ドラフト1000位の無名男→33歳でメジャーの監督ってヤバ過ぎんだろ『すでに映画化レベルの半生を小説風に描いてみた』件
2025年10月31日、ちょうどドジャース対ブルージェイズのワールドシリーズも大詰めという最中の裏で、実際にはMLBの歴史が一足先に動いている。
ナショナルズが異例どころか、ぶっ飛んだ新監督を公表し、もちろん魔界𝕏のレス欄やポストにも「はっ?誰?」が相次いだ。
新監督は33歳、選手としてもコーチとしてもメジャー経験のない「ブレイク・ブテラ」。
11月18日には監督就任の記者会見が開かれ、無名の男は33歳にしてメジャーデビューを果たした。
Blake Butera & Paul Toboni
どう見てもスポットライトを浴びた小柄な男より、隣に並ぶ元メジャーリーガーらしき“背広マン”の方が、明らかにそれっぽい。
小柄な男は、ナショナルズから「大リーグ最年少となる監督の誕生です」と紹介された。小柄な最年少監督は1992年生まれの「ジャッジ世代」。日本では山田哲人や千賀滉大らが同学年だ。
まさかの山田哲人「監督爆誕」と一緒で、そんな仰天の一報が日本で飛び交うものなら、どえらい騒ぎになる。
昨今のNPBは昭和の時代と違って、だいたいアラフォーでの監督就任が「若いね」と見られるラインだ。こうした野球界の常識を覆すような現実が、それもベースボール発祥の地で起きている。
今回は、まだ多くの情報が表に出ていないブレイク・ブテラ新監督の「プロ入り前」を小説テイストで掘り下げてみた。芸能界屈指のMLBファンで有名な俳優の藤木直人も、おそらく知らないはずだ。
33歳の新指揮官に一切“コネ”はない。
マイナーリーグの最下層から「腕一本」で数々の信頼を勝ち取っていった苦節10年、ホンモノの男だ。
まずは、そんな彼の全体像をまとめた「バックグラウンド」から見ていこう。
ブレイク・ブテラとは
ルイジアナ南部の野球一家に育った主人公『ブレイク』は地元の高校を卒業後、父と兄が過ごした遠方のボストンへ向かう。
兄と同じボストン大学に通い、かつては父もレッドソックスのマイナー選手だった。
大学時代は「マイク・ガンビーノ監督」の下、小柄な闘将として自身の持ち味を伸ばしていく。決して多くはないが、視察スカウトの評価も得ていった。
運命のドラフトは、奇しくもレッドソックスではなくタンパベイレイズ。35巡目の全体1048位で指名されたが、ここでの選択がブレイクの分水嶺に。
レイズ入団後は鳴かず飛ばずの2シーズンでユニフォームを脱いだものの、このマイナー時代に薫陶を受けた「クレイグ・アルバーナズ監督」に指導者としての才を見出される。
まだ24歳のブレイクはアルバーナズ監督の下で1年間、コーチ職を経験した。からの即監督昇進。歴代のマイナーリーグ記録を更新する「25歳の最年少監督」が誕生した瞬間だった。
率いたチームは、選手・コーチ時代からスライドする形の「ハイAクラス」。2年連続でプレイオフ進出と大きく勝ち越し、早々に結果を残す。
コロナ禍での中止を挟んだ翌シーズンは「シングルAクラス」のチームに移り、いきなり初優勝。創設以来の快挙を成し遂げ、翌シーズンも球団記録の88勝でリーグ連覇と無双を誇った。
30歳のブレイク・ブテラ監督は、2年連続でリーグ最優秀監督賞に選ばれている。
このシーズンを最後に監督を退いたが、レイズの育成担当としてファームを中心に数多くの若手選手をメジャーの舞台に送り込んだ。
今シーズン大飛躍のジュニオール・カミネロを筆頭に、その名は尽きない。こうした一方、ドミニカリーグとWBC2023「イタリア代表」で経験したコーチ歴も高く評価されている。
ざっと、ここまでがブレイク新監督の“上辺”だ。彼の生年月日は1992年8月7日。ちょうど松井秀喜が星稜時代に甲子園伝説を刻んだ「5打席連続敬遠」の数日前に生まれている。
実は松井秀喜が現役最後のチームもタンパベイレイズだ。この3年後、ブレイク・ブテラはレイズに入団している。
選手でのメジャーデビューは叶わなかったが、なにしろドラフト1000位だ。同じ境遇から這い上がった選手は皆無でないにしても、しばらく現れていない。
ブテラと同学年で引き合いに出すなら、あのムーキー・ベッツがドラフト172位(5巡目)で「下剋上ボーイ」と騒がれたほどだ。
そんなベッツが恩師と慕うJ.D.マルティネスは、ドラフト611位(20巡目)からレジェンド選手へと駆け上がっている。
ベッツとともにレッドソックス打線を牽引した、2018年のワールドシリーズ制覇は記憶に新しい。同時に「JD三冠達成なるか」というファンに多大な夢を見せてくれたシーズンでもあった。
ここら辺に関しては後述する。ブテラと同学年の現役最強ジャッジ世代、ドラフト下剋上を制したスター列伝だ。ちょっと読み進めて、目次で確認してみてくれ。
いよいよ、ここから本編突入だ。その前に、まずは各界の豪華な面々が名を連ねるキャスト紹介から。
主な登場人物
ブレイク・ブテラ(33歳)
ワシントン・ナショナルズの最年少監督
(メジャー経験なし)
Blake Butera
バリー・ブテラ(69歳)
ブレイクの父で「レイク・キャスル・マディソンビルスクール」創立者、校長と野球チーム監督を兼任する
Barry M Butera
バリー・ブテラジュニア(38歳)
ブレイクの兄で元マイナーリーガー
Barry ButeraJr.
