Googleフォームにしましょうよ、と言われた日
劇団の公演チラシの校正データを送ったあと、別件なんですけどとメールが来た。
チケットの予約管理、今回このサービス使うんですけど、設定がよくわからなくて……。見てもらえますか?
添えられていたのは、あるチケット管理サービスのURLと、おそらく開発者とは別の人が書いたらしい解説ブログのリンクだった。
この劇団とは付き合いが長い。チラシやノベルティなんかをぽつぽつといただいていて、お互い気安い関係だ。だから予約管理の愚痴も、チラシの校正と同じテンションで飛んでくる。
見てみた。たしかに高機能だ。できることは多い。でも、何をどう設定すればいいのかがわからない。機能の説明はあるのだけど、「この公演でこういう売り方をしたいなら、こう設定する」というのが見えてこない。そもそも文言もちょっと特殊でピンとこない。ヘルプもちょっとしかない。わかる人にはわかるのだと思う。でも、目の前で困っているのは「わかる人」ではなかった。
半分だけ作って、しまっておいたもの
実はこの話を最初に聞いたとき、頭の中でなんとなく形が浮かんでいた。
予約を受け付けて、入金を管理して、当日の受付ができる。それだけでいい。余計な機能はいらない。劇団が公演ごとに使い捨てられるくらいシンプルなやつ。私の本業はデザインとディレクションで、サイト実装はいつもベテランの外注さんに頼んでいる。構造とデザインだけ考えていればよかったのだ、これまでは。
でも「作れるかな」と思ってしまったので、夜中にちょっとだけ手を動かした。AIに相談しながら、画面の構成を考えて、データの持ち方を決めて、予約フォームの骨組みくらいまでは組んでみた。半分くらい。AIがコードを書いてくれる時代に、構造とデザインを考える力がある人間がいたら、もしかしたらいけるんじゃないか。そういう直感だった。
そのあと、劇団の若い子がチケット管理の設定を引き継いだと聞いた。若い子のほうがこういうの得意でしょう、という判断だったらしい。それなら任せよう、と思って、半分作りかけたものはそのまましまっておいた。
火がついた瞬間
しばらくして、続報が来た。
若い子もお手上げで「Googleフォームにしましょうよ」って言ってます
なんだかそれを聞いて、妙にやる気が出た。
Googleフォームでも予約は取れる。取れるけれど、入金管理はできないし、当日の受付もできないし、キャストごとに「自分のお客さん」を把握する仕組みもない。演劇の予約管理には、演劇ならではの細かい事情がある。誰経由の予約か。入金はどの方法か。当日、名前を言われてすぐ確認できるか。Googleフォームでは、そこが抜け落ちる。
それに、私にはもうひとつ動機があった。
アプリというのは、作ったあとに使ってもらうのがいちばん難しい。どんなにいいものを作っても、使い手がいなければただのコードだ。でも今回は違う。目の前に困っている人がいて、次の公演という締め切りがあって、使ってくれる人がもう決まっている。フィードバックには困らない。
やるなら今しかない、と思った。
デザイナーが、自分で組み立てる
ちゃんとしたアプリ開発は、はじめてだった。
これまでの私の仕事は、構造を設計して、デザインを作って、それを外注さんに渡すところまでだった。外注さんはお付き合いの長いベテランさんなので、細かい指示を出さなくても意図を汲んでくれる。ありがたい環境だったし、それで十分に回っていた。
でも今回は、AIと一緒に自分で全部やることにした。画面設計だけじゃなく、データベースの設計も、認証の仕組みも、デプロイも。私が構造を決めて、AIがコードを書いて、動かしてみて、直す。そのくり返し。最初はスマホアプリにするつもりだったのだけど、公演に間に合わせることを優先して、まずはWebアプリとして作ることにした。ブラウザで動けば、インストールの手間もない。劇団のみんなにすぐ使ってもらえる。
つまずいたことは山ほどある。いちばん印象に残っているのは、Googleログインの問題だった。ログイン自体は通るのに、公演と紐づかない人が出た。原因を追いかけて、結局オーナー権限でGmailアドレスを強制的に紐づけられる仕組みを後から足した。使ってもらって初めてわかることが、こんなにあるのかと思った。AIは優秀な実装者だけど、実際の使い手の前では、人間が判断するしかない場面がたくさんある。
構造を考えるのとデザインするのは得意なはずなんだけど、自分で実装してみると「得意なはず」の部分が全然違う筋肉だったことに気づく。設計図を引く人と、基礎を打つ人は、同じ建物を見ていても見えているものが違う。当たり前のことを、身をもって知った。
実際に何をどう設計して、どこでつまずいて、公開前に何を見つけて直したか。そのあたりは、別の記事にあらためて書こうと思っている。
予約がはじまって1か月
ZASEKEEPという名前をつけた。座席をキープする、で、ZASEKEEP。
劇団の予約管理を、もっとシンプルに。それだけを考えて作った。
役者さんたちに公開する前日は、公演本番前日のあの独特の緊張感に少し似ていた。何かあったらすぐ動けるようにオーナー権限で自分もアプリに参加させてもらった。
それから1か月。毎日のように管理画面を覗いている。チケットが一枚ずつ増えていくのを見るたびに、ちいさく嬉しくなる。ついでに不具合がないか、フォームがちゃんと動くか、自分でも送信して確かめる。半分は心配性、半分は親心みたいなものだ。
お客さんからも使いやすいと言われた、と役者さんから聞いた。今のところ大きな不具合は出ていない。それでも見ていると、ここをもう少しこうしたい、という機能がぽろぽろ出てくる。完成したつもりで作ったものが、使われはじめた途端にまだ続きがあると気づく。劇団の公演と同じだ。幕が上がってから、ようやく見えてくるものがある。
ZASEKEEP公式サイト
ZASEKEEPで検索してみたら想像以上にあちこちで名前が走り出していて、本当はこの記事で公式サイトをバーン!とお披露目する予定だったのだが、お恥ずかしいことに未だアプリスクショが全部プレースホルダーのまま。アプリに注力するあまり、公式サイトが完全に出遅れた形だ。なんとかマニュアルのテキストだけは搭載したので褒められたい気持ちもあるが、スクショも合わせて早めにちゃんと整えたい。これは完全に言い訳だ。
ついでに、noteのカードリンクはちょっと特殊でOGPの左右がぶった切られることも、これで学んだ。ここも後で直す予定。果てしないな、と思う。なのにアプリ開発が楽しすぎてやめられないのだから、始末に負えない。
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