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『その刀の煌めきは』一章:そこにいるのは誰。#3

 授業が始まり、先生が配布のレジュメを参考にしながら授業が進んでいく。
 隣の席で、授業に飽きたのか田後がスマホをいじっている。筆箱を前にしてスマホを隠し、先生にバレないように画面を見る。
 
 田後は基本不真面目だ。しかし、授業中にこういうことをやっていても、田後の成績は別段悪くはない。むしろ良いぐらいまである。春学期も単位を落とすことなく、しっかり良評価をもらっていた。
 もともと高校時代に習っていたと田後本人は言っており、さらに田後自身は要領のいい人物である。だからこそ授業中にこういうことをしていても、余裕があるのだ。まあ良いことではないと思うが。
 その様子を見ていて、俺もズボンのポケットからスマホを取り出す。田後と同じように筆箱で隠しながら、机の上にスマホを置く。
スマホの検索欄には「月」の一文字。
 
 月。
 
 高校時代、天体にはまっていた頃、ゆう兄にいくつか星や宇宙について質問したことがあった。
 この広大な宇宙の中でちっぽけな存在である太陽系の星々でも、我々人間から見れば、途轍もなく巨大な存在なわけである。だから宇宙にとって意味はなくとも、人間側には大きな意味がある。
 古くから信仰されてきた天体には、人間があてはめ続けた意味が今も形として残っているもの、もうすでに消されたものなど合わせて無数にある。
 特に月と太陽はその信仰と意味が多い。毎日空を見上げればそこにある存在であり、人々に希望を与え続ける存在であったには違いない。世界中の神話に太陽と月の神様が登場するのもそういう理由だろう。
 
 その象徴とする意味合いは神話ごとに少しずつ違ったりするが、大まかな意味合いはきっと変わらないだろう。
 それは欧州だろうが、中東だろうが、この極東の日本だろうが大して変わらないと。太陽と月が存在するなら、どの世界もきっと変わらんだろうと、ゆう兄は言っていた。
 神様や信仰される存在は、畏怖される存在か、敬愛される存在かに振り分けられる。大まかに分けて結局この二種だ。
 月はどちらに意味をあてはめられたのか。そこが気になって無理にゆう兄に聞いた記憶がある。
(あの時、ゆう兄はなんて言ってたっけ。確か——)
 記憶を巡らせ、言いそうなことを思い浮かべる。
「どっちでもいい」
 そう言っていた気がする。
「所詮、人が考えることだ。もう西暦も二千年を過ぎていて、それだけの時代の人が考えてきたんだから、今更気にしても仕方がない」
 と言われた気がする。
 答えになっていなくて、納得できていなかった俺に続けてこうも言っていた。
「お前が見て、感じることが大事だろうよ。物事は見るタイミングによって大きく変わってくる。月なんざ特にそうだろう。まだ日の光が届く明るい時間に低く登った巨大な満月に対して恐怖を感じてもいい。尖った三日月にはかなさを、新円の満月に秀麗さを感じてもいい。そこは人それぞれだ。見えるタイミング、形が変わっていく美しさに昔の人々は思いをはせた。……そういうのをお前んとこの宗教で、諸行無常って言うんじゃねえの」
(……今思うと、本当になんの答えにもなってへんな)
 そのあとにいくつかゆう兄が知っていた神話やら魔術やら錬金術、魔法での月の意味合いを教えてもらった。
 が、それらの意味をネットで調べても大半はヒットしなかった。
(本当に使えない知識ばっかり教わってんなあ)
 
 その中で特別覚えているものがある。それは「潔白」である。
 ゆう兄が言うには、日本の月は影が薄く、夜には物事を隠しやすいらしい。証拠も何もかもを隠しきれてしまい、誰もがその偽りの潔白さを証明できてしまったからだそうだ。
 なんとも皮肉的な話だ。続きがあったような気もするが今は思い出せない。そのことを手元のスマホで調べても、なに一つ検索結果にヒットしない。また変な話を聞いていたのだろう。
(まあゆう兄の話は大概ネットに転がってる話やないし。でもきっと嘘ではないんやろなあ……)
 
 ふと黒板の上にかかっている時計に目をやる。もうすでに授業開始から四十五分も経過していることに気が付いた。
(うわ、もうそんなに経ってんのか)
 そろそろいい加減に授業を聞かなければいけないと焦る。黒板に書かれた板書を急いで写し、先生の話に耳を向ける。
 この授業で教わっているところは、夏にも本山の勉強会でやった範囲だから、まだ頭には残っている。問題はなさそうだが一応は聞いておかなければ。
(若干解釈が違う範囲かもしれないし)
 相変わらず隣でスマホをいじりながら、必要そうなところをメモしている田後はこの点やはり器用だと思う。
(こう上手くやっている田後ちゃんやから、ちゃんと単位も取れてるんやろうなあ)
 自分自身も単位を落としているわけではないが、田後に対しては劣るとは思う。
 
