手に職は勝ち組か〜Blackstoneが配管屋を18.5倍で買う時代〜
去年の10月、「AI時代の雇用逆転現象」という記事を書きました。大卒が就職難に陥り、ブルーカラーが高給取りになる。コンピューターサイエンス専攻の失業率6.1%が哲学専攻の3.2%を上回るという、45年ぶりの逆転です。
あの記事の賞味期限が切れました。
正確に言えば、記事の前提だった「ブルーカラーが勝ち組」という物語の裏側が見えてきた、ということです。
神話の正体
「配管工が年収20万ドル」「電気工事士がミリオネアに」。この手の記事はアメリカで量産され、日本にも輸入されました。「アメリカでは配管工が医者より稼ぐ」式の見出しがまとめ記事や動画で繰り返され、手に職をつければAIに奪われない、大学に行くより訓練校へ、という物語が定着していきます。
ミリオネアは実在します。問題は、誰がミリオネアになったかです。
答えは、会社を売った創業オーナーです。WSJの報道によれば、PEファンドは2022年以降、空調・配管・電気工事の会社を約800社買収しています(PitchBook集計)。買い手の一社Redwood Servicesの実績では、小規模な事業所は平均100万ドル、規模のある会社は2,000万ドル前後で買われていく。創業者は売却益で引退し、確かにミリオネアになりました。
一回限りの、再現不能な売却益です。これから工具を握る若者の年収の話ではありませんでした。
800社買収の風景
買い手の顔ぶれを見ます。
Apex Service Partnersは75ブランドを傘下に収め、2025年だけで約60社を追加買収。2026年5月末にはApolloから20億ドルの出資を受け、負債込みの評価額は100億ドルに達しました。先述のRedwoodは4年で35社以上を買収し、2025年5月にAltas Partnersが約11億ドルでマジョリティ持分を取得しています。
そして2026年2月、BlackstoneがChampions Groupを企業価値約25億ドルで買収しました。EBITDA約1.4億ドルに対して18.5倍。オレンジカウンティの空調・配管・電気の会社が、世界最大のオルタナティブ資産運用会社の永久保有型ファンドに入りました。
町の配管屋の買収合戦に、Blackstoneが参戦する時代です。
錬金術の中身
なぜPEがこれほど群がるのか。M&A仲介業者の分析によれば、構図は単純です。
小さな工事会社はEBITDAの4〜8倍で買える。それを束ねてプラットフォーム化し、転売時には17〜20倍の値がつく。同じ利益が、束ねるだけで2倍以上の値段になる。マルチプル・アービトラージと呼ばれる古典的な手法です。
配管工事そのものの利益率が劇的に改善するわけではありません。価値の源泉は「分散していたものを集約した」という構造変化にあります。職人の労働は、倍率差を生むための素材です。
景気後退でも需要が消えない点も好都合でした。7月に壊れたエアコンのコンプレッサーは、7月に交換されます。不況耐性のある現金収入。PEの教科書通りの獲物です。
資金の出し手も買収ファンドだけではなくなりました。業界分析によれば、プラットフォーム案件の引受には私募クレジット、保険会社の直接投資、資産担保の専門レンダーまで参入しています。配管屋の買収資金の一部は、誰かの保険料や年金の運用先として供給されている。読者の財布と無縁の話ではありません。
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