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何故こんなにも苦しいことが愛なのか?【第1話】

あらすじ

「なんでこんな思いをしなければならないの」

何度も天を仰いだ。幼い頃に描いた未来は、こんなはずじゃなかった。ただ平凡で穏やかな幸せ。

——それだけを願っていたのに。

母の突然の入院をきっかけに理学療法士・速水と出会った詩乃。
その日を境に、不思議な符合や予感、偶然では片付けられない出来事が次々と起こり始める。
まるで運命に抗うことを許されないかのように。
苦悩、妬み、嫉妬、そして許せないと思っていた感情。
導かれるように、信じてきた愛や正しさ、価値観が崩れていく。

愛とは何か。
正しさとは何か。
運命とは何なのか。

苦しみの先で彼女が出会ったのは、
優しさと強さを携え、人生を歩き始めた本当の自分だった。

『もう生きていたくない』

壊れていく心と身体。それでもあなたは、絶望の隣に希望を置いていった。
そして今の私がいる。
導かれるように、たどり着いたこの場所で——
今なら言える。あの出会いがなければ、私はとっくに壊れていたと。


「どうしてこんなことに……」

 目が覚めた瞬間、胸の奥がざわついた。
 夢だったのかもしれない。そう思おうとしても、鼓動だけが収まらない。

 何かを叫んだ気がする。
 でも思い出せない。
 ただ——
 雨の匂いだけが、残っていた。

 ゆっくりと部屋を見回すと、朝の光が白いカーテンを透かして差し込んでいる。静かな朝だ。
 隣には、賢哉が眠っている。
 規則正しい寝息。
 少し乱れた髪。
 結婚して六年。それでも、愛おしいと思える存在。
 この幸せが壊れる日なんて、想像もしていなかった。
 気づかないふりをしていれば、きっと変わらない日常は続いてた。
 本当に、それでよかったのだろうか。
 人は、自分の本音に気づいていない。
 だからこそ違和感や小さな不満という形で、何度でも知らせてくる。
 あの出会いも、もしかしたら、それに気づくために用意されていたのかもしれない。

 「詩乃、今日は早いんだな」
 キッチンでコーヒーを淹れていると、背後から賢哉の声がした。

「うん。早番なの」
「そっか。大変だな」

 いつも私を気遣い、言葉をかけてくれる。
 上場企業に勤め、残業で帰りが遅いこともあるが、それでも、忙しさを理由に、家庭をおろそかにしない。
 約束を守り、誠実で、穏やかで――
 彼の好きな理由をあげればきりがないほど、理想的な夫だ。

「そろそろ行かなくちゃ!」


 カバンを手に扉を開けると、庭先のラベンダーと濡れた土の香りがする。
 もう梅雨明けだ。
 今朝の夢を、ふと思い出した。
 シトシトと降る雨音が、夜の闇に溶け込みながら世界を涙で濡らしたのかもしれない。
 職場までは、電車を乗り継いで一時間ほど。地下の更衣室で白衣に着替え、長い髪を一つにまとめる。


「三浦しゃん、おはよ」

 スリッパを鳴らして駆け寄ってきたのは、はるちゃんだった。いつも通りの笑顔。でも見えているものが、すべてではない。
 小さな手のぬくもりに触れ、元気をもらえることもあるが、時に心が大きく揺れることもある。
 忙しくも、充実した時間。そして、足に軽い疲労感を感じはじめた頃、いつもと変わらない一日が終わるはずだった。
 申送りを済ませ、時計を見ながら淡々と片付けをしていると、電話が鳴った。
 ナースコールとモニターのアラームにかき消されそうな電子音。なのになぜか、予知していたかのように振り向くと、同僚の顔に笑顔はなかった。

「三浦さん、電話。……警察から」


 受話器を受け取る手が、わずかに震えた。

——雨の匂いがした。


もし今、
「こんなはずじゃなかった」と思いながら生きているなら。
この物語のどこかに、
あなたの求めている答えがあるかもしれません。

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