 この後は、スマホをポケットに戻して授業に集中してノートをとった。
 結局、今日の授業では夏に勉強した範囲と違いは判らなかったが復習としては意味があっただろう。
 こうして二限目の授業はチャイムが鳴って何事もなく終わった。
「うーん、終わったなあ」
 隣の田後が伸びをしながら言う。
「結局田後ちゃん、ずっとスマホいじっとったな」
 身体を伸ばす田後に、笑いながら田後に話しかける。
「え? あー何回か聞いた話やし、もう覚えてるんよ。それより見てえや。こいつの育成がようやく終わってん」
 田後はスマホの画面を俺に見せてくる。そこには俺もたまにやるソーシャルゲームの画面が映っている。今のゲーム環境で一番重宝がられるキャラクターが、画面の中央にいた。
「おお、マジかあ。……なにを必死にやってんのかと思ったらそれかあ。というかそのキャラ引いたんやな」
「この前フェス来てたやろ? 貯めに貯めてた石全部使ってようやく引けてん」
 田後は絶対にソシャゲに対して課金しないタイプの人間だ。そのため、普段からせっせと無料でできる範囲をやりくりしている。
「ええなあ。これで今んところのダンジョン大体余裕でクリアできるやん」
 机に広げていたノートや教科書を鞄に入れつつ返答をしていく。
 俺もやっているソシャゲではあるけど、そこまで入れ込んでやっているわけではないので羨ましさはそこまでなかった。
 このゲームに関しては田後の方が熱が入っていて、俺自身はアドバイスしてもらいながらしばしばログインする程度である。それでも田後が必死にやっていて、このキャラが今一番強いねんと、何度も聞いていたので話は合わせられる。
「今度サポートで借りるわ。とりあえず昼飯行こ」
「そやね。猪上も小塔ちゃんも行くやろ?」
「おう、さっさと行こう。学食混んであほみたいに並ぶの嫌やし」
 俺と田後は一緒に立ち上がり、前の二人も立ち上がって鞄を持つ。そして教室の出口へと談笑しながら向かう。
 
 そのとき、後ろから名前を呼ばれた。
 
「川之内君」
 
 聞いたことのある声だった。その声に俺を含めて全員が立ち止まった。
「蔵橋さん」
 名前を呼んだ声の主の名前を口にする。
「ちょっといい?」
「え、あ、うん」
 なにか呼び止められるようなことがあったかと頭を巡らせている間に、後ろから田後らが先行ってるで、と小声で肩を叩いてから出ていった。
「どうかしたん?」
 呼び止められたわけを考えながら、理由を聞く。
 蔵橋くらはし晴華はるか。この学部で唯一同じ高校出身の女子。高校時代はコースが違ったことでクラスも違い、ほとんどといっていい程に話したことはなかった。大学に入ってからの方がまだ話している。彼女に関して、名前と顔と多種多様な噂を知っているぐらいの情報しかない。
 黒髪を伸ばし、大きくキリっとした目が人を惹きつける。
 端的に言うなら意志の強そうなクールな美人だろうか。最初に感じた雰囲気はそれである。
 正直、オタクな自分が絡むような相手ではないと思っていた。
 そんな蔵橋さんが俺に何の用だろうか。なにかやらかしたっけ。それならそれでさっさと理由を見つけて謝らなければいけない。
(あーなんかやらかしたんかなあ)
「川之内君、聞いてる?」
「え、なに?」
 理由を探すのに必死すぎて、話を聞いていなかった。
「だから、今日さ」
「うん」
 一瞬目を逸らして蔵橋さんが言葉を探す。そしてすぐに次の言葉に繋ぐ。
「月食、見に行くんでしょ? ほら授業始まる前に話してたやん」
「え? うん、行くみたいやで。秀介が近くの山の頂上から見ようって」
 蔵橋さんは俺の言葉を聞いてなにやら思案している。
(なんや、月食の話かあ)
なにかやらかしてたわけでなくてよかった。でもそれを聞いてどうするんだろうか。
 思案が終わった蔵橋さんがこちらに向きなおし、言葉を続ける。
「それって私が行っても良いん?」
「……」
 言葉が理解できなかった。
「……うん……え? 来たいん?」
 少しの間のあと我に返り、聞いた言葉を頭の中で反覆はんぷくする。
 聞き間違えたのかと思って聞き返してしまった。普通こんなむさい男連中しかいないところに女の子一人で来たいものなのだろうか。
「やっぱダメなんかな」
「いや、あかんことはないと思うけど……」
 蔵橋さんの大きな瞳がこちらを覗いてくる。その瞳に圧倒されたのか、意図していない言葉を口走ってしまう。
「たぶん……問題ないと思うで」
「そっか。それやったら五限終わりに北っかわの校門のところに集合ね。じゃあまた」
 こちらの返答も待たずに、そう言って蔵橋さんはさっさと教室を出て行ってしまった。
 なにが起き、なにを言われたのか理解が追い付いていない。もうすでに誰もいない教室で呆然と立ち尽くす。
「えぇ……一体、なんなんや……」
 俺はなに一つ考えがまとまってない中、とにかく教室を出て、食堂へと向かうために歩き出した。


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