを吐き出し周囲を火の海で包んでいく。そうやって、足場を奪った上で長い首をしならせた噛みつき攻撃を仕掛けてくるのだ。
そんなドラゴンに俺は、体力を削られていく。
――サクラ、ジャック、まだか!?
一秒が一時間にも感じられる戦いの中、ひたすら二人の観察力に賭けた俺だが、どうやらまだ時間が必要らしい。
やむなく俺は切り札を切った。ファイヤブレスを吐く一瞬の間を狙って、一気にドラゴンの懐に潜り込んだのだ。
これまでひたすら防御一辺倒だった俺の急変に、さしものドラゴンも戸惑いと見せている。
そこへサクラの切り裂くような声が響く。
「右胸だ!」
俺は促されるようにドラゴンの右胸を見ると、なるほど確かに突起物に覆われた中に脈打つ心臓しきものがある。
――よしっ、勝負だ。
俺は残りの全勢力を傾け一気に襲いかかった。突起物を斬り落とし心臓目掛けて一刀を放つ俺――だが、一枚上手なのはドラゴンだった。
突起物が目の前で炸裂したのだ。どうやら弱点を襲われたときに備え、ドラゴンが仕込みを入れていたらしい。
たちまち地面に叩きつけられた俺にドラゴンが襲いかかる。
――くそっ、ここまでか……。
流石に観念した俺だが、突如、ドラゴンの咆哮は悲鳴に変わった。見ると、ジャックが完全に突起物の取り払われたドラゴンの右胸を刃で貫いている。
「澪桜、スミマセンね。美味しいところを頂いて」
汗一つかかずドラゴンの急所を突いたジャックは、微笑を絶やすことなく刃を通じ、取り溜めしていた魔力を流し込んだ。こうなれば流石のドラゴンもお手上げである。
断末魔の悲鳴とともに、朽ち果てるドラゴンに俺はホッと安堵のため息をついた。
「上出来です」「よくやったぞ、澪桜」
ジャックとサクラが差し伸べる手をつかんだ俺は、二人に支えられながらゆっくり起き上がるや、戦果を確認した。
ドラゴンが隠し持っていた膨大な霊のストックである。どうやら霊力洗浄の温床にもなっていた様である。現実世界でいうマネーロンダリングだ。
「凄い量だな。まさに一攫千金だ。どうする。結晶化して売るか?」
興奮気味に問う俺にサクラは、しばし沈思黙考したのち、思わぬ返答をよこした。
「魔法上の人格を付与しよう」
「なんだそれは?」
首を傾げる俺にジャックが補足した。
「澪桜、万物に霊力が宿る八百万の神の話はしたでしょう。いわゆる自然霊ですが、これとは別に魔法上の擬制として人工的な霊を設立し、召喚獣にすることが出来るんです」
「要するに現実世界でいうところの法人化か?」
「いかにも」
うなずくジャックの傍らでサクラが呪文を唱えている。やがて、一点の光が走り線となり魔法陣を構成し始めた。二人の目配せを受けた俺達は短剣で親指を傷つけるや、それぞれ血を一滴ずつ垂らし合った。
いわゆる出資の儀式である。見る見るうちに霊力が魔法法人化し、召喚獣へと形を整え始めた。眩いの光とともに両翼を広げる朱雀である。
「これが俺達の召喚獣……」
俺は改めてその姿を確認する。確かに神々しくはあるが、朱雀というには幾分、メタボ気味でどちらかと言うと不細工なデカい鳩だ。
ただそれでもこの魔霊界に新たな息吹を宿したことは事実で、俺としては十分満足だった。

――ここからがスタートだ。
意気込む俺にサクラが問うた。
「名前は、どうする?」
「そうだなぁ、名前……エンタープライズ、でどうだ」
「ほぉ、冒険事業って訳ですね」
唸るジャックに俺はうなずく。サクラも異論はないようだ。かくして俺達の冒険を担う召喚獣が設立された。
「頼むぜ、エンタープライズ」
未来を託した召喚獣・エンタープライズに俺は、慈愛の瞳を注いだ。
第一章:https://note.com/donky19/n/n6a87f6c20e46
第二章:https://note.com/donky19/n/n175b331ac0be
第三章:https://note.com/donky19/n/n6199cdd1e360
第四章:https://note.com/donky19/n/n70a31a9e2439
第五章:https://note.com/donky19/n/n08deeb2c8c0e
第六章:https://note.com/donky19/n/nfb081e9f520d
第七章:https://note.com/donky19/n/n44e254e5823c
第八章:https://note.com/donky19/n/ne685072a0b7e
第九章:https://note.com/donky19/n/n6a0c4d9d38d6
