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現代人には「孤独」が足りない

こんにちは〜
みなさんいかがお過ごしですか。

普段は、病棟や外来、訪問診療などで患者さんと関わりながら、健診結果や生活習慣病、身体の小さなサインについて、少しずつ文章に残しています。

このnoteで大切にしていることは、身体はすべてつながっているということです。

血圧、血糖、脂質、腎臓、心臓、睡眠、体重。
別々に見える数字も、身体の中では静かにつながっています。

ただ今日は、少しだけ数字の話から離れて、
自分の声を聞く時間について書いてみようと思います。

📍このnote全体の歩き方はこちらにまとめています。


最近、少しずつ暖かくなってきましたね。

病院の帰り道、コンビニを出た瞬間の夜風が気持ちよくて。
なんとなくイヤホンを外して歩いていました。

すると、不思議なくらい静かだったんです。

いや、街は普通にうるさいんですよ。
車の音もあるし、電車も通るし、誰かの話し声も聞こえる。

でも、自分の中だけが静かでした


最近、
自分の声をちゃんと聞いていない気がしています。

朝起きて、
なんとなく通知を見て。

電車でShortsを流して。

仕事して、
少し疲れて、
またスマホを見る。

気づいたら、
ずっと誰かの言葉の中にいる。

 

誰かのおすすめ。

誰かの意見。

誰かの人生。

誰かの成功。

 

ずっと、
“外側”の音が流れ続けている。

 

もちろん、
SNSそのものが悪いとは思いません。

私も普通に使いますし、助けられることもたくさんあります。

でも。

最近ふと、
「あれ、自分って何が好きだったっけ」
みたいになる瞬間があるんです。

 

なんとなく疲れている。

でも、
何に疲れているのか分からない。

 

休みの日なのに、
気づいたらずっとスマホを触っていて。

たくさん情報を見たはずなのに、
逆に頭の中がざわざわする。

 

“暇”がなくなったんですよね。

待ち時間。

移動時間。

ぼーっとする時間。

寝る前の静かな時間。

 

全部、
情報で埋まっていく。

 

昔はもっと、
意味のない時間があった気がします。

窓の外を見たり。

同じ音楽を何回も流したり。

何も考えていないようで、
実はずっと何かを感じていたり。

 

最近は、
そういう時間が減った。

というより。

少し怖くなったのかもしれません。

 

静かな時間って、
意外と落ち着かない。

 

何かを見ていないと。

何かを聞いていないと。

誰かと繋がっていないと。

取り残される気がしてしまう。

 

でもその一方で。

ずっと誰かと繋がっているほど、
自分の輪郭が少しずつ薄くなる感じもある。

 

「本当はどうしたいの?」

みたいな声が、
だんだん聞こえなくなっていく。

 

最近思うんです。

孤独って、
“寂しい状態”とは少し違うのかもしれないって。

 

もしかしたら孤独って。

誰とも繋がっていないことじゃなくて。

“自分の声が聞こえる状態”

なのかもしれない。

 

だから、
文字を書く時間が好きなのかもしれません。

読む時間もそう。

動画みたいに勝手に進んでいかなくて。

自分の呼吸の速さで進められる。

 

気づいたら、
頭の中のざわざわが少し静かになっていて。

「ああ、戻ってきたな」

みたいになる瞬間がある。

 

最近、
孤独になる時間って、
意識しないと本当に消えてしまうなと思います。


だからせめて。

夜風の音を聞く時間とか。

何も流さずに歩く時間とか。

ぼーっと文字を書く時間とか。

そういう、
“自分に戻るための余白”を。

少しずつ取り戻していきたいなと思っています。


📣 休みの日くらい、少しだけ“自分に戻る”時間があってもいいのかもしれません。

このnoteには、健診結果や生活習慣病の話だけでなく、
診察室の外でふと考えたことを置いている場所があります。

休んでいるはずなのに戻らない日。
声が小さくなる瞬間。
「大丈夫です」の少し奥。
読書や散歩みたいに、何かを足すというより、自分に戻っていく時間。

そんな文章を、「待合室」の本棚においています

数字の話から少し離れたい日には、
よければこちらから、ゆっくり歩いてみてください。


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