ウェンデル・ピアース(62歳)
ニューオリンズ出身のハリウッド俳優
※マフィアではない
Wendell Pierce
Master P(58歳)
ニューオリンズ出身のヒップホッパー
本名「パーシー・ミラー」
Master P
リル・ウェイン(43歳)
ニューオリンズ出身の巨星ヒップホッパー
世界の「ウィージー」
Lil Wayne
アンソニー・マッキー(47歳)
ニューオリンズ出身のハリウッド俳優
別名「キャプテン・アメリカ」
Anthony Mackie
ジョン・バティステ(39歳)
ニューオリンズ出身のミュージシャン
アメリカの平井堅
@iamjonbatiste DO IT ALL AGAIN I love you. When it comes to you I'd do it all again 🤟
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Jon Batiste
マイク・ガンビーノ(48歳)
ブレイク・ブテラの恩師
ボストン大学野球部監督(当時)
Mike Gambino
トム・ブレイディ(47歳)
NFL史上最強QB
ボストンの英雄「TB12」
Tom Brady
松坂大輔(45歳)
平成の怪物「Dice-K」
Daisuke Matsuzaka
トロンボーン・ショーティ(39歳)
ニューオリンズ出身のジャズキング
本名「トロイ・アンドリュース」
Trombone Shorty
水際男の無名時代
南岸にて
大海原に向かって架けてあるようにしか見えない、レイクフロント。海のような波立ちはないが、河でもなければ湖とも違う。特有の磯っぽい風が漂ってくる訳でもない。
水面を這うように縦断一直線、湖上の橋が40キロ先の北岸まで続いて行く、ここは「海抜ゼロ地帯」だ。
南房総の原岡桟橋をギリ160メートル先まで進んだところで、富士山は望めても麓の小田原なんか見えやしない。距離感だけは、そんなところだ。
この水上橋はギネス世界最長の肩書きを持つが、すぐ雨にも風にも霧にまでも負ける。閉鎖は日常茶飯事で、そのモロさときたら武蔵野線に引けを取らない。
この湖も日本で面積2位の浜松市を丸々と呑み込む馬鹿デカさだ。琵琶湖の余裕で2倍以上。浜松市が「まんま浜名湖」になる狂ったサイズ感を誇る。
地形的にも、本当は海なのに苦し紛れな浜名湖と大差ない。この馬鹿デカい「ヴァカス湖」も東端のメキシコ湾に繋がる同類の汽水域だ。
ちょうどアメリカ全土を右回りに90度ぐるっとガチャれば、だいだい同じ感じになるが、ここニューオリンズには間違っても「うなぎ」なんかいない。
いるのは「Big Easy」だけ。常に悠然とした陽キャたちで溢れ返る。
そんなニューオリンズの中心街に隣接するルイジアナ州メテリーで、のちに最年少監督になる男「ブレイク・ブテラ」は生まれ育った。
ノースショア
ブレイクは父バリー、母ロンダとの間に生まれた4番目の末っ子。兄バリージュニアとは5つ離れている。
父バリーはレッドソックスに入団したキャリアを有するが、大リーガーではない。それでも順調に3Aまで駆け上がった有望株。膝の怪我が致命傷となり、短命での引退を余儀なくされた。
ブレイクが生まれた3年後、父バリーはヴァカス湖の北岸に面する「マディソンビル」に中等部までのジュニアスクールを開校している。
バリーの姉がニューオリンズで同系列の校長を務めており、その兄弟校として誕生した。
やがてブテラ一家はマディソンビルに移り住む。ブレイクは、野球チームの監督も兼務する父の「レイク・キャッスル校」に通った。
太陽の都
父バリーのルーツはイタリアにある。そんなブテラ一族も根付くニューオリンズは古くから海運の要衝として、フランスとスペインに間口を広げられて以降、むしろ占有や移民で歴史を築いてきた色合いの方が強い。
さまざまな境遇からニューオリンズを生活の拠点にした、アフリカ系の人種によってソウルフードの「ガンボ」が浸透し、ならではの「ジャズ音楽」も生まれた。
ダウンタウンには特に、当時を彷彿させる欧州建築の街並みが色濃く名残をとどめている。
ルイジアナ最大の人口を抱えながらも、これ見よがしな高層ビル群が林立するだけの様相は、決して見せていない。
何があろうと狼狽えず、なんでも音楽とダンスで吹き飛ばすパワフルな三日月の楽園だ。
呪術ミキサー
2005年8月29日、ヴァカス湖はカトリーナに歴史的大敗を喫する。
ブレイクは、まだ中学に進級したての13歳。兄バリージュニアは高校3年生で、地獄絵図と化したニューオリンズの学校に通っていた。
この3カ月ほど前には、地元インディアンの大酋長モンタナが82年の生涯を閉じている。
モンタナは傍から見ると華やかなニューオリンズの闇を照らし続け、この地に伝わる黒魔術の女王にも守れた「太陽」だ。
それは、生まれる前からのモンタナ伝説に端を発する。大酋長は1922年の暮れに生を受けているが、このシーズンは7年ぶりにハリケーンを記録していない。
老女ジュリアは、その7年前に葬られるはずだった。何を血迷ったかハリケーンの最中に葬儀が執り行われ、気づけば棺だけが残っていたという。
この1915年のハリケーンも、ニューオリンズに甚大な被害をもたらした。そこから黒魔術の女王は強固な結界を張ったが、老女ジュリアの呪いは世紀をまたいで解き放たれて行く。
呪縛の貴婦人カトリーナを相手に、のたうち回るヴァカス湖。バケモン同士の猟奇的な暴れっぷりには、さすがの「Big Easy」も悠然と構えてはいられる訳がない。
ウェンデル・ピアースは決壊の打撃をモロに喰らい、湖畔にあった実家が水槽状態で流された。
何よりも、その無惨な状況を眺めるだけしか出来ぬままの両親を見ている方が、胸を締めつけられるより辛かった。
彼らの住む湖畔パーク地区はニューオリンズの歴史において、強制的に送り込まれたルーツを有するアフリカ系の子孫たちが、今から50年前に自由の権利を勝ち取って誕生させた聖地だ。
あの頃は皆、手に入れたマイホームを前に夢と希望しかない。息子ウェンデルの目には、その時の両親たち同胞が映し出されていた。
アンソニー・マッキーは、屋根職人の父をカトリーナに奪われている。
パーシー・ミラーの祖母は屋根の上で命からがら助かったが、その実家も自宅までも流された。
独特な言い回しのウィージーでさえ、いつになくカトリーナにはクールだった。「時にはライフガードなしで泳ぐことを学ばなければいけない」。
これは、ニューオリンズで生まれ育った者なら誰もが知っている「ばけばけ少女コンチータ」の話だ。
ジョン・バティステは、家族でテキサスのホテルに避難している。そしてジョン青年はロビーにあったピアノを奏で、ミュージシャンとしての第一歩を掴んだ。
兄バリージュニアの高校はニューオリンズで最初に授業を再開させたが、それでも3カ月かかっている。
赤棘の寄港者
ブテラ家のあるマディソンビルは、それほど深刻なダメージを受けずに済んだ。湖南のニューオリンズ、河口に注ぐ湖東のスライデルは半年が経った今も、まだまだ復興が進んでいない。
タイガースでスカウトを務めるマイク・ガンビーノは、兄バリージュニアのチームメイトを視察するために、遥々とデトロイトから被災地まで足を運んでいた。
父バリーとガンビーノは、レッドソックスつながりという間柄だ。ガンビーノもレッドソックスのマイナー選手だったが、バリーとは親子ほど離れているため直接の盟友ではない。
ガンビーノはレッドソックスに、裏方も含めて3年ほど在籍した。
皮肉にもガンビーノが球団を去った翌年に、いきなりレッドソックスが86年ぶりの世界制覇だ。
「ベーブルースの呪い」を打破した伝説メンバーのなかには、かつての戦友もいる。そんな彼の複雑な心境をリアルに知る1人がバリーだった。
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松井稼頭央がPL学園時代に打ち立てた「大阪大会の奪三振記録」は未だ破られていない。
